第484話、キッチンと調理魔道具


 隠れ家の住み心地はとてもよさそうだった。


「電気」


 ガラス球の中に魔水晶を加工した照明が各部屋天井にある。


「水道」


 蛇口を捻れば、水が出てくる。


 キッチンはソウヤがいた地球の現代レベルであり、流し台の下を見てみれば加工した魔石がはめ込まれた水発生装置があった。


「火」


 コンロからは火が出て、つまみで調整できる。ガスではなく、これもコンロ中央にはめ込まれた魔石の効果のようだ。


 冷蔵庫、電子レンジもあるが、おそらく魔石などこの世界の物を使って再現したものだと思われる。ガス線もコードもないからだ。


「ふむ……」

「さすがは伝説のクレイマン王のダンジョンですね!」


 レーラはパンと手を打ち合わせた。


「これがかの天上人と呼ばれた人々の魔道具!」

「それはどうかな」


 引き出しなどを確認。調理器具などは一通り揃っていた。


「ないのは食材だけか」

「ソウヤ様は、こちらにある魔道具がどういうものかわかるのですか?」

「ん? ああ、オレの元いた世界のものと大体同じだからな」


 異世界から召喚された勇者である。そのことはレーラはもちろん知っている。 


 水道で手を洗い、アイテムボックスから食材を出す。仮に冷蔵庫に何かあったとしても、いつから保存されているか考えたら怖くて手が出ない。


「とりあえず、メシ作るか」


 レーラ、メリンダ、ミスト、影竜、フォルス。外にいるリアハとヴィテス――揃いも揃って、料理しない面子が揃っている。


 コンロがあるということは、通気口はあるな――どうせ肉しか食べないドラゴンさんが多いから、結局は焼肉メインになる。まずはまな板と包丁で、肉を切る作業から。

 と、そこである物が目に入った。


 ――ひょっとしてこの形、炊飯器か? おっ、それっぽいな。


 米を炊いてみることにする。コンロや水道、照明も問題なくついていたから、これらの魔道具も壊れていないとは思うが。


「ソウヤ様、何かお手伝いします」

「ん、じゃ、お米を研いでくれ。やり方教えるから」


 レーラは積極的だ。ただし、物を知らないので、そのつもりで対応する。むしろ知っていたらソウヤがビックリするレベルだ。


 一度やってみせてそしてレーラに任せる。彼女の細い指が米を研いでいくのを見ると、綺麗な手だと思った。


 レーラの手は家事や作業などは無縁な手だ。ソウヤなどは武器を振り回しまくっているからゴツゴツしている。


「……ソウヤ様?」

「あ、悪ぃ」


 あまりジロジロ見たら気が散るか。


「いえ。その、どこかおかしかったですか……?」

「いや、完璧」

「そうですか!」


 嬉しそうに微笑むレーラ。米を研ぐのは上手い下手はあるにしろ、さほど難しくはない。だが色々とやらせてもらえなかった彼女のこと。たとえ簡単なことでも新鮮で、楽しいのだろう。


 ソウヤも胸の奥がポッと温かくなった。


「キッチンで隣り合って作業をしていると……何か、夫婦みたいだな」

「夫婦……」


 途端に赤面するレーラ。その反応に、ソウヤもつい余計なことを口走ったと慌てた。


「やっ、悪ぃ。変なこと言った」

「……夫婦」


 目が泳いでいる。顔を赤らめて落ち着かない様子のレーラに、ソウヤもまたペースが乱れた。


「……いいですね。夫婦」

「お、おう……」


 前向きな言葉に、ソウヤもそれ以上は言えなかった。


 その様子を、リビングの端からじっと見つめている目があった。


「……爆発しろ」


 メリンダだった。



  ・  ・  ・



 リアハがドラゴン形態のヴィテスに乗って、隠れ家へと到着した。


 影竜とフォルスが丘の上。ミストは丘の斜面側にあったテラスから、その様子を見ていた。


 間もなくダンジョンの夜が来る。テラスからヴィテスの姿が見えなくなると、ミストは夕焼け色に染まった空に目を細めた。


「太陽はないのに、天井の色が変わるなんてね」


 つくづくダンジョンとは摩訶不思議な世界である。ミストはテラスから隠れ家内に戻った。


「リアハとヴィテスが来たわ」

「おー。じゃあ、そろそろ始めるか」


 ソウヤは答えた。リビング兼食卓には、見慣れない板のような魔道具と食材が並んでいる。生肉に、卵に野菜、それにホカホカのお米。焼肉用のタレのボトルもある。


 野菜は眼中にないとして――


「焼肉じゃないのぉ?」


 ミストはガッカリを隠さない。バーベキューコンロが見当たらない。生肉にタレは100パーセントの味とは言えない。


「焼肉だよ」


 ソウヤは菜箸で、薄く切った肉を、例の板の上に広げるように置いた。その瞬間、バチッと油が弾けて肉の焼ける音がリビングに響き渡った。


「!?」


 ミストはもちろん、メリンダもレーラも驚いた。ひとりソウヤだけは淡々と板の上に肉を次々に置いていく。


「正式な名前は知らんが、たぶんホットプレート的魔道具だ。ほら、座れ」


 ソウヤは招くと、ミストはすすっと一番乗り。


「これで焼肉ができるの!?」


 すでに期待が止まらない。するとドタドタと足音が聞こえ、室内にフォルスが駆けてきた。


「すごい音した! 焼肉? 焼肉!?」

「おう、肉を焼いてる。手を洗ってこい。――レーラ、蛇口の使い方教えてやって」

「はーい」


 影竜とリアハ、少女形態になったヴィテスもやってきた。


 銀の翼商会恒例の焼肉パーティーの開幕だった。

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