第548話、どう攻める?
ニーウ帝国北部、ほぼ海に面しているハルシャン地方にそれはあった。
魔王軍捕虜ソルテの情報をもとに、ミストらドラゴンたちによる魔力眼による偵察を行ったところ、大規模な魔王軍の拠点を発見した。
回数をこなしたせいか、ヴィテスが手際よく周囲の地形を作っていく。
それによると、魔王軍拠点は北を海、残る周囲は山に囲まれている天然の要塞の中にあった。
「ジーガル島に比べたら、まだマシよね」
ミストはそう評した。魔王軍の大軍港施設があった島に比べると、まだ小さい。
しかし飛空艇用の離着陸場があり、30隻ほどの船が一度に停泊できるようになっていた。今も20隻近くがそこにあった。
他にも本陣と思われる庁舎に兵員用と思われる宿泊施設がいくつも並んでいた。
「少なくとも広さは、そこらの大都市くらいはありそうだ……」
ソウヤが呟けば、ジンは顎髭を撫でた。
「大陸侵攻軍の本営だ。だがこれで全部というわけではあるまい。帝国の民を動員している新しい施設も、魔王軍に使われるために作られている」
しかし――と、ライヤーが首を捻った。
「いくらジーガル島のやつより小さいって言っても、これでも充分でかいぜ。こちらの手持ちで攻略できんのか?」
「どこに目標を定めるかで変わる」
老魔術師は、教師のような口調になった。
「戦いにおいて、戦略的な目的と戦術的な目標をはっきりさせる必要がある。これのあるなしで作戦の形は変わるし、決着の付け方も変わる」
「……すまねえ、おれにもわかるように説明してくれないか?」
ライヤーが肩をすくめた。
「よかろう。では、そこのところを今回の例に当てはめて考えよう」
かつての王は、ヴィテスの作成した地形模型を指し示した。
「まず、ここにある魔王軍拠点。これをどうしたいソウヤ?」
「破壊する」
ソウヤは答えた。ふむ、と老魔術師は小首をかしげた。
「何故、ここを破壊する必要があるのか?」
「魔王軍が、人類側国家の防衛準備が整う前に攻撃を仕掛けたら困るからだ」
「そう、敵がこちらより先に動くのを阻止したい。敵を妨害して時間を稼ぐ必要がある。だから、その敵を攻撃する」
ジンは、飛空艇の模型を魔法で作ると、模型の上に置いた。
「だがその理由から考えると、敵の先手を許さず、時間を稼ぐのであれば、その重要攻撃対象は何になるかな?」
「ニーウ帝国は、一応人類側国家。魔王軍も地上から歩いてくることねえから。飛空艇をまず全滅させれば、増援がこなければ攻撃してくる可能性はグッと小さくなるだろう」
「では、第一目標は飛空艇、第二目標を飛空艇関係施設や発着場と定めよう」
投入する兵力は、こちらも陸路は使えないので、飛空艇ということにある。それも敵の拠点規模から、ゴールデンウィング二世号ほか銀の翼商会とリッチー島傭兵同盟の17隻すべてということになるだろう。
「うむ、ざっくりととなるが、ここまでが戦略だ」
ジンは視線を向けたが、ライヤーは首をかしげたままだった。
「わかった、旦那?」
「つまりだな、オレが勇者として魔王を討伐に行くとする」
ソウヤは、自分なりに例を上げる。
「まず最終目的は、魔王の討伐だ。で、その魔王のいる城にどうやって行くか。道順の確認や障害をどう対処するか、仲間や補給の有無を前もって考える。……ここまでが戦略」
「ふむふむ」
「で、たぶん、そこから実際に敵とどう戦うか、ここが戦術じゃないのかな?」
「まあ、戦略を成功させるためにどうやっていくか、ということなんだけどね」
ジンは目を細めた。
「じゃあ、もっとざっくりと簡単に言おう。偉い人が考えないといけないのが戦略。現場で戦うちょっと偉い人が考えるのが戦術だ」
おそろしく乱暴なまとめ方だが、ライヤーは何となく理解したようだ。
「ソウヤの旦那やジイさんが話していたのが戦略で、実際にゴールデンウィング二世号の舵を握るおれが、敵を前にどう対処するか考えるのが戦術だな」
「……言葉にすると、何か微妙に違う気がしないでもないが……まあ、そうでいいんじゃねえの」
ソウヤも投げた。ジンは笑った。
「では、実際に作戦を考えよう」
また新しい言葉が出てきた。ともあれ、魔王軍拠点への攻撃のための作戦を練っていく。
「大陸侵攻軍の動きを完全に止めるのであれば、最低でも敵飛空艇は全部潰すくらいはしないといけない」
「足りないのは火力か?」
「ワタシたちがいるわよ」
ミストとクラウドドラゴンが頷いた。ドラゴンのブレスの威力は、飛空艇の主力武装である電撃砲などとは桁が違う。
エイタが発言した。
「敵の迎撃がどの程度かにもよるな。奇襲が出来れば最高だけど、向こうもまったく警戒していないことはないだろうし、拠点に近づくまでのこちらの船団が発見されて、敵が向かってくる可能性は高い」
「そうだなぁ」
ソウヤは唸る。
「オレたちが空から来るなんてそうそう思わないだろうけど、魔王軍のことだから、現地につくまでに監視所くらいはあるだろうし、それで通報されたら、一方的に叩くなんて不可能だ」
「サフィロ号なら、霧を展開してある程度ごまかしは利くぞ。だが他の船はどうかな?」
「その霧に、こっちの船全部を隠せないものかね?」
ライヤーが興味津々に聞けば、エイタは無理だなと答えた。
「それだけ大きな霧というか、雲だとな。リムが全力出したら、辺り一面霧を発生させることはできるけど、それをやったら」
「今度はこちらも霧の中での航行を強いられる。隻数が増えるほど事故率も高まるだろうね」
ジンが指摘した。ミストが眉を吊り上げた。
「じゃあ、少数で?」
「いえ、ミスト。魔王軍の拠点の規模を考えると、確実を期すためにそれなりの戦力が望ましい」
クラウドドラゴンが言った。
「ドラゴンの力をもってすれば、蹴散らすのは容易いけれど、何事も大雑把。確実なトドメをしてくれる戦力がいるわ」
視線が自然とソウヤに集まる。考え込んでいる銀の翼商会のリーダーは呟いた。
「やっぱ、あの手かな……」
「何か名案が?」
エイタの問いに、ソウヤは顔を上げた。
「ああ。何とかなると思う」
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