第644話、仲間たち
飛空艇ゴルド・フリューゲル号に乗って、セイジはエンネア王国王都を目指した。
3年前より恋仲であったソフィアと、セイジは1年前に結婚。いま彼女は子供を身籠もっていた。
「間に合うかな……」
ソワソワしていると、ティスがすっと目を逸らした。
「陣痛が始まっているなら、着く頃には生まれているゾ」
「何てこと言うの!」
セイジは大きな声を出した。出産に立ち会えないとは……。
「明後日くらいだと思っていた」
「いつ起きてもおかしくない……」
「ティス、言い方!」
ああ、大丈夫だろうか――セイジは落ち着かない。甲板でうろうろするセイジ。そこへ船室から、カエデが出てきた。
「あ、セイジ君」
「生まれた!?」
「はぁっ?」
何を言っているんだ、という顔になるカエデである。セイジは詫びる。
「ああ、ごめん。ソフィアが、ね……」
「ええ、出産だものね。落ち着かないのも無理はないけれど」
カエデは、やれやれという顔をした。
3年も付き合えば、あの淡泊だった少女も、それなりに表情を見せるようになるもので。
いや、違うな、とセイジは思った。この3年間で、人並みに交流できるようになったというべきか。
暗殺者の一族に生まれて、自分でもそれを負い目に感じていたカエデも、商売で愛想というものを身につけ、周りとも交流するようになった。
それでも友人というのは少ないようだが、一番の親友である影竜の娘、ヴィテス曰く。
『友人は数じゃないのよ』
・ ・ ・
影竜とその子供たちは、ソウヤが消えてから、暗黒大陸へと渡った。
ファイアードラゴンとその眷属たちによって、魔王軍がほぼ壊滅したことで、狙われることもなくなった。
自分のテリトリーを見つけて、ドラゴンらしくひっそり隠遁生活を送っている。
「ソウヤとの思い出は、我にとって他の生き物を知るよい経験となった」
影竜は、セイジに対して『何かあれば言うがいい。手を貸してやらんでもない』と言っていた。
そんな彼女の子供であるフォルスとヴィテスは、人も魔族もいなくなった暗黒大陸をホームにしながら、時々、ヴェルト大陸にもきている。
普通、ドラゴンが現れたと騒動になるものではある。特にファイアードラゴンの襲撃の記憶も生々しく残っている。
だが、セイジたち銀の翼商会で、黒いドラゴンは味方と触れ回ったおかげで、例外的な存在になっている。
識別のために銀の鱗をマーク代わりに入れたら、最近では、勇者ソウヤと共に戦ったドラゴンという噂が広まって、一部では『幸運をもたらす』などと言われて拝まれているのだとか。
フォルスにしろヴィテスにしろ、攻撃されなければ人間に手を出さないから、人間側のドラゴンに対する偏見も改まってきていた。
……かつてソウヤが、ドラゴンと交流をもったように。彼の考えが、世間にも浸透しつつある。
フォルスは気まぐれに、色々なところを巡り、若いドラゴンとして見聞を広めている。人化の術のおかげで、冒険者をやったりして、時々銀の翼商会の手伝いに来る。
ただ、ソウヤのことが忘れられないようで、銀の翼商会に来るとよく感傷に浸っていた。
ヴィテスは、フォルスほど積極的に表に出ることはないが、銀の翼商会の行動には気を配っているようだった。時々現れては、カエデや、銀の翼商会の面々とお喋りをしていく。
グレースランド王国にいるリアハともよく会っているようで、ヴィテスから彼女の話を聞くこともしばしばだった。
・ ・ ・
グレースランド王国と言えば、後継者問題になっているそうだ。
騎士姫のリアハは、王女様として、騎士として、王城にいるという。王国復興に尽力する一方、いい歳の彼女は婚約に関する話には一切応じなかった。
グレースランド王としても、後継者のこともあるから、リアハには相手を作ってほしいのだが……あるいは彼女に選択権を与えているせいで、話が進まないという説もある。
王としても、魔王軍絡みで娘たちには苦労をかけたし、より一層愛情が深まっていたらしく、彼女たちの望まないことはしない、強制しないと誓っていたようだった。
お姫様は、勇者様の背中を追っているのだ、というのが、もっぱら。リアハもそういう周囲の見方を否定しなかった。
今でも彼女にとって、ソウヤは英雄であり、憧れの対象だった。
そんなリアハは、王国の復興優先と仕事人間ぶりを発揮していたが、親友であるソフィアやヴィテスとの交流は、変わらず続けていた。
クレイマン王のもたらした通信技術が発展したこの世界で、たとえ場所は異なれど、連絡自体はいつでも取れるようになった。
ソフィアがよくリアハと長時間連絡しているのを、セイジは目撃している。もっとも、グレースランド王国は銀の翼商会のお得意様でもあるので、月に数度、直接会っているのだが。
さて、グレースランド王国にはもう一人、娘がいる。
リアハの姉、聖女レーラである。
レーラは、グレースランド王国が銀の翼商会から購入した飛空艇『ゴールデン・チャレンジャー号』をさらに購入し、『銀の救済団』を立ち上げた。
3年前の魔王軍との戦い、ファイアードラゴンの襲撃事件によって被害を受けた土地に赴き、救済活動を行った。
ここ最近は、災害被害があれば、迅速に駆けつけ、人道支援活動をしている。聖女と言われ、周囲に流されるままだった彼女は、勇者との出会いで自ら考えて行動するようになっていた。
教会の言いなりではなく、自分のしたいことを行動に移して、今は世界を巡っている。
そんな彼女には、かつての勇者パーティーが何人か参加していた。
復活後、聖女の護衛役を勝手に自称していたメリンダも、銀の救済団の一員として活動している。
相変わらず故郷には帰れないらしいが……、一年前、メリンダは結婚した。
相手は元エンネア王国諜報員だったカマル。勇者パーティーでも仲間であり、銀の翼商会でも何だかんだ接しているうちに、仲を深めていたらしい。
「ま、あれで可愛いんだよ、うちの嫁さん」
「馬鹿!」
恥ずかしいと、時々手が出るメリンダだが、カマルはカマルで安々とやられるような男でもなかった。
セイジの見たところ、喧嘩しても仲がいい夫婦と、ちょっと羨ましく思った。ソフィアとの関係もこうでありたい、と思ったりする。
そうそう、結婚といえば、他にも――
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