第420話、獣魔たちの絆
森の中にギガントコングを祭った祠があるという。
いざやってきたソウヤたちは、祠のある敷地内に立つ複数の木の柱にまず驚いた。
木の柱はパルテノン神殿の石柱のように太かった。人間でもちょっとやそっとの人数では運ぶのも難しそうな大きさである。
だが、驚いたのはその柱の頂上にあった木彫りの像のほうだった。
「……これは」
「ソウヤ殿だ、ソウヤ殿でござる!」
フラッドが見上げて笑った。
ソウヤの像があった。それだけではない。立てられた柱には、当時の勇者パーティーの仲間たちの像がそれぞれあった。
「こんなところに祠があって、十年前の勇者パーティーのメンバーの像が作られた?」
「クレルが作ったんだ」
ポツリとコレルが呟いた。
「あいつは手先が器用だったからな」
主人であるコレルを待ちながら、ギガントコングはせっせと像を作って過ごしたのだろう。切ない。だが同時に『ゴリラすげぇ!』とソウヤは思った。
「これは、仲間たちに見せたいな」
レーラやカーシュ、メリンダなど、それぞれ見せたらどんな反応が返ってくるだろうか。よくできている、とソウヤは微笑した。
「おれがいる」
「某も!」
カマルとフラッドも、それぞれ自分の像を見つけた。コレルはそれらの像を見上げながら、祠の方向へと移動する。
だが――
「コレルの像がなくね?」
気づいてしまった。肝心のギガントコングの主であるコレルの像がなかった。
どこか期待していただろうコレルは表情を曇らせた。明らかに落胆である。
「やっぱり……オレのことは許してなかったんだな」
「コレル殿」
ポンとフラッドが青年の肩を叩いた。
「コレル!」
カマルが声を張り上げた。見れば、カマルが祠を指さした。
正確には、その裏手にある大木か。
「こっちへ」
先に進んでいたカマルのもとへ行くと、それが見えた。
大木の下に、人と獣たちが集まっていた。
否、それはすべて木彫りの像。コレルとそれを囲み談笑している獣魔たちの像。皆が笑顔で主の周りに集まり、さながら集合写真のような構図である。
「……っ」
コレルは膝をついた。ソウヤもこみ上げてくるものを抑えられなかった。
――こんな、もの見せられたら……。
「う、うぅ……」
コレルがその場にうずくまった。涙腺が崩壊した。
天狼や大牙、すでにこの世にいないカーバンクルのアルメア。命を落とした、しかし共に同じ時を過ごした魔獣たちも勢揃いしている。
思い出となった家族。もうあの頃には戻れない。そもそも全員が揃うこともなかった――色々な想いがない交ぜになって、コレルは嗚咽を漏らした。
フラッドが振り返る。その視線に気づき、ソウヤもそちらを見た。
そこには、一頭の巨大な角付きゴリラ――ギガントコングが座って様子を見ていた。
――クレル?
しかし、ソウヤの中のイメージより、そのコングは一回り大きかった。
全高は三メートルくらいあるだろうか。ギガントコング、その名は伊達ではない。
のっそり静かに、そのコングは近づいてきた。
コレルはひざまずいたまま号泣している。気づかせてやるべきか。迷ったソウヤだが、カマルと目が合い、彼が首を横に振ったので結局黙っておくことにした。
やがて、ギガントコングはコレルのすぐ後ろにきて止まった。すっと腕を伸ばすと、コレルの体を持ち上げた。
一瞬何がおきたかわからないコレルは、次の瞬間、あぐらをかいたギガントコングの膝の上に乗せられ、よしよしと撫でられた。
「……クレル!?」
コレルが声を上げれば、ギガントコング――クレルも声を上げて軽く彼を抱きしめた。
「クレル! お前かっ!?」
魔獣使いの青年がまるで子供のように見えた。親の迎えを受けて泣き出す子供の図。それを見ているような感覚になるソウヤ。
――よかったな、コレル。
こういうのを感動の再会というのだろう。またまたもらい泣きしてしまうソウヤである。
・ ・ ・
コレルとギガントコングのクレルは再会を果たした。
十年経って、元々大きかったクレルは一回りたくましくなった。
魔獣使いのコレルは動物や魔獣と会話できるが、彼はクレルと何事か話し込んでいた。
……もっともソウヤたちには、ギガントコングの言葉などさっぱりわからないのだが。
コレルの口ぶりからここ十年、クレルが何をしていたのかを話しているようである。
「――それはそうと、何であの中にお前がいない!」
そうコレルが指さしたのは、例の集合写真じみた木彫りの像――コレルと獣魔たち。
言われてみれば、仲間たちが集合していて何故かクレルの姿がない。一番大きい彼がいないのは確かに妙である。
クレルは何事かを話した。コレルは「あー」と納得した声を発した。
「そうかー。自分の姿はさすがにわからないか」
自分の木彫りの像を作るのは無理だったようだ。言われてみれば確かに、と聞いていたソウヤたちも顔を見合わせ苦笑した。
さて、再会したギガントコング、クレルは、コレルの家族に戻った。
ソウヤは改まって、コレルに聞いた。
「全部じゃないが、お前は家族と再会を果たした。これからどうする?」
かつての勇者パーティーの仲間である。打倒魔王は十年前に果たされていて、復活した彼は正式に、銀の翼商会に参加しているわけではない。
もちろん、魔王軍が動き出している状況ではあるが、コレルが共に戦った第一回目の旅は終わっているのだ。
「家族と新しい生活を求めてもいいだろう。お前は充分務めたを果たした」
「本当にそうと言えるか?」
コレルは首を振った。
「オレは魔王が倒された場面にいなかった。魔王を倒したっていう実感がない。魔王軍が動いているなら、オレたちの旅は終わっちゃいない」
これ以上ないほど真面目な顔でコレルは言った。カマルは口を歪めた。
「言えよ。ドラゴンがいる銀の翼商会に興味津々だって」
「!!」
「そうなのか? いや、そうだろうな」
ソウヤは肩をすくめれば、コレルは声を張り上げた。
「当たり前だろう! ドラゴンだぞ! 魔獣使いとして無視できるか!」
せっかくキリッと決めていたのに、本音で少々ガッカリである。もっとも、コレルらしいとソウヤは苦笑するのだった。
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