第502話、カツ丼はないけれど……


 信用など、そもそも存在するのか。


 ソウヤはズィトンに考えさせる時間を与えるために席を外した。


 キッチンに戻ると、メリンダが肉を焼いていた。


「焦げてるぞ」

「このコンロの加減がよくわかんないのよ!」


 女騎士は、ソウヤの視線に耐えられず視線を逸らした。食事を作るのを交代し、米を炊いて、分厚いステーキを焼く。


「ミスト! 魔王軍の飛空艇はどうだ!?」

「……まだ海の上を飛んでる!」


 肉を焼く音に負けない声が返ってきた。


「海?」

「そっ! 北を目指して航行してる。後どれくらい飛ぶかはわからないわ」


 ミストは魔力眼で敵船を追跡しながら、ソファーに楽な姿勢で横たわっている。


「魔族は何か吐いた?」

「まだ自己紹介しただけ」

「ワタシが変わろうか? 殺さない程度に手足を一本ずつ折っていけば、白状するでしょう」

「こわっ、子供のいる前でそういうことを言うなよな?」

「わたしは気にしないわ」


 ヴィテスが、ソウヤが焼いた肉が載せられた皿を食卓へと持って行く。そこには影竜とフォルスが待ち構えている。


「こら、影竜。先食べようとすんな!」

「うるさいな、ミストよ。魔力眼の監視を交代してやろうと思ったのに。そうか、じゃあ皆の分ができるまで、ゴロゴロして過ごすとしよう。な、フォルス-」

「ゴロゴロー」


 子供の姿のフォルスは、影竜とハイタッチをしている。変な遊びを覚えたのか――ソウヤは苦笑する。ミストが「あー!」と叫んだ。


「わかった。悪かったわよ。先に食べてなさい。それでさっさと変わる!」

「えー、我、皆でゆっくり食べることにするー。ミスト抜きでご飯にしよう」

「ワーイ!」

「わーい、じゃない、フォルス!」


 ドラゴンたちのやりとりに苦笑しながら、ソウヤは調理を続けた。メリンダが皿の数を数えて、首を捻った。


「ひとつ多くない?」

「ズィトンの分だよ」

「誰?」

「魔族の士官」


 その答えに、メリンダは顔を露骨にしかめた。敵に上等な食事を与えるな、と言わんばかりである。


「お前は知らないかもしれないけど、俺の世界じゃ容疑者にカツ丼を出すっていう風習がある。メシを食っている時ってのは無防備になるからな」


 かなり適当なことを言っているソウヤである。


 全員分の料理が終わった後、ソウヤとヴィテスは地下へ戻った。リアハとレーラが見張っていたのだが――


「何かあったか?」


 ソウヤの問いに、レーラはリアハの顔色を窺う。そのリアハは怖い顔で「何も」と答えたが、とてもそうは思えなかった。


 ズィトンは特に殴られたりした様子はなかった。アイテムボックスから簡易机を出して、ズィトンにも椅子を用意する。ヴィテスが持っててくれた盆から、ステーキとご飯を配膳する。


「食事を持ってきた。さあ、食べながら話をしよう」

「毒入りか?」

「じゃあ、代えようか?」


 置きかけた皿を自分の分と交換するソウヤ。レーラとリアハには食卓に料理があるからと退出させた。


 二人を見送った後、ズィトンは言った。


「貴殿がいない間に、リアハという娘、いやお姫様に罵倒され続けた。グレースランドという国の姫君らしいな」

「まあ、色々身内に手を出されたら、そりゃ怒るだろうという話だ」


 ソウヤは片方の眉を吊り上げた。


「その口ぶりだと、グレースランドを知らない?」

「よくは知らないな。そういえば一時期、そんな名前を聞いた気もするが、行ったことはない」

「そうか」

「……いい匂いだ。本当に食べてもいいのか?」

「もちろん。そのために作った」


 ソウヤはナイフで肉を切り分けてやる。与えるのはフォーク一本。武器になりそうというのは承知の上だ。それを使って敵対的行動をとったら、即座にその腕をへし折る。


「合成肉か?」

「ラム肉だ」

「ならばご馳走だ」


 ということで会食。ズィトンは「美味い!」とステーキを食べ、米にも挑戦した。


「ステーキの肉汁と混ざったタレが格別だ! それをこの白いコメと合わせて口に入れると――」


 目を閉じて、その味を噛みしめるズィトン。甘く甘く、敵意という壁を浸食するように壊していく。北風と太陽。張り詰めていた魔族兵の警戒心が薄れていく。


「魔王軍って普段どんなものを食べているんだ?」

「大抵は肉料理だな。普通はこのラム肉のように草食動物のものなのだが、最近は長期保存用に加工された合成肉が多いな。正直、美味しくない」

「野営地にもあったな」


 雑談じみたやりとりをしつつ、魔王軍の内情を聞き出すソウヤ。無害そうな話題で親睦を深めつつ、ジワジワ話題を確信に近づけていく。


「私から聞いてもいいか?」

「何だ?」

「ガバル城が破壊されていたが、どうしてああなったのか、貴殿は知っているのか?」

「ガバル城ってのは、ここにあったあんたたちの城か?」


 正式な名前はそういえば知らないソウヤである。


「ドラゴン様のお怒りを買ったんだよ。ブレスであのざまさ」

「ふむ……。そういえば、子供のドラゴンを見たな。しかし、ここにドラゴンがいたとはな……」


 子供ドラゴンというのはフォルスのことだろう。間抜けのフリして、ズィトンらの前をウロウロさせたから、それと絡めて、成竜が城を破壊したという言葉を信じたようだった。……嘘は言っていない。


「あんたらは、あの城の破壊された理由を調べるためにここにいたんだろ?」

「そうだ。ついでに生存者が残っていれば……という理由で、上官から調査を命じられた」


 そういえば――と、ズィトンは首を傾げた。


「貴殿らは、何故ここにいる?」

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