第308話、辻褄の合わない話


 アルガンテ王は、グラスニカ家当主であり、宮廷魔術師のイリクに問うた。


「グラスニカ家の主な者を、王都の外へ出して片付けねばならぬ事情とは何だと聞いている!」

「それは……」


 言いよどむイリク。アルガンテ王の目は鋭い。


「頼りにしている側近が、日に日に疲労を浮かべ、その家の動きが活発とあれば、何かあったのであろう」

「一族の問題です……」


 イリクは答えた。


「ご心配をかけ、まことに申し訳ございません。ですが、こちらは間もなく解決しますゆえ――」

「イリク。王の命令である。答えよ!」


 アルガンテ王は切り札を使った。臣下であるイリクにとっては、王命は絶対である。プライベート云々と逃れることもできない。


 ちら、とイリクは、ソウヤとレーラを見た。部外者がいては話しづらい内容なのだろう。


「……オレたちは席を外しましょうか?」


 ソウヤは察して、立とうとするが、アルガンテ王はそれを止めた。


「構わん。どうせ、カマルを使ってグラスニカ家のことを調べようとしているのだろう。どうせ知れるなら、今ここで聞いてゆけ」


 それがダメ押しとなったのか、イリクは小さく深呼吸した。


「わかりました。お話いたします。実は、我が屋敷より、一族に伝わる秘伝の魔術書が盗まれました」


 魔術書の盗難。ソウヤはレーラと顔を見合わせる。


「秘伝ゆえ、この件は当方で処理すべく、内々に捜索しておりました」


 ――なるほど、それでイリクは心労が顔に出るほど疲れていたのか。


 王に仕える側近ゆえ、簡単に職場から離れるわけにもいかない。だから一族総出で、盗まれた書物を探しているということだ。


 王とは言え、盗難の件を言えなかったわけである。ここまでの行動は、イリクの立場なら自然であり、ソウヤも腑に落ちた。


 ――一族の秘伝だもんな。そりゃあ、他の人間をかかわらせたくないだろう。


 身内で処理しようとするはずだ。


「犯人の目星はついているのか?」

「いいえ、陛下。しかし、相手はおそらく魔術師だと思われます。魔力による施錠システムで保管されていた魔術書です。そこらの盗っ人が奪えるものではありません」


 だとすると――ソウヤは口を開いた。


「グラスニカの屋敷にいた人物の中に犯人がいるのでは?」


 魔術師一家である。魔力施錠システムとやらは、一般人には対処できないとあれば、当然、魔法の使える者たちは容疑者となる。


「いや、犯人は外部の人間だと思われます」


 イリクは事務的に答えた。


「外部から侵入した形跡がありました。内部の人間ならば、そのような跡は残りません」

「ですが、犯人は見ていないのでしょう?」


 レーラは指摘した。


「犯人が、外部犯に見せかけた内部の人間の可能性もあります」

「聖女様は、我が一族の中に裏切り者がいるとおっしゃられるのか!?」


 イリクは思わず大きな声を出した。ソウヤは首を振る。


「裏切り者、と言われたので言いますが、その可能性はありますよ。お忘れか? ソフィアが呪いを掛けられていた事実を」

「……!」

「専門家の話によれば、あれは身内か近しい人間による犯行が極めて大と言っています」

「しかし、呪いと言われても、遠方からかける術もあります。娘に呪いを掛けた相手が身内のものと何故、断定ができるのですか?」

「……服を脱がして、その肌に直接刻んだものらしいですよ。診察した王都の魔法学校の教官の見立てですから、間違いないでしょうね」


 その言葉に、イリクは黙る。


 王都の魔法学校の教官と言えば、宮廷魔術師である彼が知らないわけがない。そこでそのような診断が出た以上、直接刻む呪いが、どういう人間なら可能か察することができたのだろう。外部から侵入した者なら、まず取らない方法だと言うことを。


 何故なら、わざわざ屋敷に侵入する危険もさることながら、面倒かつ回りくどい方法を使ってまで呪いをかけるより、もっと簡単な方法があっただろうから。


「まあ、魔術書の盗難と、ソフィアの呪いが同一人物の仕業とは限りませんが、犯人が身内の中にいる可能性は捨てるべきではないと思います」


 ソウヤはそう締めくくった。


 イリクは口を閉ざし、考えにふけっている。身内だとしたら誰か、と思い起こしながら頭の中で整理しているのだろう。


 ――ぶっちゃけ、盗難の話はオレらには関係ないんだが……。


 ソフィアの家出の件が、イリクに伝わっていないというのが気になる。


「イリク殿、話を戻して悪いんだが、あなたの実家にいる人間は、ソフィアが家出した件を報告しなかったが、これはよくあることなのか? つまり、娘の行動について、基本、報告しないとか?」


 言い方は悪いが、放置しているとか。


「いいえ。さすがに家出ともなると、報告してくるはずです。数日で見つかるならば、報告はしない可能性はありますが、家出した時期を考えれば、報告しないはずがない。私もたまに実家に帰るので、その時にソフィアとは顔を合わせますから」

「つまり、黙っていても、実家の人間に益はない」


 むしろ、報告しなかったことで大叱責を浴びることになる。……となれば、ますます怪しい。


「ちなみに、魔術書盗難の件は、一族の者であたっているとのことですが……実家にいる人間にもそのことは?」

「はい、遣いを出して、実家の者にも何人か捜索を依頼してあります」

「遣いですか……」


 ソウヤは顎の手を当て考える。


「その遣いの人は、実家に行ったわけですよね? ソフィアのこと、何か言っていましたか?」


 魔術書が盗難されたのは、ソフィアが家出をしてしばらく後。つまり遣いが実家を訪れた時、すでにソフィアはいなかったわけだが、そこにいた者たちは何と答えたのか。


「……ふだんと変わらないと申していましたが」


 ――んなわけあるか!


「それはおかしくないですか? だって、ソフィアはその時、もう家出をしていたんですよ? 会えるはずがない」

「……!」


 イリクは愕然とした。アルガンテ王とレーラの視線が、宮廷魔術師へと向けられる。


「その遣いの者は嘘を言っていますね」


 あるいは、イリクが嘘をついているかだが、先ほどまでの反応を見るにその可能性は低いだろう。


 ソウヤは提案した。


「その遣いの人に、事情を聞いたほうがいいと思います。あと、今現在の、実家の様子を確かめたほうがいいんじゃないですか? 報告はその遣いの人からのものだけなら、もしかしたら実家のほう、大変なことになっている可能性もありますよ」

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