第422話、ボールひとつがもたらしたもの
エンネア王国へと戻るゴールデンウィング号。
ソウヤたちのバスケットボールを見て、何人かがこの異世界球技に関心を抱いた。
一番動き出しが早かったのが、ガルやオダシューらカリュプス組だった。元暗殺者たちは、このボール遊びを鍛錬に組み込んだのである。
プレイを続ける持久力、視線や体の動きを駆使したフェイントや体さばき。とっさの状況判断。身振り仕草による合図、仲間内の連携。ミスディレクション……。
殺し屋組のバスケを見ていると、スポーツというより戦う競技に見えてくる不思議。パンチやキックはないのだが、なんだかバトルしながらバスケとかやれそうな雰囲気があるから恐ろしい。
戦士や冒険者組は身体能力向上のトレーニングに取り入れる者もいれば、純粋に遊ぶ者もでてきた。ボールひとつで遊べるお手軽感が、時間潰しにちょうどいい。
銀の翼商会内でちょっとしたバスケブームの到来。ミストやクラウドドラゴン、子供竜のフォルスも、このボールを使って遊び出した。
カリュプス組に混じって、セイジもバスケを始めた。
初めて会った頃は、それほど運動ができるイメージがなかったが、ちょっと見ただけでだいたいできるようになるセイジの器用さには、見ていたソウヤも感心するばかりだった。
「なー!? このボールっ!」
一方、セイジと同時に始めたソフィアは全然駄目だった。ボールが手に馴染まず、ドリブルが上手くできない。
あっちへコロコロ、こっちへコロコロ。
「セイジだって初めてのはずなのに、なんでちょっと見ただけでできちゃうのよ!」
すっ、と軽い深呼吸から、セイジがゴールに向けてボールを放る。放物線を描いて、ボールがリングを通過した。
――え、なに上手過ぎね?
これにはソウヤも呆然である。ぜんぜん素人に見えない。
『セイジはな――』
以前、ジンが言っていた言葉がソウヤの脳裏をよぎった。
『見たものをイメージと掛け合わせて、自身の動きに取り入れることを覚えたんだよ。彼が注視したものは、おそらく一、二回でその動きをコピーできると思うよ』
恐るべき才能である。見ることを重視していたセイジは、それを昇華させたのだ。ここまでできるようになるなんて誰が思っただろう。大化けしたメンバーの筆頭かもしれない。
「私もシュートやる!」
ソフィアがボールを放れば――全然届かなかった。
「そもそも投げ方がおかしい」
セイジが誰を真似したか知らないが、綺麗なシュートするのに対して、ソフィアはまったく投げ方がわかっていないようだった。
もっとも、この銀の翼商会の素人たちの大半が正しい投げ方など知らないから、彼女だけがおかしいわけではないが。
「あ、ソフィア、見てください。ドリブルができました!」
リアハが低速ながらボールをつきながら歩いていた。ぐぬぬ、とソフィアが歯噛みする。
「というか、ボールが重いのよ!」
「君が使っている杖より軽いよ」
などと真顔で言うセイジ。自然にソフィアの後ろに回り込み、シュートの姿勢を補助する。さりげなボディタッチ。ソフィアは赤面する。
――はいはい、ご馳走様。
カップルがイチャつくのを邪魔するのも野暮だ。ソウヤは移動する。
ソフィアは運動慣れしていないのが悪い。魔術師でも体を鍛えるのは大事だ。なまじ魔力が強いから、体力面がおざなりになっている感がある。ここらで鍛え直したほうがいいのでは、とソウヤは感じた。
「……おっかしいなぁ……」
レーラの声がした。何事かと思えば、彼女もバスケットボールでドリブルの練習をしていた。というか、ボールを真っ直ぐバウンドさせられない。
ソフィア以上に体力がなさそうに見えた。
聖女様は普段から杖を携行し、護身用の武器としても儀式などでも使っているから『箸より重いものを持たない』とかいう虚弱体質というわけではない。
とはいえ荒事や肉体作業については、周りがやってしまう――聖女にやらせない――せいで、やり方知らずというか、不器用なところがある。
「メリンダ、あなたもやったら?」
「私ですか? いえいえ! 遠慮します!」
すっかりレーラの護衛官ポジに収まっている女騎士は、十年前と同様、ボールに触ろうとしない。理由はわからないが、メリンダは頑なにボールタッチを拒む。
そんなことよりレーラだ。魔王討伐の旅でも、バスケなど皆で楽しむスポーツをやりたがっていた彼女だ。ここでは誰も止めないから、やりたいようにやらせてあげたいというのがソウヤの本音である。
――ちょっと教えてやるか。
そう思ったが、すぐに足は止まった。ここで下手に手を出したら、せっかくのレーラのやる気に水を差してしまうのではないか?
別にレーラは甘えているわけではないが、周囲が聖女様万歳と甘やかしてしまうところがあるのは否定できない。
で、あるならば、彼女が聞きにくるまでは大人しくしていよう、とソウヤは決めた。
巡回を続ける。
それにしても、そこかしこでボールを床に打つ音が聞こえた。
ボールについてはジンが魔力生成で量産したので、希望者が全員持っている。本当に流行しているんだな、と思う。
自己鍛錬の一種かと思いきや、普通に娯楽として楽しんでいるようである。
――これなら行商ついでに、バスケットボールを流行らせたりできるかもしれないな。
別にソウヤはバスケットボールは多少触った程度で、そこまで習熟しているわけではないが、娯楽に飢えている人たちに新しい遊び、スポーツは受けるのではないか。
ボール一個でできる娯楽。サッカーなどもいいかもしれない。
――いや、スペースの限られた町や村の中なら、サッカーはキツイか?
集落の外は魔獣が出没することもある世界だ。外の世界は広いが、安全な場所でもできるものと考えれば、バスケットボールのほうが有利か。
もし競技が普及したら、村や組織の代表が集まって魔法大会のようなイベントが開催されるようになったり……。
やりようによっては一大事業、そして産業に発展して、仕事や雇用が増える。
「フフ……フフフ」
思わず笑みを浮かべてしまうソウヤである。
「おや……?」
今度は魔術師組がバスケットボールを触っている。こちらは暗殺者組や戦士組と違って不器用な者が多かった。この手のボールと戯れる機会がなかったせいだろう。他のグループと比べると、全体的に運動力不足が透けて見える。
――中には上手い奴もいるようだな。
王都魔術団のメンバーたちの中でサジー――ソフィアの兄は、すでにドリブルやシュートなど形になっていた。
同じ魔術師なのに、ぶきっちょな妹とえらい違いである。これも個々の能力の差か。
「ちぇ、魔法でなら簡単なのに――」
若い魔術師の言葉がきっかけになったか、魔術師たちは魔力でボールを動かし始めた。もうバスケットボールでも何でもないが、そのコントロールだけ見ていると、それはそれで別の競技ができそうだとソウヤは感じた。
これを見ていたイリクは手を叩いた。
「これは魔力のトレーニングに使えるな!」
何にでも鍛錬に結びつける真面目な面々が多い銀の翼商会である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます