第182話、ヴァーアの家族


 ドワーフの町で、機関士ヴァーアの家を見つけるのはさほど難しくなかった。


 ソウヤはロッシュヴァーグから予め地図をもらっていたこともあるが、町のドワーフたちにとって、ヴァーアは、かの魔王討伐に参加したドワーフの有名人だったのだ。


 彼の家を訪ねるソウヤ。この時ばかりは、勇者マニアではなく、勇者――かつての同志として挨拶した。


 ヴァーアの両親がいて、二人はソウヤと、やはり勇者の仲間だったカーシュを歓迎した。なお他にジンが同行している。


 勇者時代の思い出話として、ヴァーアの働きぶりなどをソウヤたちは語る。実のところ、友人というほど付き合いが深かったわけではないが、職務に熱心な努力家だったという印象は残っている。


 話は、やがて三年前の事故に繋がる。


「新型エンジンの爆発事故とか……」

「ええ、魔力噴進式と、ヴァーアは言っていました。大気中の空気と魔力を吸引し、それをエンジン内部の魔石に刻まれた魔法式で燃焼、エネルギーに変えます。それを後方へと噴射することで推進力を得るというやつでして――」


 ヴァーアの父、ダンヴァーは語った。はためには老人顔のドワーフで、年長なのは一目でわかる。しかし体つきはドワーフらしくがっちりしていて、背筋も伸びていた。


「ジェットエンジンみたいなものかな」


 そう評したのは、同席していたジンである。日本からの召喚者である彼は、ヴァーアが実験していたそれが何なのか察したようだった。


 ――ジェットエンジンか……。


 ソウヤは、一般的な飛空艇を思い出す。プロペラを回すタイプのもので、魔力を使っているが構造はレシプロ機関のそれに似ている。


 もし魔力噴射式がジェットエンジンのようなものだとすれば、確かに従来のものより速度が出るだろうし、新型の名にふさわしい代物となったに違いない。


「なるほど。……そのエンジンは?」

「あの事故の時のままです」


 ダンヴァーは目を伏せる。


「部品は回収しましたが、ヴァーアが亡くなった今、修理できるものはいません」

「……」


 カーシュが、居たたまれなくなったように俯く。ジンが口を開いた。


「ヴァーア氏のことは残念でした。我々は、飛空艇を修理する部品を求めて来たのですが……こちらで手に入りますか?」

「ヴァーアの弟が、工房を引き継いでいますから、そちらで注文いただければ、作れますよ」


 聞けば、飛空艇の部品の製造工房をやっているらしい。部品の調達はできそうだった。


「わかりました。そちらを訪ねてみます」


 それからは少々の雑談となった。飛空艇を入手した経緯、飛空艇部品の製造の仕方や部品の相場、ドワーフとの取引についてなどなど。


 合間にドワーフの地元酒を勧められたが……。


 ――辛口だぁー。


 しかもアルコールがかなり強い。ドワーフは酒に強いともっぱらの噂だが、なるほどこれはやばい、とソウヤは思った。


 こんなことならミストも連れてくればよかった。あのドラゴン娘は、酒に相当強い。少々後悔したが、もはや手遅れ。結局、酔っ払ってアイテムボックスハウスに帰宅した。



  ・  ・  ・



 翌日、ライヤーとジンを連れて、ヴァーアの弟――ブルーアのいる工房へと向かった。


 無骨な四角い建物。周りには飛空艇の部品と思われるものが無造作に積み上げられていた。まるでガラクタの山だ。


 事務所を訪ねると、独りの毛むくじゃらドワーフが立ち上がった。


「あ、てめえは、この前の金なし野郎!」


 口髭の間から白い歯が覗く。怒気をぶつけられたのはライヤーだった。


「おい、ライヤー、知り合いか?」


 どうにも不穏な空気だった。

 前回ライヤーがこの町を訪れた時、中古の飛空艇を買う買わないで揉めたと言っていたが、その時いたドワーフのひとりのようだった。ライヤーの顔がとても引きつっている。


「ふん、何しに来やがった? 買う気がない野郎に見せるもんはねえぞ。帰んな!」

「そりゃ困る」


 ソウヤが言えば、そのドワーフはギラリとした目で睨んできた。


「てめぇも、そいつの仲間だな? 出ていけ!」


 とばっちりである。どれだけ騒動を引き起こしたのだろうか、ライヤーは。


「確かに仲間だが――」

「うるさい! ガタガタ抜かすと、叩き潰すぞ!」


 そのドワーフはハンマーを取り出して、構えた。


 ――話を聞いてくれません。


「まあまあ、ドワーフの御仁」


 ジンがすっと割って入った。涼風のように、さらりと。


「お金はある。以前、彼が何をしたかは知らないが、きちんと用があって来た相手を、そう邪険にすることはないと思うがね」


 その声には、人を落ち着かせるような響きがあった。怒りを露わにしていたドワーフも、毒気を抜かれたように、ハンマーを引っ込めた。


「金はあるのか。なら、客なわけだ。すまんな」

「平和的に行こう」


 ジンはドワーフの肩を叩き、奥へと導く。まるで古くからの友人であったかのように。


 とりあえず、大事にならずにソウヤはホッとする。だが同時に、ライヤーを睨む。


「お前、マジで何をやったよ」

「フィーアが話しただろう。中古をどこまで値切れるかチキンレースやってたら、相手を怒らせちまったって話だよ」


 ばつの悪い顔でライヤーは言った。


「騙すとか、そういうことはまったくない。それは信じてくれ」

「ああ、信じるとも」

「……本当に? その顔は、信じてないな?」


 ソウヤは肩をすくめただけで、それ以上は言わなかった。付き合いが浅い分、わからないことだらけ。信用という話になると、まだいまいち断言できない。


「まあ、爺さんがいてくれて助かった。じゃなかったら、ろくに話も聞けずに追い出されていたぜ」


 せっかく飛空艇を修理をするのに必要なパーツ集めに来たのに、それが果たせないのでは何のために来たのかわからない。


 特に機械部品に関しては、ライヤーがいなくては、何を手に入れればいいかさっぱりなのだ。


 因縁があるせいでお断りされるところだったのだから、首の皮一枚で何とか助かったといったところである。


 気を取り直したブルーアに、ジンを介して、飛空艇の部品の発注を行う。飛空艇の機械関係のどの当たりの部品と言えば、さすが職人だけあってどういうものが必要か理解が早かった。


 ストックがある分は、ライヤーがそのまま選んで購入し、ない部品は工房で製作してもらう。


 ソウヤが、かつての勇者だったことをこっそりブルーアに教えれば――


「兄貴が……」


 亡きヴァーアを思い出したか、ブルーアはソウヤに頭を下げた。

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