第589話、故郷の森へ


 ダルの故郷でもあるクルの森。


 十年前、魔王軍との戦いで大きな災禍に見舞われた広大なる大森林。エルフのテリトリー。


「……十年前は、もっと大きな森だったんだ」


 飛空艇から眼下の森を見下ろしてソウヤは呟いた。隣から同じく森を見ていたダルも首肯した。


「焼けるのは一瞬、再生するのに数十年……。森もエルフも気が長いものです」


 戦争によって森が焼け、その爪痕はいまもなお残っている。当時、勢力を伸ばしていた魔王軍はこの森にも攻め込み、エルフと激しい戦いを繰り広げた。ソウヤたち勇者パーティーも、近くにいたのでエルフたちと共闘したのだった。


 ゴールデンウィング二世号のブリッジで、操舵輪を握るライヤーは首を振った。


「充分デカい森だ。ところで旦那たち、船が降りられる場所はあるのかい?」

「だぶん、飛空艇は降りられないと思うぞ」


 エルフは森の民だ。飛空艇を発掘して使うイメージというのがまるで湧かない。


「そもそも、森を切り開いて、飛空艇用の設備を作るなんて想像できない」

「ええ、さすがにそれはない」


 ダルが皮肉げな顔をしたので、ライヤーは苦笑するしかなかった。


「だよな。となると、船は適当に空中で固定して、下へはボートで降りるんだな?」

「そうなるな。後は任せるぞ、ライヤー」


 ゴールデンウィング号をライヤーに任せて、ソウヤとダルは浮遊ボートで移動する。


「結局、モンテ商会はアガタをどこで捕まえたかわからないんだって?」

「ええ。奴隷狩りをしている連中から仕入れたそうです」


 ダルは顔をしかめた。クイント王国王都で逮捕されたモンテ商会の情報を手に入れた彼だったが、成果として見るなら不十分だった。


「いつも奴隷を買っている連中なのだそうです。クイント王国の治安部隊が、不当な奴隷狩りをやっている連中の討伐のために準備をしているそうですが……。情報面ではおそらく期待できないでしょうね」

「気が滅入る話だ」


 不当な奴隷狩り――要するに辺境集落や旅人を襲って、無理やり奴隷にして売るというものだ。


 犯罪奴隷や借金奴隷ならまだしも、誘拐からの奴隷売買は嫌悪するに充分である。


 ソウヤたちは浮遊ボートへ移る。二人の他に森に降りるのは、今回のメインであるカーシュ、アガタ、そしてミスト、レーラ、リアハ、セイジ、ガルとなる。


 浮遊ボートはゴールデンウィング二世号を離れて、眼下の森へと降下する。


「嫌な気配がするわ」


 ミストが浮遊ボートから森を見やる。


「警戒と、敵意を感じる」

「エルフだろう」


 ソウヤがダルを見れば、エルフの治癒魔術師は片方の眉を動かした。


「先ほど念話で、私たちが行くのを伝えたんですがね……。末端に伝わっていないのかな?」


 森の民であり、侵入者には容赦がないのがエルフである。外部からやってくる存在には神経質なところがある。


 見知らぬ飛空艇がクルの森の上に現れた時点で、エルフお得意の弓使いたちが配置につくべく走っただろう。ダルが魔力念話を使ったと言ったが、それより先に移動した者たちも当然いたと考えるべきか。


「まあ、ダルが先頭に立てば、間違っても撃たれることはないだろ」

「私を盾にする気ですか?」

「恨まれてないといいんだが」


 軽口を叩いていたら、ミストが笑った。


 浮遊ボートは地上に到着した。ソウヤたちはボートから降りる。カーシュは、アガタの手を取った。


「大丈夫かい?」

「はい……」


 アガタは特に表情を変えることなく、エスコートに従った。故郷の森にきたのに反応がなくて、カーシュは微妙な気持ちになる。


「それにしても……」


 ダルは険しい表情で森を見回した。


「連絡したはずですが、何とも剣呑な空気ですね」

「やっぱりあなた、恨まれているんじゃないの?」


 真顔でミストは言った。


「かなーり警戒されているみたいだけど?」

「身に覚えがないのですが……」


 冗談に聞こえないやり取りに、ソウヤも緊張する。そこへ森からエルフ・アーチャーが数人現れて、こちらにやってきた。


「ゼルファー・ダル。貴方ですか?」

「私です。久しぶりですね、クラート」


 ダルが手をあげれば、クラート――先頭のエルフが小さく会釈した。二十代半ば、痩身の美形エルフである。


「貴方は死んだと聞かされていたのですが? ……本物ですか?」

「十年前に死にかけました。もちろん本物ですよ、クラート。こちらの勇者ソウヤ、聖女のレーラ様は覚えていますか?」


 どうも、とソウヤ、そしてレーラに目礼するクラート。


「勇者様の噂は聞いていますよ。聖女様と、あと嘘か実か、ゼルファーも生きているらしいって」

「ちゃんと足はついていますよ」


 冗談めかすダルだが、クラートは睨んだ。


「無事なら前もって連絡のひとつも寄越すべきでは? たまたま同胞が、勇者様ご一行に助けられたと連絡したついでに、貴方が生きているらしいって教えてくれたのですから」

「あー……そういえば、連絡してませんでしたね、うっかり」


 ダルは肩をすくめた。


「十年、二十年くらい連絡しないのが当たり前なので、つい、生存報告をするのを忘れていました」


 振り返って舌を出すダル。ソウヤは首を横に振った。


 銀の翼商会に助けられた同胞とは、森林ダンジョンのあるテーブルマウンテンの近くに住んでいたエルフたちのことだろう。また魔王軍が来るかもしれないから、他の同胞と連絡して相談すると言っていたから、その時と思われる。


「ところで――」


 クラートが怖い顔で、一点を睨みつけた。


「説明してもらいたいのですが、ゼルファー・ダル。貴方は死者を蘇生させる術を身につけたのか?」


 視線の先にいたのは、カーシュとアガタ。


「私の記憶違いでなければ、死者がここにいるようですが? 死んだのを確認した同胞が何故、そこにいるんです?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る