リアルラーメンタイマー
長月瓦礫
リアルラーメンタイマー
電子ケトルに水を適量、ランプの点灯を確認。
湯を沸かす間にカップ麺のふたを開けた。
なんとなく、ジャンクなあの味が食べたい。
ふと、仕事帰りにそんなことを思った。
一度そう思い始めると、なかなか頭を離れない。
俺は滅多に買わないようなお高いカップ麺を手にし、昨晩は帰宅した。
本当、休日でよかったよ。ゆっくりと楽しめそうだ。
少しわくわくしながら、細々とした袋を取り分けた。
それらの中に異物は紛れ込んでいた。
赤い突起物がついた灰色の箱だ。
俺はそれを手に取り、まじまじと眺める。
「何だろうな、既視感があるような……」
ああ、そうだ。
テレビで宣伝していたじゃないか。
大手食品メーカーが研究に研究を重ねた末、カップ麺が完成した後の世界へ行けるスイッチがとうとう発明されたのだ。
それはラーメンスイッチと呼ばれ、巷で話題になっていた。
このスイッチは3分先の未来へ行けるタイムマシンなのだ。
スイッチを押すだけでカップ麺が完成している。
3分間を待つ必要がとうとうなくなったのだ。
「なるほど、噂は本当だったんだ」
俺は手のひらに収まる灰色箱を見ながら、何度もうなずいた。
量産方法を研究しているとはいえ、カップ麺に対してスイッチの生産量はごくわずかだ。
だから、ラーメンガチャなるギャンブルが流行っていた。
商品を買って、スイッチを当てるという単純なものだ。どれに入っているか分からず、一ケース買っても見つからなかったという話もあるくらいだ。
生産量は極めて少ないのだろう。
運良く当たった数人は、実際に使用している場面を収め動画サイトに投稿していた。
『ラーメンスイッチを使ってみた!!』というデカデカとした文字、投稿者のわざとらしい表情と灰色のスイッチがサムネイルを飾っていた。
スイッチを手に入れた経緯と軽く説明したのち、投稿者はスイッチを押した。
その瞬間、跡形もなく姿を消した。ソファと白い壁が3分間映されたあと、本人が突然姿を現した。そして、何事もなかったかのようにラーメンを一口すすって動画は終了した。
このラーメンスイッチに関連する動画のコメント欄は非常に盛り上がっていた。
例えば、『嘘をついてまでこんなことをする人ではない』という投稿者への厚い信頼が見えるものや『編集でどうとでもなる』という的確な批判、更にはメーカーの担当者まで姿を現し、どこのコメント欄も混沌と化していた。
ただひとつ言えるのは、視聴者は確かめようがないということだ。
真実は動画投稿者以外、知ることはない。
まあ、運よく当たったんだし、記念写真だけでも撮っておくか。
スイッチとカップ麺を隣同士に置き、カメラに収めた。
ついでに時間を超えた実際の証拠として、スマホの起動画面も記録しておいた。
「3分先の未来ねえ……」
いまひとつピンとこない。地球が滅亡してたら話は変わるんだろうけどな。
こうしてカップ麺を前にして何やかんやしているだけで3分経ちそうな勢いだ。
「まあ、物は試しというしな」
ケトルから熱湯を注ぎ、ふたの上にスープをのせた。
よし、これで準備は整った。
「ポチッとな」
軽いかけ声ともに、スイッチを押したのだった。
3分後の世界に大きな変化はなかった。地球滅亡は運よく逃れたわけだ。
スマホの画面も時間が経過しているのを見て、ようやく実感が湧いた。
先ほどと同じように、起動画面をスクリーンショットしておく。
どうしたものだろうか。思っていた以上にコメントに困っている自分がいる。
派手な演出などもなかったし、俺はスイッチを押しただけだ。
そう考えると、動画投稿者たちの感想は見事なものだった。
動画映えするように、訓練しているからだろうか。
不気味な雰囲気を出しながら、どこか明るく楽しそうにコメントしていた。
「ふむ……」
すぐ食べる気にもなれず、俺はラーメンのラベルを何となく眺めていた。
少しだけ違和感を覚えたのち、スマホが震えた。
「はい、佐々木ですが」
「突然申し訳ございません。
私、ラーメンスイッチの研究をしております、立華と申します」
おお、メーカーのほうから直接電話が来るとは思わなんだ。
動画だけだと分からないもんだな。
「スイッチの使用後の感想をお聞きしたいのですが、お時間をいただいてもよろしいですか?」
「ええ、構いませんけど……。あの、すみません」
「はい、どうかされました?」
「2分足りないっス」
一瞬、沈黙が下りた。
「……マジですか?」
「マジです」
向こうも素になってしまうほどの、衝撃の事実だった。
ラベルをよく見なかった俺にも責任はあるのだろう。
俺の買ったカップ麺は、5分経たないと完成しないものだったのだ。
だから、3分だけでは完成しない。どうしても2分足りないのだ。
「少々、お待ちいただいてもよろしいですか?」
予想外のできごとだったのか、一旦席を離れた。
オペレーターとの不毛なやり取りでそうこうしているうちに、2分はあっという間に経ってしまったのだった。
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