第601話、ジーガル島上陸


 ジーガル島の魔王軍軍港は、壊滅的被害を受けていた。


 ドラゴンと人類連合艦隊による猛爆に、防衛施設は叩かれ、飛空艇も飛ぶ前に撃破された。


『ほれほれ、もう一発行くぞ!』


 アクアドラゴンが起こしたタイダルウェーブが、再び島を襲った。地上を右往左往し、空爆を逃れ、迫りつつある人類軍飛空艇をどう迎え撃つかで混沌としていた魔族兵は、押し寄せてきた大波にやられた。


 無力に無慈悲に、崩れかけの建物はトドメを刺され、立て直しに集まった兵たちを薙ぎ払った。


『私、一番乗りぃー!』


 アクアドラゴンが軍港に上陸した。人類側で、ジーガル島に第一歩を刻んだのは、皮肉なことに人間ではなかった。


 ゴールド、レッド、ブルーグループが軍港奥に電撃の雨を降らせる中、グリーン、イエローグループが軍港手前の敵を牽制し、シルバーグループの飛空艇が次々にジーガル島へ上陸を果たす。


 輸送船に乗ってきた各国の騎士、歩兵が飛空艇より降りて、地上を行く。


「進めっー!」


 軍港制圧のため、エンネア王国、ニーウ帝国、クイント王国、レプブリカ国、グレースランド王国の旗を掲げた兵が怒濤の勢いで攻め上がる。


 空と海からの攻撃で、防衛線をズタズタに破壊された魔王軍軍港守備隊は、生き残りが各個に守るしかなかった。


 集団を形成し、適切に防御――など望めるはずもなく、現れた人類騎士や兵に、個々の能力で立ち向かう。


 しかし人類側兵とて素人ではない。身体能力で優る種の魔族兵が相手でも、飛び道具で攻めたり、集団での連携で倒していった。


 人類への敵意を燃やす魔王軍だが、事ここに至って士気は最悪だった。指揮官や仲間たちと、大波と爆撃で分断され、有効な防御策は機能しない。


 大暴れするドラゴン。アクアドラゴンのみならず、クラウドドラゴンまで雷を落としながら襲来し、その対処だけでも個々では無理なのに、人類軍が大挙上陸してきた。


 もはや、地上の魔王軍に勝機などなかった。



  ・  ・  ・



 飛空艇『プラタナム』号で、ソウヤはじれったい思いを抱いていた。


 人類軍のジーガル島上陸が始まり、上から見てもその勢いの凄まじさは見て取れる。


 圧倒的優勢。


 うまくいかなかったらどうしよう――そう悩んでいたのが、馬鹿らしく感じられるほどだった。


 うまくいっている。それは間違いない。それはいいのだが――


「落ち着かない」


 ソウヤの本音は、通信機で繋がっているリッチー島傭兵同盟――シルバーグループにいるジンの苦笑を呼んだ。


『指揮官など性に合わない。そう言いたそうだね、ソウヤ』

「いいのかなぁ。オレが上にいて」


 勇者として、最前線に出なくていいのか、という思いがある。


『今は、皆やる気があるのだから、君が出しゃばる必要はないよ』


 通信機の向こうでジンがたしなめた。


『何から何まで自分でやろうとしなくていい。むしろ、この状況で勇者が最前線に出るのは、よくないと思うね』

「その心は?」

『勇者というのはね、人が不安になっている時、挫けそうになっている時に前に出るものなんだ』


 ジンは言う。


『劣勢になっている時に現れ、その背中で皆を導く。だから、優勢の時に前に出るのは、そんなに手柄が欲しいのか、という嫉みや、勇者に全部任せればいい、という甘えを生む』

「難しいな」


 別に手柄が欲しいわけではない。ソウヤはそう思うが、周りがそう思うかは別である。


『やる気がある者には任せるのが、組織を良好に回す秘訣だ。心配だからと口出ししたり介入して、やる気に水を差してはいけない』


 それに、と老魔術師は続けた。


『今回の戦いで、魔王軍との戦いが終わるわけじゃない。先は長いんだ。君の場合は、嫌でも出番が来るから』

「どうかな? もしかしたらこのまま勇者の出番がないまま、魔王軍との戦いが終わるかもしれないぜ?」


 あり得ないと思いつつも、やりようによってはそういうこともあるのではないか。それに対して、ジンは笑った。


『それならそれで万々歳じゃないか。勇者の力を借りなくても、人類は自分の身を自分たちで守れるということなのだから』


 ――それもそうか。


 魔族の侵攻に対抗できなかったから、異世界から勇者を召喚した。本当なら、自分たちの世界のことは、自分たちで解決するべきところなのだ。


「勇者は廃業か?」

『勇者を失業しても、商人で食っていけるよ』

「それもそう」


 銀の翼商会というホームがある。そう思うと、ソウヤは苦笑するしかなかった。魔王を倒したから、もう勇者は必要ないと思い、行商を始めたのに、今では勇者として逆戻り。そちらの方が、非日常だと感じるべきなのに。


「まあ、それはそれとして、やっぱり俺は後方で見ているより、体を動かしているほうがいいな。戦っている者たちがいるのに、見ているのは落ち着かない」

『性分なのだろうな。仕方ない』

「次は、誰か他の人間に指揮官を譲るよ」

『譲れるものならな。それよりも、次席指揮官に任せて、前線に出られるようにするほうがいい。各国のバランスを取るためにも、君は指揮官に担ぎ上げられるだろうからね』

「どうかな。指揮官には、あんたのほうが向いているぜ、絶対」


 ソウヤが何とか指揮官の椅子を、ジンにぶん投げようとするが、当の魔術師は言った。


『あいにくと、今の私は、君の補佐役と見られているからね。周囲が納得しないよ』

「天下のクレイマン王だと知れば、納得するさ」


 一悶着どころじゃ済まないだろうけど――ソウヤが思った時、コンソールに向き合っていたフィーアが振り返った。


「ソウヤさん、索敵装置に反応。新たな空中移動物体。多数出現!」

「何だって!? プラタナム」

『確認します』


 この状況で現れる空中移動物体とは……? ソウヤは、嫌な予感しかしなかった。

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