人の心がない私を彼が支えてくれています

こむらさき

私は人の心がない

「だから高村さんはおかしいんだって!ひどいよ」


 グラスに入った水がかかる。私は、その行為を甘んじて受け入れるために目を閉じた。

 こういうときは、下手に怒ると余計に面倒なことになるというのを経験上知っている。


「そうですね。動物の死骸を見て悲しんでいた人が、悲しみを癒やすために動物の死骸を食べるという発想を受け入れられない私が悪いです」


 私に水をぶっかけた女は、すごく怒った顔をしていた。失敗したかもしれない。

 でも、仕方ない。私に人の心はわからないから。

 言い返してこなかったのだから、私の理屈は間違っていない。感情的になり、人の気持ちを思いやれなんてふわふわしたことを周りに押しつけるのはやめて欲しいな。

 

 周りから聞こえるひそひそ声を無視して私は席を立つ。

 ああ、嫌だ。また転職だ。

 ただ少しだけ、人の心がわからないということで私は職場でいろいろなトラブルを起こしている。

 一生懸命、人の社会に擬態しているつもりだけどまだまだ足りないらしい。


 タイムカードを押して、更衣室へ向かう。もう明日からここには来なくていいか。

 制服を着替えながらスマホを取り出して彼へ連絡をする。


《また人を怒らせちゃった》


 すぐに雅臣まさおみという名前が画面にポップアップしてくる。


《おつかれさま。とりあえず上司の人に相談してごらん》


 雅臣は、私の恋人だ。

 人の心がわからない私に、いろいろと親切に教えてくれる。

 上司に相談という私には思いつかない発想をしてくれたことに「ありがとう」と返信して、私は私服に着替えて上司のデスクへ向かった。


「私は森田さんを怒らせてしまったようです。食堂でグラスの水をかけられました。もう辞めます」


 私はそのまま退職をした。

 今日はもう帰宅して、彼に慰めて貰おう。

 外見も完璧で、性格も完璧。私に人の心を教えてくれる彼と付き合えている私はとても幸せだ。

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