第178話、釣り餌のごとく


 飛空艇の修理のためのパーツ探しも兼ねて、ドワーフの集落へ向かう――というのが次の銀の翼商会の目的地ではある。


 だが、その前にいくつかやっておかないといけないことがある。


 その一、バッサンの町の商業ギルドと浮遊バイクに関する契約を結ぶ。バイクの試作品とその作り方を魔道具職人に指導する。


 これはジンが担当し、セイジをサポートでつけた。特許とは少し違うがバイクを一台製作するごとに銀の翼商会に一定金額が入るという契約を結んだ後、そのまま指導をやってもらう。


 その二、バッサンの町北街道に出没する盗賊退治。最大勢力であり南街道を狩り場としていた月下の盗賊団ほどの戦力はないが、小さな盗賊団が二、三存在するという話だ。


 これにはカーシュを加えた残りメンバーで対応する。バッサンの町とは今後とも仲良くやっていきたい。そこの領主から正式な依頼とあれば断る理由もない。


「まあ、冒険者ギルドは隊商の護衛で手一杯ってこともある」


 ソウヤは、商業ギルドから借りた馬車に乗っていた。


「とても討伐まで手が回らないから、オレらに任されたんだろうな」


 荷物を満載し、よたよたと走る馬車。銀の翼商会こと白銀の翼が月下の盗賊団を潰したという噂を聞いて、浮遊バイクを見て出てこないと困るので、商人を装っての移動である。


 別件のジンとセイジはともかく、ライヤーとフィーアも飛空艇のメンテ作業のためここにはいない。部品はなくても掃除はできるのだ。


 いかにもお嬢さんな黒ドレス姿のミストが御者台から笑った。


「囮に食いつくかしら?」

「来てくれるといいなぁ」


 ソウヤは荷台の荷物――麻袋の山に寝転がった。ちなみに中身は土である。同じく荷台に乗っているソフィアは空を見上げている。


「どうだ、ソフィア?」

「うーん、今のところは見えないかな」


 先日、ジンから教わった使い魔を使った偵察を実地演習も兼ねて飛ばしている。今回ジンがいないので、偵察能力でソフィアが果たす役割は大きい。


「ま、ワタシがいるから安心して探しなさいな」


 ミストが振り返る。霧竜の気配察知があれば周囲に潜む生き物や敵性存在を探れる。少なくとも奇襲されにくい。


 これに目視による監視も加えれば、三つの索敵方法が同時進行しているのである。どれかが、敵がいればその姿を捉えるはずだ。


「それにしても……似合わないわね、ソウヤ」

「放っとけ」


 ソウヤはご機嫌斜め。彼ほど商人の格好が似合わない男はそうはいない。この商人グループのリーダーらしく服をまとめたのだが、ソウヤの野性的な顔や仕草が、ミスマッチ過ぎてミストは笑いをこらえていた。


 御者台で馬を操るガルは無言。徒歩でカーシュが雇われた護衛らしく振る舞っている。ガルは元々軽装だが、カーシュもまたレザーアーマーに、ショートソード、バックラーの初級軽戦士の格好をしていた。


 あまり護衛が強そうだと、やはり盗賊は出にくいのだ。何せ盗賊の半分くらいは、ろくに戦う術を知らない素人。徒党を組んで数で押しつつ、脅して相手を降伏させる手口を使う。


 中には元騎士や兵士で多少の心得がある者もいるのだが、それらよりも圧倒的に一般人が多いのだ。職がなく、あるいは借金や圧政から逃げて、生きていくために盗賊などに身を落とした者たちなのである。


 ――だからと言って泥棒や殺人は見逃すわけにはいかないな……。


 生きるためとはいえ何をやっても許されるわけではない。降伏した商人や旅人に暴行したり殺したりと、犯罪に走る盗賊たちは容赦がないのだ。


「あ……」


 ミストが視線を転じた。


「いるわね、複数。待ち伏せしてるみたい」


 少し進んだところに岩がゴロゴロしているのが見えてきた。街道に近く、そこに潜んでいるようだ。ドラゴンの気配察知様々である。


「数はわかるか?」

「十人くらいかしら」

「ソフィア」

「上から見てみる」


 使い魔を操っていたソフィアが、そちらへ動かした。


 その間にソウヤは一同に指示を出す。


「全員、武器を用意。ただしこちらが気づいていることを悟られないようにな」


 馬車が大きな岩石の多い場所に差し掛かる。いるとわかっているのに素知らぬフリをするというのも落ち着かないものだった。


 今か今かと待っていたら、ようやく武装した男たちが岩陰から飛び出してきた。あっという間に馬車は包囲された。


 ソウヤは荷車の上に立ち上がった。


「何者だ!?」


 一応、誰何はしておく。十中八九、盗賊だろうが、何か別の目的の集団だと面倒だからだ。


 いかにも使い古しのレザーアーマーに手斧、槍などで武装した、少々小汚い連中。見た目だけなら山賊とか盗賊と思うだろう。


「名乗る必要があるのかよ!」


 ゲヘヘ、と男たちは挑発じみた笑い声をあげる。


「見てわかるだろう? 盗賊だ。金目のもんを置いていきな。そうしたら命は助けてやるよ」

「そっくりそのままお返ししてやろう。武器を捨てたら命は助けてやろう」


 ソウヤは言い返した。盗賊確定。彼らの運命は死ぬか捕まるかの二択しかない。


「へっ、商人風情がおれらに勝てるかよ! ぶっ殺す!」

「ようし、お前ら返り討ちにしてやれ! 命乞いをした奴は助けてやれよ!」


 双方が動いた。だが御者台のミストとガルが他の誰よりも速かった。左右にそれぞれ飛び出す。カーシュも護衛らしく剣を素早く抜き放ち、挑んできた盗賊ひとりを一閃のもとに切り捨てた。


 ソフィアが電撃の魔法を使い、まとめて三人を打ち倒す。ソウヤも斬鉄を取ったが……。


 ――あ、なんかもう終わりそう。


 十人程度では時間もかからなかった。


 ミストが左、ガルが右、カーシュが後方の盗賊を返り討ちにする。熟練の戦士たちの前では村人に毛が生えた程度の能力しかない盗賊では相手にならなかった。


 ――人数が増えると楽ができるんだな……。


「ガル!」


 暗殺者が受け持っていた盗賊のひとりが逃げた。


「……」


 ガルが視線を向けてきたので、ソウヤは『追うな』の意味を込めて首を横に振った。彼にかかれば瞬殺だろうが、別の使い道がある。


「ソフィア、逃げた奴を追跡させろ。アジトまで案内してもらおう」

「わかったわ。あ、ちなみにわたしが倒した奴、麻痺魔法だから捕まえるなら、任せるわ」


 美少女魔術師――見習いが鳥型使い魔で、盗賊を追いかける。


 ソウヤは馬車から飛び降りて、麻痺っている盗賊らをアイテムボックスに収容する。


 ――ソフィアも器用なことができるようになったんだな……。


 前衛組が勢い余って全滅させた時の保険だったかもしれない。ともあれ捕虜を確保。ソウヤは仲間たちに怪我がないか聞く。確認するまでもなく、前衛三人は無傷だった。


 後は逃げた盗賊の行方か。ただ向かってきた敵を倒すだけではなく、その拠点も見つけて叩き潰す。


 根は抜かないと、また草が生えるのだ。

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