第75話、タルボット商会に行ってみた


 翌日、タルボット商会本店……ではなく、その管轄である、地元民向けの販売店のほうへ、ソウヤたちは足を運んだ。


 海の近くにあるお洒落な雑貨店である。店内には、いかにもな身なりの紳士淑女が少なからずいた。冒険者ルックなソウヤたちは、ちょっと場違い感がある。


 清潔で明るい店内には、海外のものと思われる小物や土産が並んでいる。陶器の皿とか壺、動物を象った彫刻、上等な織物などなど。お値段は輸入物のせいか、若干お高め。


 物珍しそうに見て回るセイジ。ミストは、先ほどから東洋の竜を彫った木製の置物と睨めっこしている。


「ようこそ、タルボット商会へ」


 そう声をかけてきたのは、白髪雑じりの髪の初老の紳士。店員、いや店長だろうか。温厚そうな表情で、ソウヤに歩み寄る。


「何かお探しですかな? よろしければお手伝いしましょうか?」

「お構いなく……あぁ、失礼、お願いします」


 一度断りかけて、ソウヤは言い直した。そこそこの立場の人らしき人物が接客してくれたのに、断っては来た意味がない。


「海外の物の知識があまりないので、よければ色々教えてくれると助かります」

「……かしこまりました。ご案内いたしましょう」


 紳士はニコリと微笑んだ。彼の導きで、ソウヤは商品を見ながら店の奥の方へと歩を進める。


「やはり、ここに並んでいる商品は、売れるものなんでしょうね」

「と、言いますと?」

「海外から輸送にはコストがかかりますよね? 海には化け物もいますし、命がけだ。そういうのを勘案しても、お金になると確信できないと仕入れられないでしょう?」

「そうですね。ですが、海外と一言、言いましても千差万別でございます」


 紳士は穏やかな口調を崩さない。


「すでに売れるとわかっているものはともかく、商人は時に経験と勘を頼りに仕入れることもあります。世の中、何が売れるか、案外わからないものです」

「わかります。売ろうと思ったものが売れず、考えていなかったものが売れてしまうこともありますね」

「左様で。……失礼ですが、お客様は、商人関係の方でしょうか?」

「名乗りが遅れました。銀の翼商会のソウヤと言います」


 ソウヤが会釈すると、紳士は「ほう」と感心した声を出した。」


「銀の翼商会と言えば、最近ヒュドラを退治したという……お噂はかねがね」

「ご存じでしたか。お恥ずかしい」


 謙遜である。冒険者な格好をしていて、商人には見えないだろうが。


「それでは、ヒュドラの素材などをお持ちで?」

「ええ、ありますよ。現地の冒険者ギルドに売った分もありますが、それなりの量は。……ひょっとして、海外でも売れますかね?」

「もちろんです。希少な魔物、それもドラゴンやそれに類する魔物の素材は、海外でも取り引きされています」


 紳士いわく、コレクターのほか、東洋では薬の材料などに使うらしい。……ミストドラゴンの特殊ポーション素材で、そのあたり理解できるソウヤである。


「もし、銀の翼商会さんでよろしければ、タルボット商会と取り引きいたしませんか?」

「願ってもないことです」


 タルボットと話し合った通りの展開になってきた。ただ、ヒュドラ素材のことを出すことになるとは思わなかったが。


「では、本店のほうで詳しく――」

「ああ、すみません。できれば、一通り商品を見てからでもよろしいでしょうか? うちの商会は行商をやっているのですが、品揃えについて考えていまして――」


 ソウヤは営業スマイル。


「タルボット商会さんの一押しの品とかありましたら、ぜひに」

「痛みいります。事を急いてしまいました、ご容赦ください」


 紳士は一礼する。


「申し遅れました。グレイグです。よろしくお願いいたします」



  ・  ・  ・



 グレイグ氏の案内で、ソウヤは販売店の品を見せてもらった。


 タルボット商会では、外国から香辛料、金属、織物などの布、工芸品などを主力として仕入れているのだそうだ。


 バロールの町に来る商人たちが、タルボット商会が輸入した品を買い、それを各地に売りさばいているという。


「陸路は、海上輸送と比べて運べる量の効率がよくないですからね。人や馬の食料、護衛その他、遠方だとさらに時間とコストがかかります」

「そちらは買い付けにきた商人たちに任せることで、タルボット商会は経費を抑えている、と」

「そうなりますね。……まあ、こういう話を面と向かって行商をされている銀の翼商会さんに言ってしまうのは、失礼な話かもしれませんが」

「海上輸送だって、タダじゃありませんからね。全部の面倒までは見れませんよ」

「そう言っていただけると助かります」


 グレイグ氏は頷いた。ソウヤは首を捻る。


「となると、タルボット商会さん自体は、陸路での輸送はされないのですか?」

「基本はそうですね。例外はございますが」

「例外ですか……?」

「はい。上客――たとえば、王族や貴族からの直接注文ですと、商会の者が届けにいきます。金に糸目をつけないお客様専用ですね」

「なるほど。下手に任せて事故でもあったら困りますからね」


 王族や貴族の依頼なんて、失敗したら会社が潰されてしまうような大仕事だ。安全を考えて、人任せにしないのもわかる話だ。


「そういうことなら、うちの銀の翼商会は運び屋もやってるんで、何かあれば呼んでください」


 足の速さと安全が売り。陸路での輸送スピードは断然早く、また元勇者とドラゴンがいるので、上級ランクのモンスターが出ようが蹴散らせる。


「ヒュドラ退治の冒険者、でしたね。護衛依頼なども?」

「冒険者がやることなら、大体やれますよ」

「頼もしいですね。その節がありましたら、ぜひに」


 社交辞令のようなやりとりを交わすグレイグとソウヤ。


 さて、販売店の商品を見せてもらったが、今のところ『これ』という品はなかった。


 ただ、ここにある商品は、この王国ではそれなりに高く売れるものばかりだという。他の商人たちが買って、販売する品については、あまり無理に手を出さなくてもいいかな、とソウヤは思う。


 辺境とか田舎相手に行商していることが多い銀の翼商会である。そういう客層に対して、タルボット商会が輸入している品は、ちょっと外れている印象だ。


 何かのプレゼントや土産にはいいかもしれないが、少々お値段が高めなのもネックだろう。


 ただ、欲しいモノは大抵揃う銀の翼商会としては、タルボット商会の品を見ることができたのは収穫だった。


 モノを求められた時、どこに行けばそれが手に入るのか、それがわかるだけでも成果なのだから。


「……おや、奥は倉庫ですか?」

「お恥ずかしながら、商人の勘と経験が外れてしまったものと、注文はしたが商人が買いに来ずに、持て余している品ですね」


 グレイグは苦笑した。


「注文はしたが、来なかった?」

「資金繰りが悪化して廃業したとか、あるいは道中、魔物にやられて商売を続けられなくなったか……。そういうことは実は珍しくなかったりいたします」

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