第21話、行きも帰りも怖い、それがダンジョン。


 冒険者パーティーとゴブリン集団の戦闘に、ソウヤとミストは介入した。


 結論からいえば、ソウヤたちが加わったことでパワーバランスが冒険者側に傾き、ゴブリン集団は全滅した。


 斬鉄はゴブリンミンチを量産し、竜爪の魔槍もゴブリンを串刺し刑に処していった。むしろ大変だったのは、戦闘の後だ。


「おい、しっかりしろ! 出血は止めたから、もう大丈夫だ!」


 弓使いの冒険者が、苦痛にうめく仲間に必死に声をかけている。


 男三人、女二人の五人パーティーだが、うち三人が大怪我をしていた。ソウヤも手当てを手伝う。ポーションや毒消し薬を使い、ひとまず死は免れた。


「すまない、あんたたちが来てくれなかったら、仲間はやられていた」


 弓使いの冒険者が、ソウヤらに礼を言った。助けを求められる前に戦いに加わったことを咎められることはなかった。マナー違反より命が大事ということかもしれない。


 軽く名前だけ互いに名乗る。弓使いの冒険者はジム。他にクリーガー、ロイ、シェーラ、フレデリカ。


 槍を手に周囲を警戒していたミストは、深刻な表情になる。


「でも、大変なのはここからじゃない?」


 何故なら、五人中、まともに戦闘できるのはジムとロイのみ。クリーガーは足を、シェーラは腹を切られ、安静が必要。残るフレデリカは自力で歩けるが腕に怪我を負い、戦闘は無理だった。


 ここはダンジョン。それも出入り口に戻るまで最短を行っても一、二時間はかかるだろう道中。モンスターも出てくるだろう場所を突っ切るのは、明らかに無理があった。


 命を取り留めたが、残酷な現実を受け入れなければいけない。……つまり、動けない者は見捨てるしかない、という選択だ。


 仲のいい者同士では、受け入れ難い話だ。置いていくほうも、置いていかれるほうも。


「……いや、私はどうせ助からない。……置いて、いくんだ」


 腹部に怪我を負った女騎士風の冒険者シェーラが、苦しげに言った。するとジムは首を横に振る。


「お前を置いていけるわけがない!」


 冒険者たちは口を閉ざす。チラチラとソウヤとミストを見る者もいたが、声にはならない。


 ――本当は、負傷者を運ぶのを手伝ってほしい、って言いたいんだろうな……。


 ソウヤは、視線の意味を察した。だが黙っているのは、仮にたまたま通りかかったソウヤとミストが手伝ってくれたとして、自力歩行不可能な冒険者ふたりを、無事なものが支えなければならない。その時、誰が護衛役をするのか、という問題がある。そこをモンスターに襲われれば、全滅するかもしれない。


 ――とまあ、普通ならそうなんだろうけどさ。


 ソウヤは提案する。


「俺はアイテムボックスを持っているんだが、負傷者をそこに入れて町まで戻るというのはどうだろう?」

「アイテムボックス?」


 当然、ジムが目を丸くし、ロイが唾を飛ばす勢いで言った。


「いやいや、アイテムボックスって、人を入れるってマジかよ!?」

「オレのアイテムボックスは特別製なんだ。人間も運べる」

「……」


 冒険者たちは顔を見合わせる。どうしたものか、と思案するが――


「考えるまでもないんじゃない」


 ミストは他人事のような横顔を見せる。


「ここで全滅するか、仲間を見捨てるか、誰も死なずに帰るか」


 沈黙が下りる。そう、ああだこうだ思ったところで、結局はその三択しかない。ならばどれがマシかと考えれば、自ずと答えもでるもので。


「他に道がないなら」


 渋々とジムが言えば、ソウヤはシェーラに歩み寄った。


「悪いようにはしないさ。信じろ」


 そのまま横になっている女騎士に手を差し伸べる。


「じゃ、ほんの少しの間で済む。すぐに町に戻れるからな」


 収納――その瞬間、シェーラの体が消えた。彼女の仲間たちは目を見開き、驚愕する。


「大丈夫なのか!?」

「大丈夫大丈夫、ちょっとした魔法だと思ってくれ」


 ソウヤは次に、足を負傷しているクリーガーを収納。残る怪我人であるフレデリカを見やる。


「入っていたほうが楽できるけど、入る?」


 ブンブンとフレデリカは首を横に振った。彼女は自力で歩けるから強制する必要はないが、本音を言えばフルに戦闘力を発揮できないのなら、アイテムボックスに入ってくれてたほうが楽である。……用心されてしまうのは仕方ない。


「じゃ、入り口まで戻ろうぜ」


 ソウヤとミストにとって、ここに来るまではさほど苦労していない。だが、だからと言って夢中になって探索し続けるというのもよくない。早め早めの行動を心掛けるなら、この撤収はちょうどいい。


 帰りもモンスターは出たが、ソウヤたちの敵ではなかった。問題なくダンジョンの入り口近くまで戻ることができた。


「さて――」


 ソウヤはキョロキョロと周囲を確認。他のパーティーなどがいないのを見てから、アイテムボックスに収納した二人を出した。


「なんだ、入って早々に出すとか、トラブルか?」


 クリーガーが顔をしかめる。ソウヤは答えた。


「いや、入り口についたからな」

「え?」


 そうなの?と仲間たちを見るクリーガー。コクコクと、ジムとロイは頷いた。


「つい今、入ったばかりだぜ?」

「アイテムボックス内は時間が止まってるからな。君らが入って、オレたちはもう一時間くらい歩いていたぜ」


 外と中の違いに、冒険者たちは驚いている。ソウヤはアイテムボックスから、昔拾った木の板を引っ張り出す。即席の担架たんかである。


「ここからは人力で運ぶぞ。ちなみに、オレのアイテムボックスのことは、他の誰にも言わないでくれよ。こっちの商売道具だからな」

「あ、ああ」


 ジム、そして他の仲間たちが頷くのを確かめた上で、ソウヤはシェーラを担架の上に。「ロイ、手伝え。足のほう持って。ジムはクリーガーを支えてやんな」


 指示を出し終え、ソウヤは担架の先頭を持ってシェーラを運ぶ。松明の焚かれた入り口手前の通路は、モンスターの姿もない。


「後は診療所に運ぶだけだな」

「すまない。君たちには、何とお礼を言えばいいか……」

「なあに、困った時はお互い様ってやつだ」


 ソウヤは笑い飛ばす。それでも申し訳なさそうにする彼らに、フレデリカを連れたミストがあっけらかんと告げた。


「そのお礼は、いつか返してくれればいいわ」


 ダンジョン入り口につけば、例の声をかけてきた冒険者がいて、怪我人の搬送を引き継いでくれた。


 ソウヤとミストはジムたち冒険者パーティーと分かれた。彼らから後日改めてお礼をすると言われた。


 生きて帰れたことは重要だよな――ソウヤは思った。

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