第77話、ヒュドラ肉に新しいステーキタレをかけてみた


 ついステーキタレに醤油を加える話をしたために、ソウヤは新たなステーキタレを作らされることになった。


 タルボットの醤油蔵から醤油をもらって、本格的なステーキタレ作りをする。その片手間に、ソウヤはタルボットとの話を続けた。


「親父さんと話した感じだと、お前の醤油作りを潰すとか、そういうことはしないと思う。ただ、コショウが幅を利かせている現状、醤油が香辛料の販売の邪魔をすると思われると困る」

「大豆がこなくなると、途端にお手上げですからね」

「そこで、だ。醤油だけでなくて、ステーキタレなるソースも王都方面で、密かに流行の兆が見え始めていることを、ほのめかしておいた」

「ソウヤさんのステーキタレですか?」

「肉料理に合うって、結構、注文がある」


 そして肉料理といえば、この世界ではコショウの需要が大きい。肉の臭みを消すのに用いられる上に、ピリリとした刺激がスパイスとなる。保存効果がある、という説があるが、普通に塩漬けにしたほうがいいという話もあり、その点は微妙だ。


「ともあれ、万が一、醤油作りを潰すようなことをされても、ステーキタレの進出は止められないから、コショウ派にとってはあまり効果がない。むしろタレに対抗するために醤油を利用したほうがいい……って具合にな」

「そうですか。つまり、目に見えて妨害されるような可能性は低い、と。それはよい知らせです」


 タルボットは頷いたが、拍子抜けしたのか、要領を得ない顔になった。


「どうした? 何か、気になることでも?」

「いえ……。悪い話はなかったように思うんですが、その割に、ソウヤさんが浮かない顔をしているように見えたので」


 その指摘には、ソウヤは驚いた。


「……顔に出てたか? 参ったな」


 思わず苦笑してしまう。


「いやなに、醤油とは直接関係がない話だ。オレら銀の翼商会のあり方についてかな」

「何かあったんですか?」

「うん、まあ、聞かれたから言うけどさ……」


 ソウヤは、ステーキタレに醤油を混ぜたものを瓶に移す。ついでにバリエーションを出すため、ワインを少量加えたものも作る。


「オレら銀の翼商会ってのは、普通の行商と比べても滅茶苦茶早く移動できるんだ」


 主に浮遊バイクのおかげで、数日かかる道中もコメット号なら一日で行ける。


「つまり、スピードが売りなんだが、一方で拠点がないんだわ」


 これには、家をアイテムボックス内に作ってしまったことも影響している。


「だからオレらを指名しようって依頼があっても、すぐに頼めないところもある」


 直接依頼するには、ソウヤたちがその場を訪れた時ではないと出来ない。それが現状だ。


「タルボット商会で親父さんに言われたわけだ。依頼したい時はどこに伝えればいいのか、ってさ」


 この問いに即答できなかったことが、ソウヤにとっては痛恨だった。


 数日で一周するように周回しているが、急な依頼があった時、銀の翼商会がどこにいるかわからないので頼めない、ということもあるということだ。


 タルボットは首を捻った。


「……それでも充分早いですし、銀の翼商会のメインは行商なんですよね? やってきた時に仕事とか依頼が普通だと思いますから、いない時で、そこまで求める人もいないのではないでしょうか」

「そりゃ、普通の行商ならな」


 だが、ソウヤたちは冒険者でもあり、行商以外にも色々できるとアピールをしている手前、そのあたりも大事にしていきたいと思うのだ。


 たとえば輸送業とか。アイテムボックスと浮遊バイクという利点があるのだから、速度と量を活かせる仕事だと思う。


 今後それらをやっていくとしたら、やはり速度を売りにする以上、素早く受注、そして迅速輸送といきたいわけだ。


 それだけで、他の輸送業に真似できない、希少かつ有用なポジションを確保できる。


「新しい輸送の形……!」


 驚くタルボット。ただ、ソウヤからすれば、元の世界の現代ではそれが普通ではあるわけだが。


「今すぐどうこうではないにしろ、オレたちへの依頼を迅速に受けられる仕組みってのは作っておきたい。いずれはぶつかる問題なんだからさ」


 ソウヤは言いながら、携帯コンロほか、いつもの野外調理キットを出す。醤油蔵に隣接するタルボットの家には、調理スペースもあるのだが、火を起こすのに時間がかかる。


 すでに食べる気満々のミストが、それを待てるとは思えない。


 アイテムボックスで保存していた、ステーキ用に切り分けた分厚い肉を取り出し、さっそく豪快に焼き上げる。


「……ミスト、よだれよだれ」


 美少女がするものじゃない、とソウヤは指摘するが、当のミストの目はお肉に注がれている。


「あぁ、はやく、はやくぅ~」


 体をくねらせながら、ミストが甘い声を出す。理性より欲が勝っているご様子。期待のボルテージがうなぎ登り。

 タルボットは、しげしげと、ソウヤの調理の手並みに釘付けになる。


「ソウヤさんって勇者ですよね……?」

「元勇者な。今は商人だよ」

「商人って、料理できるんですね」

「おいおい、それは別に商人とか勇者は関係なくね?」


 冒険者だって、野宿もすれば自炊もする。得意不得意はあっても、職業関係なく料理はするだろう。


「ちなみに、この肉は……?」

「ヒュドラ肉」

「ええっ!? ひゅ、ヒュドラの肉ですかぁっ!?」


 タルボットが狼狽えた。


「そんな! ただでさえ、一生に一度お目にかかるかもわからない超貴重素材を、ま、まさかステーキにですってぇー!?」

「驚き過ぎだよ。……気持ちはわからなくはないが」


 ベヒーモス・ステーキは割と食べてると言ったら腰を抜かすんじゃないか、とソウヤは思った。


 ただタルボットの言うとおり、ベヒーモスはもちろん、ヒュドラの肉を食べるなんて、一般人の一生のうちに一回もないだろうことは想像できた。


「安心しろ。お前の分もちゃんと作るから」

「えっ、僕のもですか!? いやいや、いいんですかっ?」

「タルボット、お前は醤油を作り上げた。言い出しっぺはオレだから、ここまでやってくれたお前の苦労を考えると、申し訳なくってなぁ。お礼をしないといけない。ありがとうな、タルボット」


 まず 一枚目のステーキが出来上がる。最初は新しいタレを味わいたいと待っているミストにご馳走である。


 醤油をブレンドした特製ステーキタレを、焦げ目がついて脂分が弾けている肉厚ステーキにかける。焼けた肉と香ばしい醤油の香りが合わさり、食欲をかき立てる。


 これは――


「美味よ! 食べる前から美味しいってわかる匂いだわっ!」


 ミストが食べる前から喝采を送った。自分でも思っていたことを先に言われて、ソウヤも苦笑する。


 ――こりゃ、オレも早く食べたい!

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