後日談100話、襲撃に裏がある……?
ナダとフォルス、ナギは、ブラックリザードマンの待ち伏せを返り討ちにした。
「一人くらい残しておくべきだった」
ナダは刀を鞘に収める。これに対してナギは真顔になる。
「若、それは斬る前に言うべきでは?」
皆、目の前の敵を排除した。これは間違っていない。だが予め、情報源の確保のために一人残すと口に出していれば、全滅させることなく立ち回っただろう。
「貴様なら、言わずとも加減すると思っておったのだ」
ナダはにこやかに笑みを浮かべる。
「何せ優秀な私の従者だからな」
「……っ! そうやって言えば許されると思っていませんか?」
ナギはそっぽを向く。
「察しが悪くて申し訳ありませんね!」
「あはは、拗ねるな拗ねるな」
ナダは、この若い従者の素顔に朗らかな気分になる。その様子を見ていたフォルスは、首をかしげている。
「どうしたのだ、フォルス?」
「ナダって、笑うんだね」
「おっと……いきなりなんだ」
「ナダって、笑わない人だと思ってた」
待ち伏せを突破し、フォルスは、さらなる追跡に動き出す。ナダも後に続いた。
「私は笑わない人だった?」
「うん、銀の翼商会にいた頃は、ほとんど笑っていなかったよ」
「そうだったか?」
自分では、普通に振る舞っていた記憶しかないが。それなりに笑った気もするが――
「東の国の人間は、西の人々より反応が薄いと言われているからな。だからそう感じたのではないか?」
「ガハハってタイプじゃないんだね、ナダは」
「そうなんですか?」
ナギが口を開いた。
「国では、割とワハハって感じでしたけど」
「そうだったか?」
しばし考えてしまうナダである。
「で、そろそろ本題に戻すとして、あの黒いリザードマンは何だと思う?」
「魔族だろうね」
フォルスは淀みなく言った。
「黒といえば、魔族系リザードマンだし」
「装備も整っていましたし」
ナギは口を挟んだ。
「盗賊の類いではないでしょう。噂の魔王軍かと」
「やれやれ……。面倒な予感というのは、往々にして当たるものだな」
「引き返してもいいんだよ、ナダ兄さん」
フォルスは立ち止まると姿勢を低くした。敵がいる予感に、ナダも体勢を低くして身構える。
「魔王軍の残党なら捨て置けん、そう言ったはずだ」
連中が引き起こした災厄を思い返せば、放置はできない。それは、いずれ自分たちにも返ってくる。
「さっきのヤツらと同じような気配がするよ」
フォルスは淡々と告げた。
「アジトが近いね。たぶん見張りだ。あと――」
あー、と少年冒険者の姿をしたドラゴンは口を開けた。
「あんまりいい話じゃないけど、この先、洞窟があると思うんだけど、そこから悲鳴が聞こえた。ちょっと、よろしくないかも」
「襲われた馬車の者か?」
「だと思うけど、ちょっと急いだほうがいいかも……」
つまり、ブラックリザードマンのアジトに運び込まれた人間――生存者がいたということだ。そして悲鳴が聞こえるということは、その命が危険な状況に追い込まれているかもしれない!
「強硬突破だ! ゆくぞ!」
ナダの行動は早かった。ナギが止める声を上げる間もなく、森を突っ切る。
低い笛のような音がした。おそらく敵が侵入者、あるいは敵対者の襲撃を知らせる警報でも鳴らしたのだろう。
茂みから矢が飛んできたが、ナダは抜刀して弾くと、そのまま突き進み、横薙ぎに切り裂いた。
かまいたちは、数本の木もろとも、伏せていたブラックリザードマン複数を両断した。
銀の翼商会で修行した日々は無駄ではない。会得したかまいたちの刃は、圧倒的切れ味で、敵対者を葬った。
――そうとも、ソウヤ殿のように、私は!
魔王を討伐した勇者の伝説。普段は大らかなのは、強者故の余裕か。その剛腕から繰り出される圧倒的な力は、武芸を究めんとする者たちにとっての、一つの憧れ。
はっきり言えば、銀の翼商会に入り、ソウヤの強さを目の当たりにしたことは、ナダに強い羨望を抱かせた。
伝説の勇者は、あくまで伝説。そう思っていたナダは、本物の勇者に出会った。伝説は事実だったのだ。
ナダは、ソウヤに心酔し、その強さ、優しさ、立ち振る舞いの全てを見てきた。彼は、ナダが久しく忘れていた『こういう人間になりたい』という気持ちにさせる、理想の男だったのだ。
その勇者も、新たな魔王との戦いで相討ちに倒れた。だが彼の誇りと魂は、のちの者たちが引き継ぐべきだ。
そしてナダは、その勇者の志を引き継ぐ覚悟で生きていた。
木ごと敵を倒せば、場所が開け、地下へ通じる穴が見えた。フォルスがいった洞窟とは、この地下空洞に違いない。
事実、ブラックリザードマンがわらわらと出てくる。
「そこを、どけぃ!」
ナダは刀を手に、襲いかかってくる敵を次々に斬り捨てた。
・ ・ ・
空洞内には、襲われた馬車の生存者がいた。ナダ、そしてフォルスとナギは、向かってくる敵を殲滅した。
「……やはり一人くらいは、残しておくべきだった」
「そう思うなら、ご自分で自重すればよかったのではありませんか?」
ナギに突っ込まれ、ナダは静かに肩をすくめる。
数の差はあった。そして生存者がいるという状況から、捕虜を取るという余裕はなかった。
「まあ、救うことができた人がいただけで、よしとしよう」
もしかしたら、生存者の口から、ある程度敵の正体や目的がわかるやもしれない。そう思い、傷を負った生存者男性の手当をしつつ話を聞いてみれば。
「……え、お姫様がいる?」
「はい、私のことより、姫様を――」
負傷しているこの男、とある国の姫君に仕える従者だという。
「これは……とても嫌な予感がしてきたぞ」
道中に遭遇した襲撃騒動が、大事件に発展する気配が見えるナダであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「魔王を討伐した豪腕勇者、商人に転職す-アイテムボックスで行商はじめました-」書籍・コミック、HJノベルスより発売中!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます