第176話、生命の水


「よっしゃ、それを売ったら大金持ちだ!」


 ライヤーが声を弾ませた。


 だがソウヤは、信じられないという顔になる。


「え?」

「え……?」


 その反応が意外だったらしく、ライヤーもピタリと止まった。


「売るんじゃねえの? 若返りの薬と生命の水」

「売らねえよ!」


 ソウヤは大声を発していた。ジンとライヤーは、普段のソウヤとはどこか違う反応に顔を見合わせる。


 ――そういえば、ライヤーには話してなかったな。


 ソウヤは、自分のアイテムボックスに収容している、かつての仲間たちのことを話した。瀕死の重傷だったり、石化だったりと、普通の治療では明らかに処置が間に合わなかったり回復不能な者たちがいること。それらを助けるために行商をやっていることを。


「そうだったのか……」


 ライヤーは沈痛な表情になる。


「そりゃ、売れねえわな。……でも、よかったじゃねえか。生命の水のほうで、そのお仲間を助けられる」

「そうだな。そうだ」


 コクコクとソウヤは首肯した。やはり、助けられる治癒方法を得たのは、とても嬉しかった。


「それで、ソウヤが助けたいってお仲間は何人いるんだ?」


 ライヤーは問うた。ソウヤはまたばきをする。


「六人だ。ひとりは石化、後の五人は瀕死」


 他にガルの仲間である獣人の呪いをかけられている者たちがいるが、今回は関係ないだろう。


「じゃあ、生命の水は瀕死の奴らだな。ジイさん、そいつで二、三人を助けられるか?」

「残念ながら、瀕死となるとひとり分でギリギリだろうな。軽傷だったなら、あるいは複数人を助けられたかもしれないが……」


 ジンの答えに、ソウヤは眉を曲げる。


「ひとりか……」

「なあ、ジイさん。その薬って、素材が何か調べて、作ることできねえかな? あんた、鑑定魔法が使えるんだろ?」

「確かに、素材に何を使っているのかは、鑑定魔法でわかるよ」


 老魔術師は鷹揚に頷いた。


「大体の素材は集められるが、どうにも心当たりのないものがあってね……」

「それはどんな素材だ?」

「クレイルの草、という。……君たちは知っているかね?」

「知らないな」


 ソウヤは首を横に振る。ライヤーは額に手を当てた。


「あー、クレイルかー」

「知っているのか?」

「まあ、文献でな。浮遊島に存在した植物ってんで、名前だけは、ちょくちょく見かけた。ただ、おれも本物は見たことがない」


 そもそも、とライヤーは息をついた。


「地上じゃ生えないらしいから、幻の草なんて言われてる」

「それって入手不可能ってことか?」

「いまもどこかに浮遊島が浮いてりゃ、あるかもな」


 ライヤーは上を指さした。


 それはつまり、今も浮いているかもわからない浮遊島を探さないといけないということか。


 ――飛空艇を修理しないとな。


 仮に空を飛べるようになっても、何の手がかりもなしに探すのは困難ではある。


「他の治癒薬を探して見つけるのと、どっちが早く見つかるかな?」

「さあ、何とも言えないな」


 ジンが目を伏せれば、ライヤーも首肯した。


「まあ、クレイマンの遺跡でもありゃあ、見つかるかもしれねえな。同じ天空人の遺跡から出てきたんだから」


 手掛かりがあれば、だが。結局、そこに突き当たる。


「今後どうするかは、また後で考えるとして……爺さん、問題なければ、さっそくひとり治療してやりたいんだが」

「構わないよ。……今やるかね?」

「ああ」


 ソウヤはアイテムボックスのリストを可視化する。特に重要とカテゴライズされた欄には、復活予定の仲間たちの名前が五つつ。


 石化を解かねばならない聖女は除外。残り五人のうち、ソウヤが選んだのは――


 カーシュ・ガラディン。


 聖騎士カーシュ。王国でも将来を嘱望された若き聖騎士だ。


 前衛の盾として勇者パーティーに加わり、その役目をよく果たした。


 だが彼も魔王討伐の旅の途中、致命傷を受けた。治癒魔法では回復が間に合わないほどの傷に、やむなくアイテムボックスに収容した。


『僕は一番最後でいい……。復活させる時は、他の者たちを先に――』


 彼はそう言い残して、時間経過無視の空間の住人となった。


「カーシュ。悪い、最後じゃないが、お前を助けるぜ」

「決まったのか、旦那?」


 ライヤーが聞いた。


「どんな奴だ?」

「カーシュ・ガラディン。二十……二か三。顔は中の上、突き抜けたイケメンじゃないが、働く姿が格好いいって思われるタイプだな」

「へえ、男かい」


 ライヤーは皮肉げに言った。


「で、そのカーシュの職業は?」

「聖騎士だ。いや、それは称号か? ポレリア王国の騎士だ」

「へえ、騎士様かぁ。頭の固いタイプ?」

「真面目だよ。ただ周囲を見下すようなことはしなかったな」

「そいつはよかった」


 ライヤーは、ジンと顔を見合わせた。


「おれは騎士ってのと、あまりいい関係になれたことがなくてな」

「鼻持ちならないタイプが多いからな」


 そう言ったのはジンだった。


「国の権威を振りかざして、悪さをする者もいる」

「カーシュは、そういう奴じゃないから安心しろ」


 ソウヤは苦笑しつつ、天空人の遺産である『生命の水』を、アイテムボックスから出したカーシュに素早く使用した。


 かくて、聖騎士カーシュは死の淵より生還した。

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