第496話、数を減らそう
魔族兵が廃城周辺を捜索している。
おそらく偵察なのだろうが、彼らがどこまで移動するのかわからないから油断できない。リアハなどは、かなり神経を尖らせていて、隠れ家にいても落ち着かないようだった。
ソウヤは、リアハ、レーラ、影竜、フォルスと、森を進んでいた。
これまでのところ天候は晴れ。木漏れ日が差し込む。鬱蒼とした緑の匂いが強い。昨日、夜に雨が降ったのかもしれない。
「ソウヤ」
影竜が口を開いた。
「このまま行けば魔族兵と正面から出くわすぞ」
魔力眼で監視役をしている影竜。いつぞやの女戦士の姿である。
「じゃあ、ここらで待ち伏せしよう」
ソウヤは各自、分かれて近くに潜むように指示を出す。
「影竜は迂回して、連中の退路を断て」
「たかだが5人程度なら、我ひとりでやれるぞ」
不満げな影竜である。ソウヤは首を横に振った。
「フォルスに集団戦ってやつを見せるんだよ」
5人程度とか言ったら、ソウヤだってそれくらいは楽勝だ。
「人数を減らすために、ひとりも残さずにやる。そのための待ち伏せだ。高度な――」
「あー、それ以上言うな。我を馬鹿にするな」
影竜は茂みの中へ消えていった。リアハに左、フォルスには右側で待ち伏せるように言った。
「いいか、フォルス。魔族兵は、そこらのモンスターより頭がいいヤツかもしれない。決して油断するな。やる時は確実にやる」
「わかった」
「こちらが指示するまでは隠れたままだ。お前はこういう待ち伏せは初めてだからな」
「えー、ボク、待ち伏せしたことあるよー?」
フォルスが心外と言わんばかりに言った。むしろ意外だ、とソウヤは思う。
「狩りか? まあ、そうかもしれんが、魔族兵は初めてだろう? モンスターとは勝手が違う」
いいな、と念を押して潜伏させる。リアハも魔断剣を手に隠れる。
ソウヤは茂みの裏に隠れ、レーラがその後ろにつく。聖女である彼女は、サポート役なので、護衛も兼ねてソウヤが近くにいるのである。
鳥の声が響く。虫の声、枝や葉を揺らす風の音が流れてきて、耳をくすぐる。魔族兵の物音を聞き逃さないように神経を研ぎ澄ます。
魔族兵は、種族にもよるが索敵範囲が広い傾向にある。この手の偵察行動においては、感覚の優れた種族を出すのが定番だから、余計に気が抜けない。
「……ふふ」
レーラが唐突に忍び笑いをした。振り返ったソウヤは、しー、と静かにというジェスチャーをする。耳のいい魔族兵なら、距離によっては小声だって聞こえる。
レーラは口を手で隠すが、目は笑っていた。一点を指さすので、ソウヤもそちらへ視線を向ければ、少し離れた右側の茂みに隠れているフォルス――その茂みの影が、うねうねと動いていた。
影竜の名前のとおり、物陰に潜むことを覚えたようだが、じっとしているのが堪えられないのか、一部が小さく揺れている。まるで首をブンブンと振っているようだ。
こちらからは見えるが、魔族兵が来る方向からは完全に見えない位置である。音さえ立てなければ多少動いても問題ないが……。果たして敵が来るまで我慢できるか不安になった。
やがて、足音が聞こえてきた。魔族兵だろう。しかし。
――1人か?
5人と聞いていたが、聞こえる足音は1人分だ。斥候か。他の4人は後ろだろうか。
――どうする?
他がまだ離れているなら、先にやってきた1人を始末するか。あるいは敢えてスルーし、本隊である4人を待ち伏せるか。
悪いのは、先頭を始末した時に、後続の連中に気づかれて待ち伏せがフイになること。かといって先頭を素通りさせて本隊を狙っている時に、その先頭が引き返して待ち伏せをぶち壊されたりするのも面倒だ。
――仕留めるか。
ソウヤは判断した。先頭をまず狩って、後ろに気づかれなければよし。気づかれても影竜が後ろに回り込んでいるはずだから、こちらがいい囮になるだろう。そもそも、ソウヤや影竜は、単独だったとしても魔族兵数人など容易く屠れる。
いざとなれば力技でどうにでもできるのだ。
――さあ、来い。こっちへ来い。
一発でぶちのめす。ソウヤは斬鉄を握り込む。茂みの上の高さから状況を確認。魔族兵――盾持ちのリザードマンが、恐る恐る前へと進んでいるのが見えた。
――くそ。
ソウヤは心の中で悪態をついた。
一番防御力が高い組み合わせだ。鱗の厚いリザードマンは、発達した筋肉を持ち肉弾戦を得意とする魔族の中では硬いほうだ。それに盾持ちとなると、中々に攻めにくい相手である。
その盾で受けられたら、ソウヤの一撃でも即死させられない可能性が出てくる。……なお防御成功でも致命傷の模様。即死か、瀕死かの違いなのだが、ソウヤはその差を人より大げさに感じていたりする。
――しかもよりによって、オレのところじゃない!
リザードマン兵が進んでいるのは、ソウヤのほうではなく、リアハが潜んでいる辺りが近い。そうなると奇襲でヤツに襲いかかるのはリアハということになる。ソウヤが動くのは待ち伏せのセオリーから外れる。
――いや、この場合、それでいいのか。
ソウヤはツバを飲み込んだ。1人だけ、しかもかなり警戒している様子の魔族兵。これはこちらの待ち伏せの兆候を掴んでいる気配がある。つまり、他の4人は意外と近くにいて、逆にこちらが飛び出してくるのを待っているのかもしれない。
――ああ、あの野郎、滅茶苦茶、キョロキョロしてるじゃないか。……こりゃバレてるかもしれん。
勘づかれたのは体臭か? はたまた音か。敏感な敵が連中の中にいるようだ。
ここにミストがいれば、気配察知で見破ってくれるのだが。ないものは仕方ない。
――リアハ、いいぞ。やってしまえ!
リザードマンが、リアハの潜んでいる茂みのもっとも近くに来た。その時、ガサリと音がして、リザードマンが音の方に振り返った。
――ばっ、いやラッキーだ!
リザードマンの注意が音を立てた茂みに向き、リアハは自分に背を向けた敵に襲いかかることができた。
再度の茂みの音に、リアハへ振り返ったリザードマンだが、流麗な剣の一閃が、その首を切り裂いた。
飛び散る鮮血。喉を切り裂かれ、リザードマンはその場に膝をついた。攻撃どころでなく、剣も盾も落とし、出血を両手で押さえて悶える。そこへリアハが剣を突き立てトドメを刺した。
――さあ、隠れろ! リアハ!
他の4人を警戒して、ソウヤは周囲を確かめる。もし今のを見ていたら、仲間を助けるかリアハを追って出てくるはずである。――そこで横槍を入れてやる!
しかし、動きはなかった。辺りは静かで、魔族兵は現れない。
「ガチで斥候だった……?」
他の魔族兵は、さらに後ろを進んでいるのか。
「影竜様がやってしまったのでしょうか?」
レーラが小声で言った。ソウヤは、そうかもしれない、と思ったがそれも一瞬だった。
「いや、それなら影竜は堂々と『倒した』とか言って出てくるだろ」
胸騒ぎがした。何かがおかしい――
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