第394話、ある盗賊のお話


 料理番の男は、ナールと名乗った。


 聞けばブレタ王国という、エンネア王国より東にある国の出身なのだそうだ。


「――昔、戦争に引っ張られたんですがね、それが嫌で脱走して、盗賊の仲間をやってました。まあ、ケチなコソ泥でさあ」


 ナールは自嘲する。


「土壇場になっても殺しの度胸がねえってんで、料理番やってますがね。……とまあ、オレの過去はこんなもんで。魔王軍の話をしやしょうか」


 盗賊の一員として、アジトでさほどうまくもない料理を作っていたら、武装した魔族に襲われたらしい。


「うちの連中の後を尾行していたんでしょうなぁ。戻ったぞー、から、突然騒ぎが始まって、気づいたら半分くらいが殺されたかなぁ。オレは……怖くて縮こまっていたら、そりゃあもう強そうな魔族に首根っこ捕まれて――」


 アジト前で生存者たちと並べられたらしい。


「そりゃあもう、処刑されるんじゃねえかってビクビクしてたんですがね。連中の馬車に――ありゃ馬車だったのかな、変な馬だったけど――乗り物に乗せられて連行されたんですわ。で奴らにアジトに連れていかれた後、一晩したら……」


 ナールは自分の空っぽの胸を見せた。


「心臓を捕られてた。……他の連中もだ。眠っている間にやられた」

「……」

「普通、心臓抜かれたら死ぬじゃないですか。だけどオレたちは何でか知らないけど生きている。……ああ、いや魔族曰く、もう死んでいるも同然って言われたんですがね」


 首をひねりつつ、ナールは続けた。


「で、オレらの心臓を握ったのは魔族の魔術師……何とかっていうトカゲ女なんですが、そいつが言ったんですよ。魔王軍の尖兵として働け、逆らえば心臓を切り刻んで本当に殺してやるって」

「トカゲ女の魔術師、ねぇ」


 ソウヤは首を傾け、ミストを見た。


「そんな奴、前に見なかったっけ?」

「さあ、忘れたわ」


 ミストは関心なさそうだった。ソウヤは肩をすくめる。


「それで、ナール。お前とその仲間たちは、魔王軍の残党に使われていると……」

「やっぱ殺されるのは嫌なんでね……。あのトカゲ女、オレらの心臓で遊びやがったんですよ。握りつぶされるかと思うくらいの激痛を味わっちまうと、とても逆らえなかったんですわ」


 一種の脅迫である。いささかの同情はおぼえるが、元々盗賊をやっていたとなると、両手を挙げてかわいそうとも思えないわけで。


「それで、お前らは具体的には、魔族に何をやらされているんだ?」

「これまでと同じでさあ」


 ナールは上目遣いになった。


「盗賊をやって治安を悪化させるんですよ」


 どこか媚びを売るように見える。


「あとは王国の戦力を削ぐために、領主にちょっかいを出して、ここに兵を出させて返り討ちにしたり捕まえたりね」

「じゃあ、ここに来たという領主の調査隊は?」

「何人か殺したみたいだけど、それ以外は、魔族のもとへ連れていかれたってぇ話ですよ。何でも、実験に使うとか何とかって……。いやあ、あいつらには関わりたくないですわ」

「どこへ連れていかれたの?」


 びっ、とミストが斧の先を向けた。魔王軍の拠点がわかるかもしれない。


 ひぇっ、とナールは縮み上がる。


「こ、このアジトの奥に、さらに拠点があって、そこに魔族どもがいます!」


 ここに宝物庫がないのは、ひょっとして魔族のテリトリーと繋がっていて、そちらにあるのからか。


「秘密の通路があるのか?」

「へ、へい! ここから奴らのいる場所へ移動できます!」

「なるほど」


 意外に近かった残党のアジト。


「カーシュ、カエデを呼んでくれ。……それでナール、その拠点の規模と人数は?」

「さ、さあ。オレも最初に来た時以外、向こうは歩いたことがないから。聞いた話じゃ、うちらの盗賊団以上の人数がいるんじゃねえかって話だ」

「それなりの規模ってことか」

「ソウヤ、乗り込みましょう!」


 ミストが俄然やる気を出している。先ほどあれだけ暴れてまだ足りないらしい。


「情報なしで突っ込むのは面倒だな」


 ここまで聞き出して言うのも何だが、ナールの言っていることがすべて本当という保証もない。


 彼が料理番をしているから、殺しはしたことがない、というのも確かめる術はなく、魔族のアジトが本当はどうなっていて、どれくらいいるのか知っているのかもしれない。


 ――追い詰められたら、奥へ引き込むように言えって言われてるかもしれないからな。


 たとえ、ナールが本当のことを言っていたとしても、それを証明するまでは疑ってみないといけない。罠にはかかりたくないものだ。


「ソウヤさん、来ました」


 カエデがやってきた。ソウヤは頷くと、ナールを睨んだ。


「さて、その奥へと繋がる秘密の扉ってやつの場所へ案内してもらおうか? 中は知らなくても、入り口がどこにあるくらいは知ってるだろう?」



  ・  ・  ・



 秘密の扉は、洞穴の奥の何の変哲もない壁にあった。その壁の下のほうを見た時、ガルが頷いた。


「人の出入りした跡がある」


 暗殺者集団の目なら、ノーヒントでも隠し扉に気づけたかもしれない。ソウヤはナールに扉を開けるように促した。


 ナールは壁に寄ると、力を込めて押した。ゴリゴリと石を削り、秘密の扉が開いた。


 ガルがすっと中を覗く。


「地下か……」


 階段が下へ下への伸びている。


「かなり深そうだな」


 ソウヤも覗き込みながら、カエデを手招きした。


「シェイプシフターを送れるか?」

「はい」


 カエデが、野球ボールほどの黒い塊を下へと落とした。


「けっこう高いみたいだが、そんなんで大丈夫か?」


 高所からの落下死を心配したが、彼女は首を横に振った。


「シェイプシフターは物理耐性がとても高いので、大丈夫です」

「この程度なら問題ないか」


 ソウヤが呟けば、ミストが足元から下を覗き込んだ。


「それで、ワタシたちはしばらく待機?」

「そうだな。ここに何人か見張りを置いて休憩にしよう。……いいですね、イリクさん?」

「もちろんです、ソウヤ殿」


 控えていたイリクが頷いた。

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