第104話、せっかく来てくれたので……
暗殺組織ウェヌスの壊滅。目標として言う分には簡単だが、実際にそれを達成するのは中々に困難と思われた。
敵の所在、アジトなどを割り出す必要がある。ガル曰く、カリュプスでは、ウェヌスが使っていると思われる隠れ家を幾つか割り出して、うち何件かは報復したらしい。
もっとも、それ以上の反撃を受けて、結局カリュプスは壊滅したようだが。
夜になると獣化する呪いを受けたガルを追って、ウェヌスは刺客を送り込んでいる。これまではガルが返り討ちにしているが、連中も相当しつこい。
エイブルの町にも、まだ複数、ウェヌスの刺客がいる。
「まずは、そいつらから黙らせるか」
ソウヤは、刺客を誘き出すことにした。ガルには囮として行動してもらい、さっそくやってきたウェヌスの刺客と戦ってもらった。
路地裏、星明かりのみと光源が乏しい中、黒い外套、あるいは仮面、はたまた傭兵風と衣装はバラバラなウェヌスの構成員が五人。ガルを取り囲むように現れる。
「ケトゥを始末したようだが……どうやらテメェも傷を負ったようだな、負け犬め」
獣人化しているガルは、その腹部を押さえている。あたかも出血を止めようとするかの如く。
「テメェの首は、オレらでいただく! ブルハ様への手土産だ!」
フードを被った戦士風構成員が、ダガーを抜いた。
ガルは近くにあった一メートル四方の木箱の裏へと回り込む。ウェヌスの構成員たちは一気に距離を詰めた。
複数同時による攻撃で、油断なくトドメを刺そうというのだ。いかにガルでも、複数を同時に相手にするのは困難……かに思えた。
彼が壁に使った木箱が突然、開いて、中から人が飛び出てくるまでは。
「はい、お疲れさん」
ソウヤが右手の敵、仮面の男を、その仮面ごと砕く鉄拳を見舞い、流れるようにアイテムボックスへ転送。さらにもうひとりの構成員が、飛び退くのをジャンプ一番、体当たりをぶちかまして、路地の壁へと叩きつける。
一方、左側の敵へはミストが襲いかかった。彼女の振るった腕は、ひとりの体をバラバラに切断。残るひとりに見えない彼女の尻尾――ドラゴンテイルを叩き込んだ。
リーダー格だったフードの男は、箱を飛び越えたために、ソウヤとミストに奇襲を受けずに済んだ。だが、そこにガルが待ち構えていて、その両腕で首を掴まれた。
構成員五人の無力化、成功。
ソウヤが担当した敵は、ひとりが時間経過無視のアイテムボックスの中、もうひとりは気を失っている。
「ミスト、そっちは?」
「うーん、どうも殺しちゃったみたい。ごめんね」
可愛い子ぶっても、さすがはドラゴン。その剛腕を叩き込まれて無事で済むはずがない。
「ガル?」
「オマエラのアジトはどこだ?」
ギリギリと捕獲した構成員の首を締め上げる獣人。もうすでに尋問を始めたようだ。
――いや、そんな力入れたら、首がポッキリいっちゃいそうなんだけど……。
「だ――だれ、が――テメ――」
呼吸ができないのか、フードの構成員は苦しげだ。体が大きくなった獣人姿のガルがその手を高々と上げているので、男は足が地面についていない。
「早く話したほうが楽になれるぞー」
ソウヤは気のない口調で言った。
「こっちはあと二人いるから、お前がくたばっても代わりはいるぜ?」
・ ・ ・
構成員の『最後』のひとりが、自供したところによると、エイブルの町には、拠点はなく、宿に泊まって、今回のカリュプス残党の狩りをやっていたらしい。
その足で、ソウヤは、ウェヌスの構成員が利用していた宿に向かう。宿の店主が目を丸くした。
「こりゃ、銀の翼商会のダンナ」
「夜遅くすまんね。今回は冒険者としてきた」
ソウヤは、ウェヌスの構成員が宿泊していた部屋を開けてもらうよう頼んだ。
「先日、冒険者ギルドで爆発事件があったんだがね。その犯人の荷物がまだ部屋にあると思うから、回収しにきた」
暗殺組織の、という部分は伏せた。困惑する店主に、ソウヤは重ねて言う。
「何なら、そいつらの死体を見るかい? もうここには戻ってこないし、部屋代払われないのに、いつまでもそのままにしてはおけんでしょう?」
どうせ荷物は処理しなくてはいけないのだから。
別に脅したわけではない。ただマジ顔で言っただけだったが、店主はソウヤの言うとおりに彼らが泊まっていた部屋を開けてくれた。
ソウヤは、構成員らの持ち物をすべてアイテムボックスに収納。
「邪魔したね」
宿の店主に礼を言い、宿を後にした。ウェヌスの刺客が、何か手がかりになるようなものを持っていればいいのだが、検分は家に帰ってからだ。
アイテムボックスハウスに戻ると、ソウヤ以外の面々は晩ご飯を食べ終わっていた。
獣人姿のままのガルが、ソウヤに頭を下げた。
「この姿で、まともな食事を摂れるとは思わなかった。とても美味かった」
夜になると獣人化してしまう呪い。それのせいで、夜はまともな店に近づくこともできなかっただろう。夜に保存食とか、隠れて食べているとか想像すると、哀愁漂う。
「それはよかった」
「とくに焼いた肉にかけたソースなるものが、この世のものとは思えないほど最高だった」
「ステーキタレな」
間違いではないが、ソウヤの中では、ステーキタレや醤油をソースと呼称されると困ってしまう。
「そういえば、最後の捕虜は?」
「……死んだ」
ポツリとガルが一言。相変わらず獣顔なので、表情についてはいまいち自信がないが、実に淡々とした物言いだった。
尋問に耐えられなかったか、自殺だったのか――ソウヤは深く追求しなかった。もう死んでしまったのならしょうがない。こういうところは、割とドライなソウヤである。
「で、オレがいない間に何か新情報はあるかい?」
「王都にドゥエーリという高級酒場があるが、そこの地下にアジトがあるらしい」
そこでガルの目が光った。
「カリュプス壊滅の指揮をとるブルハという女も、そこにいる」
「ブルハ?」
「ウェヌスの幹部だ。ここ最近台頭してきた魔術師で、リーダーの片腕的存在らしい。……そして俺や仲間たちに呪いをかけた奴でもある」
――この目は殺意か。
ガルの目に宿るものの正体を感じ取るソウヤ。
「オーケー、明日、ドゥエーリとやらに乗り込んで、そのブルハって奴にお礼参りと行こうぜ」
正直言えば、カリュプスとウェヌスの抗争などどうでもいいのだが、冒険者ギルドの仲間――カエデや巻き添えを食らった冒険者たちのお礼はしないといけない。
この時、ソウヤの顔を見たガルが、のちに回想した表現によれば――
『もし地獄に門番がいるなら、おそらく彼のような顔をしているのだろう』
彼には、ソウヤが浮かべた不敵な笑みが、金棒をかついで待ち構える鬼のように映ったのだった。
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