第592話、召集の手紙
「歯がゆいわねぇ……」
ミストは苛立ちを露わにした。何だか彼女をなだめてばかりだ、と思うソウヤである。
「仕方ないさ。今回の埋葬所に関してはエルフたちのテリトリーの話だ。俺たち部外者には立ち入ってほしくないものさ」
浮遊ボートに乗り、ゴールデンウィング二世号に戻る。
「せっかく面白くなってきそうだったのに……!」
ミストは不満を漏らした。
そう、緑の墓所で起きた事件について、ソウヤたちの出る幕ではなかった。エルフの聖域に入って欲しくないということだ。
「ま。事件については、何か進展があればダルが知らせてくれるだろう」
ここで、ちょっとした別行動になった。
故郷の森ということで、アガタの記憶が戻るのを期待して、彼女が残った。元恋人であり、守ると誓ったというカーシュもまた、彼女と残る。
カーシュは人間で、エルフ集落で暮らすのは大変ということで、事件のこともありダルが二人の面倒を見ることになった。
別れ際、カーシュは、ソウヤに頭を下げた。
『すまない。大事な時なのはわかっている。でも僕は、彼女を――』
『言うなよ、カーシュ。わかってる』
彼女を守ってやれ――ソウヤは戦友を快く送り出した。
『だが何かあったら、すぐに知らせろ。飛んでくるからな』
さらば、友よ。しばしの別れだ。
というわけで、カーシュ、アガタ、ダルの3人を残して、ソウヤたちはエルフの森から撤収した。
「気になるわ」
「何だったんでしょうね?」
ミストとレーラが顔を見合わせている。
――現地人がダメって言うんだから、オレたちにできることはないんだよな……。
あからさまに魔族が関わっているとかなら、魔王軍の疑いありで、無理矢理介入もできただろうが。そうでなければ、過剰介入だと面倒事に発展する。元勇者だからといって、何でもできるわけではないのだ。
ブリッジに上がると、ライヤーとジンがいた。
「お帰り、旦那。エルフの森はどうだった?」
「浮遊ボートがあれば買ってくれるとさ」
「飛空艇は?」
「ボートでいいそうだ」
ライヤーと軽口にも似た報告をすると、ジンは自身の顎髭を撫でた。
「行商のお仕事ご苦労様。……本業の方から、君にご指名だ」
老魔術師が紙切れを渡した。日本語で書かれていた。ジーガル島作戦における国家戦略会議――?
「本業は商人のはずなんだがね。……これは? 何故、日本語?」
「国家間の重要通信だ。銀の翼商会内といえど、機密事項はある」
読めるのはソウヤとジン。あとは海賊船サフィロ号のエイタくらいか。この世界に日本語を解読できる人間がどれくらいいるか? 少なくとも、商会内には先の3人以外に読める者はいない。
「さっそく、各国間でうちの提供した通信機が使われているようだな」
ソウヤは口元を歪めた。今後の魔王軍との戦いに向けて、各国間の連携のためにも、と大小通信機を提供ないし販売した。
遠い国同士であっても、やりとりができるとあって、早速使われている。
「盗聴の心配は?」
「そのうちな。今は魔王軍は、この手の通信機は使っていない。だが傍受に備えて、重要な数字や行動など垂れ流すのは控えるように言ってはある」
「あぁ、そういえば言っていたな」
各国との会談の際、通信機を提供するにあたって、そのような注意をしている場に、ソウヤもいた。
ジンは続けた。
「具体的な内容や数字のやりとりなどは、君が提供したアイテムボックスを利用することになっている。君も小まめにボックスは確認してくれよ。大事な書簡に気づかずに放りっぱなしで、人が死んだら困るからな」
「気をつけよう。……とか言っていたら、さっそく一件来たぞ」
転送ボックスからのお手紙。エンネア王国のアルガンテ王からだった。アイテムボックスから手紙を取り出して、ソウヤ宛てであることを確認。中身を確かめる。
「……ジーガル島攻撃作戦の合同会議のお知らせだ。勇者にも出てきてほしいとさ」
参加国は、エンネア王国、グレースランド王国、ニーウ帝国、レプブリカ国、クイント王国の5ヶ国。そして銀の翼商会とリッチー島傭兵同盟。
「中々の顔ぶれじゃないか」
魔王軍の空中艦隊を前に、人類側も戦える戦力が揃ってきたのではないか。しかし、ジンは眉間にしわを寄せるのだ。
「何を他人事のような顔をしているんだね? 君がこれから呼ばれる会議は、十中八九、地獄だぞ」
「……マジで?」
ソウヤはキョトンとしてしまう。
「魔王軍の島をどう攻めるかって話じゃないの?」
「そうだよ。だが忘れてはいないだろうが、今回、こちらは連合軍だ。いったい誰がトップで指揮を執るのか……たぶんこれについての話し合いが、実際の作戦内容を話し合うより長くなるだろうね」
「……」
エンネア王国が、ニーウ帝国が、はたまた他の国か。ジーガル島攻撃作戦において、どこかイニシアティブを取るのか。
「何せ飛空艇は、どこの国にとっても重要かつ高価な代物だからね。他国の指揮下に入って、手柄から遠ざけられたり、割を食う役割を押しつけられたらたまらない。もちろん、各国ごとにバラバラに動いては、連携など取れるはずもない」
場合によっては、自国戦力の被害を恐れて、積極的な戦いを避けようとする国も現れるかもしれない。
それぞれの軍の独自判断を許した場合、肝心な時に致命的なミスや事故が起こる可能性もある。
そして戦いが終わった後で、因縁を持った国同士で争い、内部崩壊……。いや、戦いが終わった後があるならいい。致命的ミスの結果、大敗ともなれば、目も当てられない。
「ソウヤ、一応覚悟したほうがいい。今回のジーガル島攻撃作戦における連合軍の総指揮官に、君が指名される可能性があるということを」
ジンの発言に、ソウヤは目を回した。
「オ、オレ!? 何で!?」
「何故だって? 理由は簡単だ。君が勇者だからだ」
老魔術師はきっぱりと告げた。
「十年前、君は勇者として人類の希望として魔王軍と戦い、魔王を打ち倒した。つまりは英雄なのだ。誰よりも魔族と戦い、勝利を収めてきた男だ」
「……」
「そんな君が先導するならば、少なくとも文句をいう者はほとんどいないと思うね」
「ほとんど……」
「さすがにゼロではないだろうよ。だが、大方が賛成してしまえばいい。それが一番平和だ。……まあ、補佐はするよ。将軍様には軍師が必要だからね」
ジンはニヤリとした。ソウヤは頭を掻く。――オレが指揮官? 冗談じゃない。艦隊の指揮なんて、オレはやったことねえぞ……。
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