第374話、それでもやらねばならないこと


アイテムボックスハウスの会議室。ソウヤはメンバーを集めた。いわゆる幹部会的な集まりで、全員が集まるわけではない。


 ソウヤのほか、ミスト、ジンに、副リーダーポジに置いたカーシュ、飛空艇関連のライヤー、カリュプス組のオダシュー、衛生部門のエルフのダルと、オブザーバーとしてレーラが参加している。


「大ざっぱに言うと、王国や近隣をぐるっと回って行商をしながら、魔王軍の行動について調査をする」


 ザンダーと魔法大会での魔族の暗躍を含め、魔王軍の動きが活発化する予感がしている。中々のんびりダラダラとはいけそうにない。


「何か意見は?」

「ワタシは賛成」


 ミストは薄く笑った。


「魔法大会にはワタシや四大竜もいた。もし連中の企みが実行されていたら、魔族がドラゴン族に宣戦布告したと猛り狂っていたでしょうね。魔王復活の生け贄にされかけたのだからこれは報復一択よ」

「爺さんは……聞くまでもないな」

「ああ、魔王軍の残党は野放しにできない。のんびり平和な日常を守るためにもね」


 老魔術師は頷いた。


 他のメンバーを見れば、いずれも反対意見はなかった。


「オーケー。じゃあ、次。行商活動」

「それだけど、今さらお金を稼ぐ必要がある?」


 ミストが指摘した。


「もう、充分にお金はあるでしょう?」

「一生遊んで暮らせる分はな」


 ライヤーも同意するように言った。


「でも旦那は、行商をしながら魔王軍を調べるって言ったが……」

「何か起きていないかの見回りも兼ねて、だな」


 以前、行商で行ったら村がひとつ滅ぼされていたことがあった。人知れず、魔王軍の手が伸びている可能性もあるのだ。


「何かおかしなことがないかの聞き込みとか、不審な場所があれば実際に行って確かめる。で、それとは別に、各地にいる商人たちと接点を持っておきたい」

「と言うと?」


 カーシュが首をかしげた。ソウヤは唇の端を吊り上げる。


「実は魔法大会の祝賀会で、商人たちと挨拶を交わしたんだが……。そういう人たちと取引できるように下地を作っておこうと思うんだ。有事に備えて」


 必要なものを必要な場所に、が行商だが、それに加えて迅速かつ大量に、という輸送の話をしている。


 魔王軍との戦争が起きれば物資の輸送も俄然増える。軍の展開、移動、待機などなど、食料や装備、消耗品は何をするにしても消費される。


 だが徒歩移動での輸送は、時間がかかる上に自分たちが消費する量も携帯しなくてはいけないという事情から、効率はあまりよくない。


 大軍になればなるほど、戦費と物資消費を莫大なものにさせる。


 だが、ここで飛空艇を使った迅速な輸送が加われば、この消費をある程度軽減させることができるのだ。


「軍にも飛空艇はあるが、それらは魔王軍との戦いで必要とされる。オレらが輸送を引き受ければ、軍は戦いに集中できる」


 貴重な軍船を輸送に引き抜くということも減るだろう。そもそも王国軍の保有する飛空艇の数など、ようやく二桁程度だという話だ。一部貴族が保有している船は、王の命令ひとつで徴用できるだろうが、どこまで使えるかは不透明だ。


「このゴールデンウィング号も徴用されちゃうんじゃね?」


 ライヤーが不安な顔になった。銀の翼商会保有の船は、古代文明時代の発掘品だが、修理と新型エンジン搭載により一線級の船でもある。


 軍も欲しがるだろうが――


「アルガンテ王は、徴用しないと思う」

「断言できるか?」

「ああ。だが、いざという時は、戦闘に参加を求められたりはするだろう」


 ソウヤは相好を崩した。


「まあ、魔王軍との戦いとあれば、わざわざ徴用などしなくても、オレらは参戦するって王もわかってるからな」

「それもそうね」


 ミストは獰猛な笑みを浮かべた。


 徴用するより、勇者の時と同様、任せたほうがいいと判断されると思う。


 ソウヤは苦笑した。


「で、話を戻すと、各地の商人と銀の翼商会は提携して、物資の調達や移動がスムーズにできるようにする」


 物資を速やかに調達できるようにするというのも重要なことだ。欲しいものがどこで手に入るかわからなければ、いくら運ぶスピードが速かろうと時間をロスすることにもなる。


 ――ま、いざとなればアイテムボックス経由での物資移動もやるかもしれない。


 飛空艇をも上回る瞬間移動のような輸送手段。一部ではすでにやっているが、信用できるところとしか、まだやっていない。あまり大っぴらにふれ回るつもりはないが、おそらく関係していくところは増えていくと思われる。


 そのあたりの線引きは見極める必要がある。


「こんなことを言うと怒られるかもだけど」


 ライヤーは頭の後ろに手を回した。


「おれの本音を言うと戦いなんて、真っ平だ。できればかかわりたくない」

「それはそうですよ」


 治癒魔術師のダルが皮肉げな顔になった。


「誰だって戦争は嫌です」


 痛いし、苦しいし、人は死ぬし、心も削られる。


「でも、やらないといけないこともある」


 カーシュは真面目ぶる。


「多くの人間が、無為に殺されるなんてのはごめんだ。そもそも魔王が復活してしまえば、人類に逃げ道はない」


 かつて、魔王は人類を滅ぼすと宣言し、世界を巻き込む戦争となった。勇者ソウヤとその仲間たちが、魔王を討伐できなかったら、果たしてこの10年の間に世界はどうなっていたか、考えるのも恐ろしい。


「他人事じゃ済まないってことか」


 ライヤーの言葉に、ある者は押し黙り、ある者は頷いた。


 ソウヤは言った。


「まあ、復活すると決まったわけじゃないし、復活しようとするなら、その前に止めればいい」


 今は情報を求めつつ、やれることをやっていくしかないのだ。


 漠然とした不安を抱えつつ、それでも前に行くしかない。時は止まってくれないのだから。

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