第2話 臥薪嘗胆

 レンガ造りの小屋。その中で、大魔皇帝は黙々と作業をしていた。

「兄者、その大きな木人形は?」

 銀髪の少年が、大魔皇帝に尋ねる。大魔皇帝の傍には木製の人形が立っており、腕や脚をぎこちなく動かしていた。頭に当たる部分には赤く光る石が二つ取り付けられており、さながら目のようである。

「ああ、ギヒョウか」

 ギヒョウと呼ばれる銀髪の少年は、大魔皇帝の弟にして、兄弟の中では四男にあたる。

 大魔皇帝には、四人の弟たちがいる。彼らは皆いずれも麗しい容姿の少年であり、それは強大な力を持つ魔族であることを表している。

「魔鉱石をこれに入れると、人力で動かさなくても動くようになるんだ。しかも半永久的に、だ。武器を持たせれば兵隊にもなる」

 魔鉱石というのは、魔力のこもった石である。それ自体が魔力を持っているだけでなく、空気中のマナを吸収することで減った魔力を回復する働きも持っている。魔族たちは魔鉱石を使った装飾を威斗に施すなどして自らの魔術をより強力なものにするような使い方をしてきた。この木人形の胸の中にも魔鉱石が埋め込まれており、これが動力となっている。

 大魔皇帝は、木人形に弩を持たせた。その横で、大魔皇帝も弩を持ち上げて構えた。すると、木人形もそれを真似して、同じように弩を構えた。

「放て」

 言いながら、大魔皇帝が弩の引き金を引く。矢は真っ直ぐ飛んでいき、立ててあった丸太に刺さった。すると、木人形も同じタイミングで弩の引き金を引き、丸太に向かって矢を放ったのであった。

「こうして一度動きを覚えさせてしまえば、あとは自律行動できる」

「ほう……それは便利そうだ」

「操り人形の兵隊だから……そうだ、傀儡くぐつ兵、と名付けよう」


 カンヨウを捨てて西へ逃れた大魔皇帝と四人の弟たちは、湖を望む森林の中に小屋をいくつか作り、そこで暮らしていた。森を開き、獣を狩り、そこで耕作を始めたのである。

 時間と土地だけは、たっぷりとある。そこで、彼らは転生者たちと戦うための準備を始めた。散っていった仲間たちのためにも、絶対に復讐を成し遂げなければならない。そういう義務感が、彼らにはあった。


「まずはこの傀儡兵を二百万体揃える。話はそれからだ」

 弟たちの前で、大魔皇帝はそう言い放った。

「確かにこいつは使えるけどよぉ、あくまで人間の兵隊と戦ったらの話だろ? 転生者が相手じゃこんなんただの木人形だぜ」

 発言者は、褐色赤髪の少年であった。次男のユウシンである。この少年はまるで美しい褐色肌を見せつけるかのように、いつも上半身裸で過ごしている。この時も例に漏れず上半身には何も身に着けていなかった。

「そうだよ。それよりボクらの魔術を鍛えて、一対一で勝てるようにした方がいいんじゃないかな? まぁボクらは五人いるから五対四だけど……」

 今度は三男のカイである。ミドルショートの金髪をしたこの少年は、後頭部に手を置いて、気だるげに椅子に寄りかかった。

「ワタクシであれば、ヤツが死ぬまで待ちますかねぇ……」

 そう言いながら指に自らの髪を巻き付けていたのは、青の長髪をした少年であった。末弟のリョショウである。

「それに、作るのだってタダじゃないでしょう? 二百万体とか、用意しなきゃいけない材料もバカにならないってさぁ……」

「我々には、時間がある」

 大魔皇帝が、四人の弟の顔を順番に睨んだ。

「人間の寿命など、せいぜい数十年。だが我々は?」

 彼の言わんとしていることを、弟たちはその時理解した。準備にかけられる時間が、彼らとは段違いなのだ。

 この時、大魔皇帝の頭の中には、禁中で別れたギゼンの顔があった。

 魔族たちの間では、復讐は是である。寧ろ、仇を討たぬは不義理なり、という風習すらある。だから、転生勇者を倒し彼らの国を滅ぼすことは、ギゼンに影武者をさせてしまった大魔皇帝にとって、殆ど義務に近いものであった。


 そこから、五兄弟たちの、臥薪嘗胆が始まった。


 まず、工場を建て、そこでの傀儡兵の生産を始めた。傀儡兵は戦闘以外の軽作業も覚えることができるため、ある程度の数の傀儡兵が揃ってしまえば、彼らに材料を集めさせ、生産する所まで任せることができた。傀儡兵が新たな傀儡兵を生産するのだ。

 それからは、五兄弟たちの役割分担だ。

 三男のカイが傀儡兵たちに材料となる魔鉱石の採掘や材木の伐採などをさせ、四男のギヒョウは工場と倉庫を管理する。集まった傀儡兵は次男のユウシンが戦闘訓練を施す。

 その頃、大魔皇帝は優れた人材を募るため、各地へ散った魔族たちの元を訪れた。その内、評判が広まると、向こう側から帰順を求めてやってくる者たちも少しずつ出てきた。

 そうして集まった者たちの中から何人かを引き抜いて、末弟のリョショウは東へ向かった。彼は諜報部隊を造設し、各地に密偵を送り込み情報を収集した。戦いは情報が命であり、こうした地道な偵察活動は欠かせない。


 そうして、何年も、何年も、彼らは準備をし続けた。人材を募り、情報を集め、兵の頭数を揃え、それを調練する。その繰り返しであった。

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