第101話、実戦で使おう

「ダンジョンに行くわよ!」


 ミストは元気だった。


 魔物素材の獲得のため、定期的にダンジョンへ入る銀の翼商会。だからソウヤも、別段どうこう言うつもりもないが、今回ミストのテンションが高めな理由はひとつ。


 ソフィアを初実戦に参加させるからだ。


「ダンジョン……」


 ゴクリと唾を飲み込む女魔術師。緊張を隠せないようだ。ミストは快活だった。


「魔法カードを使った実戦よ。こういう時のために訓練しているんだからね。いざという時に使えないんじゃ意味ないわよ!」


 師匠らしいことをのたまうミストをよそに、セイジがソウヤに声をかけた。


「準備できました。今日はどこまで潜ります?」

「もち、前回見つけたレアゾーンは行くぞ」


 ちなみに公式用語ではなく、ソウヤが適当に言っているレアゾーンは、ダンジョンに時々現れる不思議空間のことである。


 ダンジョンというのは、それまであった道がなくなったり、あるいは新しい道が現れたりする不思議な場所だ。ゆえに、地図が役に立たない、と言われることもあるのだが、その中でも、普段はないのに突然出現することがあるのが、レアゾーンである。


 この見慣れないルートは、希少なモンスター種が現れたり、滅多に採集できない素材が回収できたりする。


 前回、魔物素材の仕入れでエイブルの町ダンジョンに潜ったソウヤたちは、そのレアゾーンに遭遇して探索した。そこで手に入れたのが、治癒の聖石という超貴重アイテムであり、戦友ランドールを救うことができたのだ。


「まだアイテムボックス内にいる治療待ちを、早く出してやりてぇからな……!」


 それがソウヤが行商をやっている目的のひとつでもある。商品開発や商売ルート開拓で資金を貯めつつ、かつての仲間の復活のため活動するのだ。


 セイジが、かすかに表情を曇らせた。


「今回もレアゾーンが開いているといいですね……」

「こればっかりは行ってみないことにはな」


 いつでも開いているとは限らず、また場所も変わることもある。運が悪いと、一生見つけることができないこともあるという。


 冒険者ギルドでも、時々レアゾーンの話題が出ることもある。だが、誰もが確実に見つけるわけではなく、また見つけた者も、あまり周囲に漏らさないこともあるので、いまいち信じていない者も少なからずいる。


「……ところで、ソウヤさん。ギルドはどうでした? 昨日、爆発事件があった」

「平常通りやっていたよ。フロアで爆発と言っても、少し壁と床を焦がした程度だったからな」

「そうですか。それで犯人に関して新しい情報は?」

「今のところはさっぱりだってさ」


 ソウヤは肩をすくめる。セイジは続けた。


「尾行者の件はどうです?」

「昨日だけだったな。今日は何もなし」

「気のせいだった、ということですかね?」

「だといいんだけどな」


 爆発事件とかあって、少々神経質になっているだけかもしれない。


 それはさておき、ソウヤたち四人は、ダンジョンへ入った。基本的に出てきたモンスターは撃破。ただし、逃げるやつは追わない。


 しばらくダンジョンを進んでいると、闇の中から不定形のそれが出てきた。


「さあ、ソフィア。魔法カードの餌がやってきたわ!」


 ミストがビシッと、不定形の魔物――スライムを指さした。


「魔法がもっとも効果のある雑魚よ! 仮にしくじっても、セイジがフォローするから、ドンドン失敗してもいいわ!」

「えぇ、僕ですか……?」


 セイジが微妙な顔になる一方、ソフィアは前に出た。


「フン、師匠のカードがあれば、セイジのフォローはいらないわよ!」


 強気発言が出た。早く実戦で使いたくてウズウズしているのが声でわかる。


 ――ま、やる気があるのは、いいことだよな。


 ソウヤは勇者時代、色々な人を見てきたが、モンスターを前に尻込みしたり、パニックに陥るのを何人も見てきた。もっとも、モンスターを怖がっても、それが普通なのだから責めることはしなかったが。


「いっけぇ! サンダーボルトっ!!」


 ソフィアの手から魔法カード一枚が浮かび上がり、次の瞬間、稲妻を思わす電撃と化した。哀れスライムは体を貫かれ、その身を四散させた。電撃で焼けて、バラバラに飛んだ部位も空中で燃え尽きる。


「やったっ!!」


 ――オーバーキルだなぁ。


 これでもかなり威力は落としたはずだ。生温かな目で見守るソウヤ。腕を組んだミストが口を開いた。


「……何故、雷を使ったの?」

「え? 何かマズかった……?」


 ソフィアはキョトンとする。予想外の問いだったのかもしれない。ミストは繰り返した。


「何故、雷の魔法を使ったのか聞いたの」

「えっと……雷は速いから、確実に当たると思って……」


 何かやらかしたのかと、ソフィアは不安が顔に出る。ミストは頷いた。


「考えてやったのならいいわ。その魔法カードだって無限にあるわけじゃないからね。ただ使うだけでなく、常に最適解を考えなさい」


 ――意外にきちんと師匠やってるんだな。


 ソウヤは、少しミストを見直した。人に教える方面も、そつなくこせることに。


 そんな美少女師匠の意見に、ソフィアは眉をひそめ、ちら、とセイジを見た。


「ちなみに参考までに聞くけど、あんたならあの場合、何の魔法を使った?」

「僕なら、火の玉とか炎かな……」


 セイジは答えた。


「あのスライムは、火に弱いから」

「……スライムは火に弱い、ね……ふむ」


 ソフィアは考え深げに呟いた。こちらも案外素直に聞き入れたことに、ソウヤは少し驚いた。


 てっきり、強気お嬢様特有のツンデレっぽいのが発動するかと思ったのだが、そんなこともなかった。


「初撃破おめでとう」


 ソウヤは、ソフィアを褒めると、先へと進む。まだまだ先は長いのだ。



  ・  ・  ・



 ダンジョン攻略は順調だった。いつもの如くモンスターを倒し、魔物肉用の素材を片っ端からアイテムボックスに収納。ダンジョンに自生しているキノコや薬草、または毒草を回収する。


 一方で、ソフィアとセイジの魔法カードを使った実戦も行った。


 初ダンジョンなソフィアだが、前衛にはソウヤとミストがいて、敵が襲ってこない後方からの魔法攻撃に終始した。


 セイジもまた、援護役で魔法カードを使ったが、こちらもまた快調だった。彼はこの辺りのモンスターの特徴や弱点に精通していたから、その行動はソフィアにとってもよい手本になった。


 さて、肝心のレアゾーンであるが、ソウヤたちが到着した時、そこに開いていたはずの入り口は単なる壁となっていた。つまり、今回はハズレだ。


「無駄足だったわね」


 ため息をつくミストだが、ソウヤは否定する。


「いいや。いつも通り仕入れはできたし、魔法カードのテストはできた。文句はないさ」


 新人たちの経験を稼いだところで、ソウヤたちはダンジョンから撤収を図った。


 ダンジョンから出たところで、ソウヤたちは思いがけないモノと遭遇することになる。

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