第317話、拡大する醤油作り


 グラスニカの実家の屋敷に放火したとされるセリアの件は、ひとまず放っておくことになった。


 何せ、こちらが何もしなくても、彼女のほうが、イリクを訪ねて王都へと来るのだ。ソフィアを犯人に仕立て上げるための報告をするためには、セリアはイリクに会わなくてはならない。勝手にやってくるのだから、探す必要もないということになる。


 飛んで火に入る夏の虫、というやつだ。


 イリクは、実家の一族たちの新居の確保に動く。バロールの町は、実はグラスニカ家の領地でもあるのだ。つまり、領主宅が全焼してしまったのだから、後処理が大変なのである。


「これが、仮住宅ですか……」


 ソフィアの祖母にあたる、マルグレッタ・グラスニカは、ソウヤに顔を向けた。


「はい、簡易工法ではありますが、我々が使っている屋敷の技術を応用しました」


 グラスニカの屋敷の庭先に、そびえる建物は、ソウヤがアイテムボックスハウスを応用してこしらえた仮の住居だった。


 ボックス型パーツを重ねたり加工することで、数時間で屋敷としての皮は完成した。


「見た目は……お世辞にも豪華とは言えませんが」


 マルグレッタは正直だった。


「でも家としては充分そうですね」

「仮の家、ですから」


 そこらのお屋敷に比べて、やや貧相というか、どこか『細さ』を感じてしまうのは何故なのか。


「ちゃんとした屋敷を作るなり、領内の建物を利用するなり、それが決まるまでの仮の家としては充分でしょう」

「ええ、これが半日と経たず建ってしまうなんて、驚きですよ」


 穏やかに老女は笑った。


 貴族のお屋敷と呼ぶには少々不足ではあるが、家具を置けば、それなりのものに見えるようになる。アイテムボックス内に家を建てた経験が、こんなところで役に立つとは、ソウヤ自身思っていなかった。


「でも、屋敷が燃えてしまって、家具なども集めないといけないねぇ……」


 マルグレッタが寂しそうに言う。愛着のある家具、道具などすべてなくなってしまったのだから、無理もない。


 執事が進み出た。


「近場のバロールの町に、調達にいかねばなりませんな」

「それなんですが……」


 ソウヤは執事を見た。


「うちの商会は、王都のプトーコス雑貨店の商品を扱っております。王都の上流階級の方々も愛用されている品もあるので、よろしければ、そちらを『すぐに』ご用意できますが」

「おお、それは願ってもないことです!」


 執事は声を弾ませた。まさに渡りに船である。ソウヤとしても、知り合ってよかった、プトーコス雑貨店、である。


 ――転送ボックスで、契約店の商品を『直接』お取り寄せ……。


 ソウヤは考える。一応、タルボットの醤油蔵や、魔物肉料理店の丸焼き亭などで、転送ボックスを使った品のやりとりをやっている。


 様々な業種と提携して、必要な場所、時に、必要なものを即お届けできるシステムを構築できれば、銀の翼商会の事業もより活発になるのではないか?


 提携した店や商人の品全部を取り扱っている行商! そこでは、欲しい物が手に入る、となれば、行商として究極の理想形ではないだろうか。


 ――ふふ、これは熟考する価値はありそうだ。


 そんなことを思っているソウヤに、マルグレッタが言った。


「銀の翼商会とは、今後ともよい関係でありたいですね」

「光栄です、マダム」


 ソウヤは一礼で応えるのだった。。



  ・  ・  ・



 せっかくバロールの町に来たので、ソウヤはタルボットの醤油蔵を訪ねた。


「ようこそ、ソウヤさん!」


 マーク・タルボットは上機嫌だった。


「よく来てくださいました」


 まずは見てくださいよ――と、彼は奥へとソウヤを案内した。大きな工房が増えていた。


「ショーユの注文が殺到しています!」


 タルボットは声を上ずらせた。


「ソウヤさんたちが宣伝してくださったおかげで、王都からも商人や偉い人の遣いがやってきています!」

「繁盛しているようで何よりだ」

「ええ、ソウヤさんたちのおかげです!」


 聞けば、王族や地元貴族からの援助もきているらしい。


「規模の拡大や人員の増員などもできるようになりました」


 ――だろうね。


 ソウヤは、以前は見なかった、タルボット以外の醤油作りの職人たちの姿を見かけたいた。


「しかし、地元貴族って、グラスニカ家だろ? あそこ、昨日屋敷が燃えて大変なことになってるぜ」

「えっ……!? そうなのですか?」


 タルボットはまだ知らなかったようだ。


「まあ、王国や有力貴族とか後ろ盾になってくれるところも少なくないから、大丈夫だとは思うよ」


 近況の報告と、今後について話し合った後、タルボットは言った。


「そういえば、父がソウヤさんと話をしたいと言っていたのですが、もう会いました?」

「いや、まだ」


 言われてみれば、確かに先日、転送ボックスにタルボットが送ってきた手紙にもそう書いてあったのをソウヤは思い出した。


「内容は聞いているか?」

「いいえ。たぶん、僕に話しても意味がないことだったんだと思います。父は昔からそうなんですよ」

「ひょっとして、親子関係がよろしくない?」

「いいえ。ソウヤさんが父にショーユを紹介してくださった辺りから、以前より話すようになりましたし、蔵の拡張や人材の紹介で助けてくれるようになりました」

「そりゃよかった」


 親子仲がよくなったのは幸いである。タルボットがコツコツと醤油を開発していた頃は、ほぼ疎遠になっていたらしいと聞いていたから。


「しかしそうなると……要件は何だろうな?」

「行ってみればわかると思いますよ。あの人、意味もなく人に会おうなんて考えませんから」


 タルボットは、からからと笑った。


 このまま会わずに王都に戻ったら、次はいつくるかわからないので、タルボットの父、グレイグ・タルボットにも会っておこう。


 ソウヤはそう決めると、マーク・タルボットの実家であるタルボット商会を訪ねるのだった。

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