第237話、アルガンテ王と会談


 王城を訪れるのは、いつ以来だろうか。


 あたりはすでに暗く、松明が焚かれて、淡い人工の光源を提供している。


 ソウヤは、指定された城門の前にひとり向かっていた。例によって、仲間たちに声をかけたら誰ひとりついてこなかった。


『呼ばれたのはソウヤでしょう?』


 ミストが鼻で笑えば、堅苦しいのを嫌う面々と、暗殺者であるカリュプスメンバーらが場にそぐわないと辞退が相次いだ結果、誰もいなくなってしまった。


 これは寂しい。


 城門につくと、カマルが待っていた。情報畑のこの男は、いつみてもくそ真面目な表情を崩さない。


「今日もひとりか?」

「お迎えご苦労さん」


 ソウヤはしれっと流した。カマルは頷いた。


「今回、国王陛下とお前の会談は、完全なプライベートだ。儀式もなければ、覚えるべき手順も何もない」

「そいつは助かる」


 勇者時代、数回、王との会談を経験しているが、王座の間でのそれは、細かなルールが多くて毎回うんざりしたおぼえがある。


「……それでこの時間なんだな」

「何か言ったか?」

「いや、独り言だ」


 ひと通りの用事を終わらせた後に、会おうということでこの時間なのだろうと、ソウヤは解釈した。


 門を守る兵から軽く武器などの有無を確認された後、城内へ入る。ソウヤはカマルに続く。


 十年ぶりに訪れた王城である。ソウヤはどこか懐かしさをおぼえた。


 城の要所には警備の兵が立っていた。しかし、カマルと一緒にいたから、一度も止められることはなかった。ソウヤがやってくることが事前に通達されていたのだろう。


 やがて、王の執務室に通された。


 天井からぶら下がる豪華なシャンデリアが目に留まる。無数のロウソクが集まって光るさまは、他と比べて明るかった。


「よう、来たな」


 執務机の向こうにいた長身の人物――かつて王子だったアルガンテ王が、ソウヤのもとへ歩み寄る。


 カマルが頭を下げ、ソウヤもそれに倣う。アルガンテは手を向けて制した。


「それ以上はかしこまらなくてもいいぞ。非公式の場である。……ソウヤ、久しぶりだな」

「お久しぶりです、殿下、いえ、陛下」

「よい。貴様にとっては、俺はまだ王子だったのだろう?」


 アルガンテは今年で三十三歳を迎える。あの頃は、二人とも若かった。


「少し老けたか、ソウヤよ」

「陛下は、より貫禄が増しましたね」


 十年も経てば容姿も変わるものだ。元々背が高く、堂々とした若者だった彼も、いまやどこぞの武闘派将軍を思わす、がっちりした体つきになっている。


 王座に座った時の迫力は、先王より上だろう。


「ソウヤよ、また会えて嬉しいぞ」


 アルガンテは、ソウヤに近づくと挨拶代わりのハグをしてきた。


「貴様が魔王を討ってくれたおかげで、世界はしばしの安寧を得た。そしてずっと言いたかったことがある」


 軽い挨拶の後に、王はソウヤの肩に手を置いた。


「世界を救ってくれてありがとう!」


 これだけは直接言いたかった、とアルガンテは言うと、ゆったりソファーをソウヤにすすめ、自身も向かいの席についた。


 従者を呼ぶと、酒を注文する。ソウヤにも「酒はいけるな?」と確認してくる。


「ご相伴にあずかります」


 かつて魔王の軍勢と共に戦った戦友同士である。勇者パーティーとは違うが、お互いに信頼し合った関係だった。


「大まかな話は、カマルから聞いているが、聞かせてくれソウヤ。貴様が目覚めてから、ここ最近までを。行商を始めたって?」


 アルガンテから聞かれ、ソウヤは、ここまでの旅路を語る。


 アイテムボックスを利用して行商をしようと考えたこと。


 冒険者兼業で商売を始めたら、ヒュドラやらダンジョンスタンピードに遭遇したり、王都の裏で暗躍していた暗殺組織同士の争いに介入したり。


「カリュプスのことは惜しいことをした」


 アルガンテは苦い顔をした。


「アレは、公に裁けない悪党を討伐するのに使ってきたからな」

「生き残りの何人かは、うちで働いていますよ」

「暗殺依頼は、そちらに頼めばいいのかな?」

「殺したい相手がいるのですか?」

「ああ、いるね」


 アルガンテは、さらりと言ってのけた。


「魔王軍の残党、その指導者と幹部」


 最初こそ、殺したい相手と聞いてゾッとしたが、魔族と聞いて、彼の内心の憤りを理解した。


 ここ最近、魔族の動きが見え隠れしている。先日も、隣国のグレースランド王国で、国全体を巻き込んだ人間魔獣化計画が進められていて、それをソウヤたちが阻止したのだ。


「あの働きは見事だった」


 アルガンテは賞賛した。


「おかげで、我が国は被害を受けることなく、また友邦国の民の犠牲も最小限に収まったと聞いている」


 グレースランドの話になったので、ソウヤは自分で見てきた王国の様子を教えた。アルガンテも最新の報告を聞くことができて、満足げだった。


「しかし、魔王軍の残党は、何を企んでいるのやら」


 エンネア王国内でも、いくつかの集落が襲われ、犠牲者が出ている。当然、それは王国を警戒させ、アルガンテの機嫌を損ねるに充分だった。


「どうにも、こちらを引っかき回しているふしがあります」


 ソウヤは感じたことをそのまま口にした。


 スタンピード、集落の襲撃……。先のカリュプスの壊滅に、隣国での騒動。さらに上級ドラゴンに対しての攻撃も、明らかに自分たちの敵となる存在の力を削ごうとしているように見えた。


「つまり、本格的な攻撃の前の、破壊工作か……?」


 アルガンテは唸った。


「攻撃かはわかりませんが、何か企んでいるのは間違いないでしょう。人類を弱らせた後、どう出るか……」

「うむ。こちらでも調査はさせているが、なかなか連中も尻尾を出さん」


 王はグラスの中の酒を煽った。


「だが連中のことだ。いずれは新しい魔王でも担ぎ上げて、人類を滅ぼそうと攻めてくるに違いない」


 備えなくてはならない、と言ったアルガンテは、そこで一息をついた。


「話が逸れたかな? ソウヤ、貴様の愉快な旅の続きを聞かせてくれ」

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