第646話、かつての勇者の仲間たち
元勇者パーティーのメンバーたちも、それぞれの道を歩んでいる。
魔獣使いであるコレルは、リザードマンのフラッドとまだ見ぬ魔獣を探して旅に出た。コレルは完全に魔獣狙いだが、付き合うフラッドは、世界を見て回るのだという。見聞を広めるため、ではあるが、なにぶんリザードマンであるため、人間から誤解されて攻撃されないためにも、魔獣使いという相棒と行動を共にしているという。
『これもひとつの賢さでござるよ』
リザードマンの表情は、相変わらずわかりにくいが、そこらの人間よりよっぽど人格者であった。
エンネア王国でお仕事をするうちに、セイジはコーメ村を訪れる機会があった。
そこで、かつて勇者パーティーの一員だったベルタ・ランドールと会った。魔王軍との戦いで瀕死となり、十年の月日をアイテムボックスで過ごすことになった戦士。セイジは彼が聖石の力で復活するのを目撃しているから、まんざら知らない仲でもなかった。
「まさか、あの時見かけた君が、銀の翼商会の社長になるとはなぁ」
好青年、いや、いいお兄さん風のランドールは、故郷の村に受け入れられていた。十年間のブランクを気にしていた彼も、故郷は温かく迎え入れてくれたのだ。
「改めて時の流れというものを感じるな」
「あの頃は、僕は下っ端でしたし、他はソウヤさんとミストさんしかいませんでしたから」
「時は止まってくれないからな」
ランドールは、しみじみと言った。小さく頷いたセイジだったが、仕事に戻った。
「それじゃあ、注文のあったプトーコス雑貨店の家具、見ます?」
アイテムボックスから、取引先の家具のサンプルを出すセイジ。銀の翼商会は平常運転である。
・ ・ ・
ランカン子爵領は、随分と発展していた。
ここの領主アンドルフ・ランカン子爵は、かつて勇者ソウヤと共に戦った英雄のひとりである。
アンドルフの妻クレアもまた、勇者パーティーで時の魔王と戦った。
「銀の翼商会の話は聞いていたわ」
青い長い髪の美しいランカン夫人であるクレアは、仕事できたセイジを迎え、お茶を振る舞った。
「ソウヤが商会を大きくして、大活躍してるって話は聞いた時は、昔の仲間とはいえ鼻が高かったわ」
「そうですか。商会の中にいた人間なので、当時の評判についてはあまり自覚がなかったのですが……」
「今は? どうかしら?」
「色々なところで、銀の翼商会の名前を聞きます。ソウヤさんはいないけど、遠い異国でも名前が出ると、ああやっぱりソウヤさんは凄かったんだなって、思います」
「彼が生きて、銀の翼商会にいたら、どこまで大きくなっていたかしらね」
「ええ……そう思います」
できれば、まだ一緒に仕事をしていたかったとというのが、セイジの本音だった。アンドルフ子爵もやってきた。
「あの日、彼を見送ったのが最後となってしまったのは残念だ」
「ええ。……また元気に顔を見せてくれる日を、楽しみにしていたのにね」
クレアの目に、うっすらと涙が溜まる。セイジは、前の勇者パーティーのことはほとんど知らないが、この人たちもソウヤを信頼し、愛していたのだと感じて、もらい泣きしそうになった。
アンドルフは言った。
「せっかく来てもらって、時間をとらせて悪かったね。例のもの、見せてもらえるかな?」
「そうでした。バッサンの町で作られた浮遊バイク。勇者モデルです」
今や王国内外での注文が殺到し続けて、1年待ちという品である。
去年、そのバッサンの町で開かれた勇者杯という名の浮遊バイクレースが開催された。言い出しっぺがソウヤだったこともあり、彼の貢献を讃えての勇者杯だったが、レースは大好評で、それはそれは好景気に沸いているそうな。
「おお! これが……。恥ずかしながら、ソウヤと旅をしていた頃、浮遊バイクには一度乗ってみたいと思っていたのだ」
アンドルフは顔を綻ばせた。当時は騎士として、周囲の目を気にして言い出せなかったのだという。あの時、勇気を出して言っていれば、とは彼の抱えていた後悔のひとつだった。
クレアは、軽く眉をひそめる。
「でも、お高いのでしょう?」
「いい値はしますよ」
答えるセイジだが、金額自体は、アンドルフ子爵に知らせてある。
「だが、それを私のポケットマネーで買えるだけの余裕はある」
それもこれも、ソウヤが別れ際に渡した、勇者パーティー時代の戦利品の分配分があればこそだった。
正当な報酬ということで、アンドルフとクレアは、自分たちの分を活用し、領の経営を安定させることができた。
なお、勇者パーティーにいた他のメンバー分は、アンドルフが責任をもって配った。だからカマルもメリンダも、ランドールもロッシュヴァーグもカーシュたち全員が受け取っている。
「ソウヤのおかげね」
今も昔も、そしてこれからも。
・ ・ ・
「まあ、ここのところは落ち着いたがな。今でもたまに、勇者モデルの剣を作ってほしいって、たわけた依頼はくる」
エンネア王国王都ポレリアにある職人街。そこで鍛冶工房を営んでいるドワーフのロッシュヴァーグは、セイジの肩を叩いた。
「相変わらず、ほそっこいのぅ、お主」
「親方が太いんですよ」
「ハハッ、小僧め!」
ドワーフの名工であるロッシュヴァーグは、銀の翼商会の古参であるセイジを知っている。商会を立ち上げて日が浅い頃、まだ下っ端だったセイジを見ているのだ。
なお現在でも、銀の翼商会とロッシュヴァーグの工房の付き合いは続いている。この工房の武具の優秀さは遠き土地でも轟いており、それを銀の翼商会が行商として運んでいるのだ。
そして顔を合わせれば、昔を懐かしんだり、雑談を交わしている。
「ようやく完成したんじゃ」
ロッシュヴァーグが見せたのは、ソウヤが愛用していた武器、斬鉄。魔王ドゥラークとの戦いで破壊されたらしいが、その残骸は、あの爆発の中でも残っていたというから驚きである。
「またアイツが、自由にぶん回せる武器が欲しいって現れたら、渡そうと思っているんだがな」
そう言ったロッシュヴァーグの目には、それは叶わないだろうという悲しみがあった。だが直さずには、いや作り直さずにはいられなかったのだろう。大親友のために。
「なにせ、あやつは、並大抵の武器じゃすぐに……壊れてしまうからな……」
俯き、セイジから顔を逸らすロッシュヴァーグ。
彼が勇者のためにこしらえた最高傑作。それは誰にも譲るつもりはない。その持ち主が現れるまで。
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