第4話 ~mental health+er~
シーン50
仙台市内 レッスン場近く 勾当台公園のベンチ
ベンチの中央には荏原が座り、両隣には玲奈とユリが座っている
その他にセイヤ、アヤ、サチコが周りを囲み楽しそうに談笑している
ユリ「今日のレッスンも疲れたー。」
荏原「楽して良い演技は出来ないからなぁ…。」
玲奈「あれ拓ちゃんじゃない?」
荏原「拓ちゃんじゃん!?」
荏原は拓真に大きな声で声をかける
荏原「拓ちゃーん!」
手を振りながらおいでおいでをする荏原
周りの皆も拓真に手を振っておいでおいでをしている
拓真近づいてくる
荏原「拓ちゃん、ここに座りな。」
玲奈と荏原の隣を指さす
拓真「あぁ…おねえさんと出かけるので…。」
荏原「葵さんと?どこに行くの?」
拓真「お洋服を買ってくれると言ってました。」
拓真は相変わらず誰とも目を合わせず視線は宙をさ迷っているがとても楽しく嬉しそう
荏原「良いなぁ、葵さんとデートか笑」
拓真「あっ、えっーおねえさんはおねえさんなので…デ、デ、デートとかでは…」
荏原「わかってるよ、待ち合わせしてるの?」
拓真「はい。」
荏原「ごめんね、呼び止めちゃって。葵さんに今度はオレの服も選んでって言っておいて笑」
拓真「わかりました!今度はおねえさんと先生で洋服を買いに行くんですね!」
荏原「そうそう、拓ちゃん気をつけていきなよ。何かあったらすぐ連絡頂戴ね。」
拓真はポケットからスマホを取り出して皆に見せる
拓真「か、か、買ってもらいました。」
玲奈「アイホンの新しいやつじゃん!」
ユリ「私も買おうかなって思ってた!」
アヤ「これでサブチャンの動画もとりたいよね!」
荏原「良いの買ってもらったね。」
拓真「は、はい!」
荏原「じゃあまたレッスンで待ってるね。」
拓真「は、はい。」
拓真は嬉しそうに歩いて仙台駅方面に向かっていく
その後ろ姿を全員がこやかな表情で見つめている
アヤ「先生はさ、どこで服買ってるの?」
ユリ「私も聞きたいって思ってた!」
玲奈「いつもFear 何とかっての着てるよね?」
セイヤ「あれって仙台で売ってるの?」
荏原「オレはいつも通販だよ。アメリカのセレクトショップから買ってる。」
ユリ「えぇ、何それ、私にも教えて!」
玲奈「私、兎のやつがほしいの…スモーキング何とかって書いてあるやつ!」
荏原「それは日本のブランドじゃん笑」
ユリ「……先生ってさ、彼女いるの?」
荏原「急になんで?」
ユリ「服もなかなかお洒落だし、歳もいい歳してるし…。」
荏原「良い歳って笑」
ユリ「居るのかなぁって。」
玲奈「でも居たらガッカリする!」
アヤ「わかる!」
ユリ「いないでほしいよね!」
セイヤ「だってよ、先生!」
サチコ「……いるんですか?」
荏原「いないよ…いたらこんなとこで遊んでないよ!」
玲奈「ヒドーイ!」
ユリ「こんなに可愛い生徒達が先生に付き合ってあげてるのに!」
荏原「上からなのね…。」
セイヤ「先生の理想のタイプはどういう感じなの?」
サチコ「聞きたい…。」
荏原「理想のタイプねぇ…。」
少し考える荏原
なんて言うのか興味津々の生徒達
荏原「胸が大きく…」
玲奈に思い切り頭を叩かれる荏原
荏原「…先生に手をあげたね…今…」
玲奈「違う、頭に虫がいたの。ゴメン!うまく聞き取れなかったからもう一回言って!」
荏原「……優しくて、オレの仕事に理解があって…。」
ウンウンと頷く生徒達
荏原「それで、胸が大きくて」
今度はユリに思い切り頭を叩かれる荏原
荏原「……。」
アヤ「じゃあ、この中でいうと誰?」
荏原「どこからじゃあが出てきたのかもわからないし…また生徒からしばかれた気がする…。」
サチコ「……気のせい。」
セイヤ「この中なら誰?」
荏原は頭をさすりながら生徒たちを見回す
荏原「…玲奈」
えっ!?という顔をする玲奈
荏原「とユリと…」
怪訝な表情をするユリ
荏原「アヤとサチコを合わせて四で割った感じかな…」
アヤ「…はいはい、なんか先生のわりにつまらない答えだったね」
セイヤ「ボクは入ってないのかぁ…」
荏原「そうじゃなくて!」
セイヤ「まぁボクは先生の弟さんがいるから良いけどー」
荏原「…オレの義理の弟になるのか?笑」
セイヤ「複雑な関係だね笑」
荏原「複雑過ぎるだろ!」
みんなで笑い合う
そん中で横を見てるサチコ
荏原「どうした?」
サチコ「…あの人、ずっとこっち見てる。」
荏原「騒ぎ過ぎたかな?」
サチコ「拓真君が来たあたりからずっとあそこでこっちを見てる…。」
荏原「そんなに?」
みんなでその方向を見る
玲奈「…隠れてるつもりなのかな?」
ユリ「丸見えだよね?」
荏原「忍びの者かな?」
セイヤ「…あの人さ…うちの事務所の人じゃない?」
荏原「メガネ掛けてないから誰かわかんないや。」
サチコ「……仲間になりたそうにこちらを見ている…。」
荏原「だからお前、そういう毒を吐くのをよせ笑」
セイヤ「声かけてみようか。」
荏原「そうだな…おーい!!」
手を振っておいでおいでをする荏原
シーン51
同日 仙台市内 勾当台公園のベンチ
荏原、ユリ、アヤ、セイヤ、サチコ、玲奈の他にチヒロが加わった
夏の暑い日なのにチヒロは何故か長袖
玲奈「じゃあ、チヒロちゃんは舞台演技のクラスでレッスン受けてたんだ。」
チヒロは玲奈を無視する
玲奈や周りの皆はえっ?という反応
チヒロ「映像演技にも興味があったし、先生の噂も聞いたので受けてみたいと思ったんです。」
荏原「噂って?」
チヒロ「……どんな生徒にも平等に接してくれて、みんなに人気があるって。」
荏原「舞台の先生だって同じでしょ。」
チヒロ「でも…あの先生から…セクハラみたいなこと受けました…。それにストーカーみたいにしつこいんです。」
荏原「それって大問題じゃない?社長に言おうか?」
チヒロは慌てて
チヒロ「いえ、良いんです…バイト先でも経験があって、その時は隙を見せたあなたも悪いみたいに言われたから…夢があるのでここで揉め事は起こしたくないんです…ごめんなさい、こんな話。」
荏原「いや、いいよ。そういうことがあるっていうのも知っておいた方が良いから。」
チヒロ「誰にも言わないで下さい…。」
荏原は渋々といった感じで頷く
チヒロ「じゃあオレはこれで。」
一同「んっ??」という表情
荏原「ああ、気をつけて。何かあったらすぐ教えなよ。」
チヒロ「ありがとうございます。やっぱり先生は良い先生ですね!」
チヒロは公園を出ていく
後ろ姿を見つめる六人
荏原は去った方向を見つめたまま
荏原「今、オレって言ってたよな?」
セイヤ「あの人、ホントは男なの?」
ユリ「あの人はセイヤと逆の感じ?」
玲奈「前に一度だけ更衣室で会ったことあるけど、普通に女だったよ。」
アヤ「でも、女の人でも自分のことボクとかオレって呼ぶ人たまにいない?」
サチコ「……痛い…人だよね…。」
荏原「だから、お前は毒吐きすぎ笑」
時計を見る荏原
荏原「あっ、オレこれから教習所行くんだ!」
玲奈「先生、車の免許なかったの?」
荏原「東京暮らしが長かったから、免許取ってなかったんだ。」
セイヤ「なんで急に?」
荏原「彼女作るなら、こっちでは車もってないとって…笑」
ユリ「いいじゃん、いいじゃん!免許撮ったらみんなでドライブ行こう!」
荏原「いいよ、楽しみにしてて!」
サチコ「生命保険に入っておかないと…」
荏原「おまえは!」
一同笑う
荏原「じゃあ、またレッスンでな!」
小走りで去る荏原
アヤ「先生ー!」
振り向く荏原
アヤ「ぶつけちゃダメだよー!」
荏原「うるさーい!」
走っていく荏原の後ろ姿
アヤ「先生、免許取れると良いね!」
玲奈「ドライブ楽しみ!」
サチコ「…この人数だと一台でいけない…。」
ユリ「セイヤが車出せば良いじゃん!」
セイヤ「じゃあ二台で出て、途中で交代したりしながら行こうか?」
定義山で油揚げ食べようや夜のドライブも良いね等と盛り上がる
アヤ「拓ちゃんも誘おうね!」
ユリ「当たり前じゃん!」
サチコ「…拓ちゃんも私達の仲間…。」
玲奈「みんな…優しいね。」
セイヤ「先生がいて良かったなと思うよ…。」
玲奈「あの人彼女出来なきゃ良いのに。」
大笑いする五人
シーン52
レッスン場 ロッカー
ユリとアヤは帰り支度をしながら談笑している
アヤ「あの動画の人ヤバいよねー笑」
ユリ「ヤバいヤバい、あの人スゴいヤバかった笑」
そこへ入ってくるチヒロ
二人は気づいて挨拶する
ユリ「お疲れ様ー。」
チヒロ無視する
アヤとユリは顔を見合わせる
チヒロは帰り支度をしながら二人の方を見ないで
チヒロ「オレが荏原さんと仲良くしようとしたからって悪口言わないでくれない?」
アヤ「えっ!?言ってないよ!」
チヒロ「ヤバい、ヤバいってオレのことでしょ?文句があるならさ、いないとこで言わないで直接言ってくれない?オレが荏原さんと仲良くしようとするのがムカつくって!」
ユリ「本当に言ってないって!」
アヤ「動画の話してただけだよ…。」
チヒロ「ホントにムカつくんだよね。どいつもこいつも!」
ロッカーの扉を乱暴に閉めて出ていくチヒロ
ユリ「ヤバいね…あの人。」
アヤ「うん、ヤバい。」
シーン53
プロダクションのビル エレベーター
拓真と玲奈がエレベーターに乗ろうとする
エレベーター内に入り玲奈がエレベーターのボタンを押すと締まり掛けのドアに手を入れてエレベーターの扉を開けるチヒロ
チヒロは何故かシャツの袖を腕まくりする
怯える拓真
玲奈「あっ、お疲れ様さまー。事務所の階?レッスン場の階?」
チヒロはチッと舌打ちして質問には答えず
リストカットの跡が生々しい腕を玲奈にわざと見せつけるようにエレベーターのボタンを押す
傷を見てギョッとした表情の玲奈
拓真は上の方を見て呟く
拓真「ピンク…ピンク…怖い」
エレベーターのドアが開く
チヒロは玲奈にガンを飛ばして出ていく
玲奈「拓ちゃん、大丈夫だよ…怖かったね。」
拓真は玲奈の手を握る
シーン54
レッスン場 夜
荏原は一人いつもの席に座り書類の記入等をしている
この後に教習所があるようで急いでいる
荏原「今日は学科かぁ…。」
そこへチヒロが入ってくる
チヒロ「先生…。」
荏原「どうした?忘れ物か?」
チヒロ「…先生に話したいことがあって…。」
荏原「どうした?あまり長い時間は無理だけど…。」
チヒロ「オレって…嫌われてるんですかね?」
荏原「何で?誰からも嫌われてないだろ。」
チヒロ「先生を慕う生徒達から嫌われてるみたいで…。」
荏原「誰のこと言ってるの?」
チヒロ「この前はユリさんとアヤさんがオレの悪口言ってる所を偶然通りかがって聞いてしまって…。」
荏原「えぇー…あいつらそんなこと言うかな…そういう奴らじゃないけどなぁ。」
チヒロ「それに玲奈さんにはエレベーターの中で話しかけたんだけど返事もしてくれなくて…オレ人見知りだから最初はあまり話せなくて公園の時みたいになっちゃうんだけど…本当は仲良くしたいんです…けど嫌われちゃったみたいで…。」
荏原は時計が気になる
荏原「うーん…あいつらに言ってあげようか?話したらわかる奴らだよ?」
チヒロ「止めてください!そんなことされたらオレここに来づらくなっちゃう…。」
荏原「でもアイツらはそんな人間じゃないよ?チヒロの勘違いではないの?あまり話したこともないんだし…。」
言いながらも荏原は時計が気になる
チヒロ「やっぱり先生は付き合いの長い方達を信用しますよね…。」
荏原「そうじゃなくてさ…チヒロごめん、オレ今日教習所行かなきゃならないんだ。もう間に合わなくなっちゃう。また話は聞くからさ!」
荷物をまとめてレッスン場を出ようとする荏原
チヒロは荏原の後ろ姿を見ながら
チヒロ「良かったら送りますよ。」
荏原「送る?」
シーン55
チヒロの運転する車の車内
チヒロが運転し荏原は助手席に乗っている
荏原「悪いな…乗せてもらっちゃって。」
チヒロ「良いんです、オレが引き止めちゃったんで。」
荏原「いつもレッスンに車で来てるの?」
チヒロ「はい。人混みが苦手で。」
荏原「そっか、じゃあ東京には住めないな笑」
チヒロ「はい。」
信号待ちの車内
チヒロは腕まくりをする
チヒロの手首はリストカットのあとで傷だらけになっている
よく見るとかさぶたになっている傷もあり最近切ったような後もある
荏原は見てはいけないと思いながらも目が離せない
チヒロ「あっ…ごめんなさい…驚かせちゃいましたよね。」
荏原「いや、見るつもりじゃなかったんだ。」
チヒロ「オレ…昔から嫌なことがあるとつい切っちゃうんです…。」
荏原「ついつい切っちゃうのは…そういうのは止めた方がいいぞ…。」
チヒロ「もうすぐ着きますね…電車よりずっと早かった。」
無邪気に笑うチヒロ
荏原「そうだね。」
窓を見る荏原を横目でニヤリと笑うチヒロ
シーン56
チヒロの車 車内 教習所前
荏原「ありがとな、助かったよ。」
チヒロ「良いんです。オレこそお話聞いてもらって嬉しかったです。今度いつ教習所あるんですか?」
荏原「次はまた来週かな。」
チヒロ「また、送りましょうか?」
荏原「いや、大丈夫大丈夫。」
チヒロ「…先生、またお話聞いてもらえますか?不安で…。」
荏原「勿論いいよ。生徒の相談にのるのも仕事の一つだし。」
チヒロ「先生と連絡先の交換したいな…。」
荏原「でも生徒とは連絡先の交換とか出来ないんだよ…。」
チヒロは手首の傷を見ながら
チヒロ「…また今日も切ってしまうかも…」
荏原「だめだよ、そんなことしちゃ。」
チヒロ「自分では止められないんです。」
荏原「…。」
チヒロ「その時、もし先生の声が聞けたら止められるかも…でも決まりですもんね…。」
ため息をつきながら傷をさするチヒロ
荏原「わかったよ、交換するよ。」
荏原はチヒロの手首を見ながら
荏原「そういうことしないって約束だよ。」
チヒロ「はい。嬉しい…先生、学科頑張って下さい。」
車を降りる荏原
教習所の入口へと向かう荏原
車内でその姿を見つめるチヒロ
チヒロ「先生、やっぱり優しい。」
笑いながら車を発信させるチヒロ
シーン57
レッスン場 昼間
玲奈、ユリ、アヤ、セイヤ、サチコ、拓真、その他沢山の生徒達がいる
その中にチヒロもいる
荏原「じゃあ、今日のレッスンはここまでにします!お疲れ様でした!」
生徒達「お疲れ様でしたー!」
チヒロはお疲れ様でしたと言い終わると同時に荏原の元に歩いていく
チヒロ「今日の演技はどうでしたか?」
荏原「うん、まだオレのレッスンは始めたばかりだけど悪くないと思うよ。」
チヒロ「先生のレッスン楽しいです。」
荏原「楽しみながらやるのが一番だからね…。」
グイグイくるチヒロ
少し困惑気味の荏原
その様子を見ているユリ、アヤ、サチコ、セイヤ、玲奈、拓真
拓真は相変わらずの仕草
ユリ「何あれ?」
玲奈「わかんない…馴れ馴れしくね?」
アヤ「先生もさ、何か気を使ってる感じ…。」
チヒロはその視線に気づいている
わざとらしく
チヒロ「先生のレッスン…もっと受けたい…個人レッスンとかはしてないんですか?」
荏原「してないよ。特定の生徒に対してそういうことは出来ない契約だから。」
チヒロ「残念…。」
チヒロは意味ありげにそしてユリや玲奈に聞こえるように
チヒロ「また先生にお話聞いてもらえるの楽しみにしてます!」
荏原は少し焦った感じ
荏原「いや、普通に相談には誰のでも乗るからさ…。」
チヒロ「先生…お疲れ様でした。」
チヒロはユリや玲奈、アヤ達の傍をわざと通りロッカーへ向かう
通り過ぎる時にはユリや玲奈達へ勝ち誇った視線を送るのも忘れない
ユリ「何あれ?」
玲奈「何かムカつく」
ため息をつきながら書類に目を通す荏原
シーン58
教習所 夜 時計は19:45
待合室 技能講習が始まるのを待っている
技能講習の教本を読む荏原
そこへスマートフォンの呼び出し音が鳴る
荏原はスマートフォンを取り出す
画面にはチヒロから一言
「先生…。」とだけ書いてある
すぐに画像が送られてくる
リストカットして手首から血が流れている画像
荏原はすぐメッセージを送る
既読はつかない
焦った荏原は教習所の外へ飛び出し電話をかける
いくらかけても電話は繋がらない
教習所の中からアナウンスが流れる
アナウンス「20時から技能講習を受講の方は待合室でご準備下さい」
荏原は中に戻っていく
シーン59
同日 教習所 技能講習後
教官と荏原は階段を上がってくる
別れ際
教官「ちゃんと集中して受講しないとダメですよ…。」
荏原「すみません。」
教官「あれじゃ判子押せないですよ。次回はちゃんと集中して受講なさって下さい。」
荏原「はい…気をつけます。」
教習所の外へ出る荏原
すぐスマートフォンを確認するが通知はない
既読もついていない
どうしていいのかわからない荏原
シーン60
荏原の自宅 寝室 深夜
時計は夜中の3時を過ぎている
寝返りを繰り返し眠れない荏原
スマートフォンを確認するが通知はない
荏原「大丈夫なんだろうか?」
スマートフォンを枕元に戻す
外から救急車のサイレンが聞こえる
荏原は起き上がる
~荏原の回想シーン挿入~
チヒロは机の上で手首を見つめている
手にカミソリを持っている
ゆっくりと手首にカミソリをあてて横に刃を走らせる
流れ出す血液
~回想シーンから戻る~
荏原は布団の上で頭を振る
荏原「まさかな…」
再び布団に横になる荏原
寝返りをうつ
シーン61
レッスン場 昼
荏原は昨晩一睡も出来ず疲れた表情
まだ誰もレッスン場には来ていない
荏原はいつものテーブルとイスに座っている
そこへチヒロがレッスン場へ入ってくる
荏原「お前、大丈夫だったの?」
チヒロ「何がですか?」
荏原「何がって…あの画像…。」
チヒロ「あれは前に撮った写メですよ…先生のおかげでこういうことしなくなりましたって、送信したんです。」
荏原「だって、あの後すぐ連絡したけど既読もつかないし電話には出ないし…」
チヒロ「寝落ちしちゃいました。」
あっけらかんとしたチヒロ
そこへユリ、アヤ、セイヤ、サチコがレッスン場に入ってくる
チヒロは横目でそれを見て
チヒロ「いくらオレが心配だからって着信5件も6件もは少し怖かったです。」
えっ!と驚いた表情のユリ達
荏原「いや、それは…」
チヒロ「先生、また教習所に送っていってあげますから車の中でお話しましょう。」
荏原「…。」
会話を聞いたユリは信じられないといった表情で荏原を見る
その視線をそらす荏原
玲奈がレッスン場に入ってくる
玲奈はユリに話しかける
玲奈「どうしたの?」
ユリ「何でもない…」
セイヤを見る玲奈
首を左右に振るセイヤ
シーン62
教習所 昼
待合室に座っている荏原
教官「今日は仮免試験ですがいつも通り緊張しないでリラックスして受けて下さいね。」
荏原「はい。」
スマートフォンが鳴る
画面を見る荏原
以前とは別のリストカットの画像
荏原はため息をつく
シーン63
荏原の自宅 リビング 夜
荏原はテレビを見ている
リラックスしている荏原
スマートフォンが鳴る
荏原「またか…」
画面を見るとメッセージが受信されている
メッセージを開くと
画面「また切りたくなってきちゃった…。」
荏原は慌てて電話をするが出ない
メッセージを送る
暫く経っても返事はない
荏原は落ち着かなくなる
スマートフォンを持ったまま室内をウロウロする
スマートフォンが鳴る
慌ててスマートフォンを開く荏原
画面は「迷惑メールおまかせ設定」
荏原「…………。」
スマートフォンをソファに投げる荏原
シーン64
プロダクションのビル 階段
女性のレッスン生二人が階段で降りてくる
レッスン生達とすれ違う荏原
荏原「おはよう。」
レッスン生A「おはようございます。」
とてもよそよそしいレッスン生達
レッスン生B「あの人生徒に手出すんでしょ?チヒロって子言ってたよ。」
肩を落としゆっくり階段を上がる荏原
下のほうでその姿を見つめる玲奈
シーン65
レッスン場 レッスン中
生徒Aと生徒Bがシーン稽古をしている
荏原は集中していない
生徒Aと生徒Bはシーンが終わってもいつもの終わりの合図(手拍子)がない為、戸惑って荏原を見る
生徒A「あのー、先生。」
荏原「どうした?」
生徒A「シーン終わりました。」
荏原「すまん、合図遅れたな。」
生徒B「きちんと見ててくれましたか?」
荏原「あぁ、もちろん見てたよ。ちゃんと出来てたよ。」
クスクス笑うチヒロ
笑うチヒロを睨みつける玲奈とセイヤ
荏原「じゃあ、今日はここまでにします…お疲れ様でした。」
生徒達は座ったまま
「お疲れ様でしたー。」
何も言わず出ていくユリ
玲奈「ユリ!」
唇を噛む玲奈
シーン66
レッスン場 ロッカー
ユリ、アヤが帰り支度をしている
奥の方にはチヒロがいる
そこへ玲奈が入ってくる
玲奈「ねぇユリ、最近どうしたの?」
ユリ「何でもない…。」
玲奈「何でもなくないじゃん。」
ユリ「本当に何でもないから…。」
出ていくユリ
玲奈「ねぇアヤ、ユリどうしちゃったの?」
アヤはチヒロの方を見る
玲奈もチヒロの方を振り返る
チヒロ「コソコソコソコソ、立ち聞きでもしたんじゃないのかしら?」
玲奈「またお前か…。」
チヒロは笑みを浮かべながら
チヒロ「先生がオレを心配して何度も連絡をよこすの…何回も着信履歴があって困っちゃうって…余程先生をオレに取られたのがショックだったのかな…」
勝ち誇った笑みでロッカーを出ていくチヒロ
玲奈「アヤ、どういうこと?あいつが言ったのは本当なの?」
シーン67
チヒロの車が置いてある駐車場
チヒロは車に向かって歩いてくる
その後ろを玲奈が走って追いかけてくる
玲奈「ちょっと待ちなよ」
チヒロ「なぁに?」
チヒロの車の後ろには白いセダンが駐車してある
車内には社長が乗っていて外の二人の様子をバックミラーで見ている
二人は社長に気づいていない
玲奈「お前一体なんのつもり?」
チヒロ「何の話?」
玲奈「先生がしつこく連絡してくるとか出鱈目言わないでくれない?」
チヒロは手首の傷をさすりながら
チヒロ「ホントのことだよ…先生…オレのこと凄く心配してくれるの…」
玲奈「お前、その傷痕先生に見せたんだろ?」
チヒロは笑いを堪えながら
チヒロ「見えちゃったかも…」
玲奈「お前…卑怯な奴だな…」
チヒロ「卑怯?どうして?」
玲奈「心配する気持ちにつけ込んで…。」
チヒロ「つけ込んだりしてないよ。向こうが勝手に心配してるだけ…他にもね…前にリスカした時の画像も送っちゃった笑」
玲奈は悔しそう
チヒロ「ホントはその後、もうこういうことはしてませんってメッセージ送るはずだったんだけど……寝落ちしちゃって笑」
大笑いするチヒロ
チヒロ「悔しい?」
チヒロは心から嬉しそう
チヒロ「大好きな先生取られちゃって悔しいの?」
玲奈「先生は心配してるだけじゃん。」
チヒロ「初めはみんなそうなの…」
チヒロ笑いを堪えながら
チヒロ「初めはね、みんな心配だ心配だって…でもね…あの人オレのこと抱くよ絶対。」
玲奈「先生はそんな人じゃない。」
チヒロ「そうかなぁ…前の仕事先の上司も、同僚の男の子も、親友の彼氏も、舞台の先生も、みんな初めはそう言ってたのに抱いたよ、オレのこと。」
チヒロは手首の傷痕をボリボリ掻く
玲奈「最低の女だな…」
チヒロ「だって心配させるとオレを大切にしてくれるの。一番に気にかけてくれるの……オレね…上司の奥さんも親友もみんな気に食わなかったの…上司は仕事も出来てとても爽やかで会社でも人気者だった…その奥さんはとても幸せそうだった…親友は昔から勉強も出来て家もお金持ちでとても綺麗で彼氏もかっこよくて…あいつら自分のこと特別だとでも思ってるのかな?オレと何も変わらないくせに。」
玲奈「何言ってるの?」
チヒロは手首の傷痕をボリボリ掻きながら
チヒロ「オレね、あんたの事もユリって女のことも気に食わなかったの…ずっと。」
玲奈「ずっと?」
チヒロ「ユリって女はいつも周りに家来みたいな奴ら侍らかしてるくせに、すました顔して先生、先生って猫なで声出しちゃって…ホントはあいつだって先生とヤリたいんじゃないの?」
玲奈「ユリはそんな人間じゃない!」
チヒロ「あんたもさ、あの変な男といつも一緒にいて弱い者の味方ですみたいな顔してさ…偽善者みたい。そのくせ先生先生って、あんたの方こそ男なら誰でもいいんじゃないの?」
玲奈「お前と一緒にするな!」
玲奈は涙を流す
チヒロ「悔しい?先生取られて…悔しくて泣いてるの?」
玲奈「ち、違う。」
玲奈は必死に涙を堪えようとする
チヒロは手首の傷痕をボリボリ掻きながら
チヒロ「先生今もきっとオレのこと考えてるよ…大丈夫かな?大丈夫かな?って…リスカしないだろうな?って…ずっとオレのことだけ考えてもらえるようにするの…免許なんて絶対取らせない…オレが送り迎えしてあげる…きっと先生も喜ぶよ…」
玲奈「狂ってる…」
チヒロ「負け惜しみ?オレが今先生の胸に飛び込んだら…どうなると思う?きっとね…オレのことを抱くよあの人…今までの男もそうだったもの…特別に先生には何もつけずに抱かせてあげるの…子供が出来たらあんた達にも抱っこさせてあげるね…悔しいでしょ?あんた達が信頼して憧れてる先生がさ…オレなんかに取られちゃって悔しいでしょ?あんた達よりオレが良いんだって…オレが抱きたいんだって…自分のこと特別だと思ってるからだよ、オレと何も変わらないくせに。」
玲奈「………。」
チヒロ「あぁーすごく良い気持ち…自分を特別だと思ってる奴から大事な人を振り向かせた時って一番満たされる……けどさ…今晩も切るよ、オレ。」
チヒロはニヤリと笑い、左手の手首を右手の人差し指で切るポーズ
玲奈はカッとしてチヒロを殴ろうとする
後ろからその手をセイヤが掴む
玲奈「セイヤ!」
セイヤはとても冷静
セイヤ「そんな頭のおかしい奴殴る必要ないよ。」
チヒロ「ユリの家来が来ちゃった。」
セイヤ「好きなように言いなよ。相手にしちゃダメだよ玲奈。」
玲奈「でも、こいつ先生に…。」
セイヤ「こんな女に先生が騙されるわけない。」
チヒロはセイヤに対して挑発的に
チヒロ「そうかなー?」
セイヤ「お前とは話してない。いくよ玲奈、ユリもアヤもサチコも拓真も向こうで待ってる。」
玲奈「ユリも?」
セイヤ「うん、だから行こう。」
チヒロ「負け犬同士で作戦会議?」
セイヤはチヒロに近づいて
とても冷静な口調で
セイヤ「お前とは話してない…オレ達に関わるな。」
立ち去るセイヤと玲奈
チヒロはボリボリと手首を掻きながら立ち去るのを見ている
シーン68
仙台市街地 勾当台公園 夜 ベンチ
22時位 行き交う人は少なく 人通りは疎ら
ベンチに一人座る荏原
ため息をついている
そこへ歩み寄る玲奈
玲奈「先生。」
荏原はそちらを見ずに
荏原「玲奈か…。」
玲奈「もう見ないでも声だけで誰かわかるんだね。」
荏原「そりゃオレの生徒だからね。」
笑みを浮かべる荏原と玲奈
玲奈「先生…あのね。」
荏原「どうした?」
玲奈「先生はお医者さんじゃないでしょ?」
荏原「……。」
玲奈「先生は演技の先生でしょ?」
荏原「……。」
玲奈「いくら先生でも無理なことってあると思う…。」
自嘲気味に笑う荏原
玲奈「ごめん…先生…。」
荏原「いや、いいんだ…。」
玲奈「前の先生に戻ってほしい…レッスンの時は鋭い目をしてて…私達の演技を一瞬たりとも見逃さないみたいな…。」
荏原「うん…。」
玲奈「…いつも自然と周りに人が集まるような…いつでも私達の話を聞いてくれて…私の…私達の大好きな、前の先生に戻ってほしい。」
荏原「………わかった。」
玲奈「…先生…?」
荏原は初めて玲奈の方を見てニコリと笑い
荏原「……わかったよ、玲奈」
玲奈は嬉しくて泣く
荏原「…心配かけて悪かった。」
玲奈は首を左右に振り
玲奈「わからず屋の先生なら殴ってやろうかと思った笑」
荏原「遅いから…早く帰りなさい。」
玲奈「うん…レッスン場で。」
玲奈は駅に向かおうと歩き始める
荏原は玲奈を呼び止める
荏原「おい玲奈!」
振り返る玲奈
荏原「みんなでドライブ行く前に、どの車だとモテるのか車選び付き合ってくれよ。」
玲奈「…いいよ!」
荏原「ユリ達にも言っといてくれよ!」
玲奈「わかった!…けど先に学科試験合格してきてよね!」
荏原「わかった!」
手をあげる荏原とそれに応える玲奈
立ち去る玲奈を見送りながら
荏原「どうやらオレはみんなに心配かけてるみたいだな…。」
後ろを振り返ると弟のヒロが立っている
シーン69
仙台市街地 勾当台公園 夜 ベンチ
終電は過ぎ 殆ど歩いてる人はいない
荏原「どうして?」
ヒロ「セイヤが心配してた。ああいう奴は相手にしちゃダメなんだ…一度でも相手にすると相手にしてもらえるもんだと思って何でもしてくるってブツクサ言ってたよ笑」
荏原「あいつにも心配かけたんだな…。」
ヒロ「おにぃらしいよ笑」
荏原「笑い事じゃないな…でも困っていたり助けを求めてる人を見るとどうしても…」
ヒロ「自分を犠牲にしても助けたくなる?」
荏原「そんなカッコイイもんじゃないよ…」
ヒロ「自分はどうなっても良いから、自分の気持ちを殺してでも助けたい?」
荏原「……。」
ヒロ「東京のリオさん…おにぃ…いや、兄ちゃん達は一緒になるって言ってたのに何で別れたの?」
荏原「…。」
ヒロ「兄ちゃんはなんの為に生きてるの?人の為なら自分はどうなってもいい…それで満足するの?」
荏原「何が言いたい?」
ヒロ「それで兄ちゃんは誰を幸せにできたの?頭のおかしいその生徒の女…そいつの為に動いて兄ちゃんはそいつを幸せに出来たの?兄ちゃんが動いた事で兄ちゃんを慕う生徒達を幸せに出来たの?」
荏原「…。」
ヒロ「リオさんは…何でいなくなったの?リオさんの為に夢を諦めて仕事に着くって決めてたのに、何故いなくなったの?」
荏原「それはあいつが無理矢理──」
ヒロ「違うよ。兄ちゃんがそうやって人の為、人の為と言って自分を殺すからだ。」
荏原「お前に何がわかる!」
ヒロ「わかるよ。リオさんは兄ちゃんの負担になりたくなかったんだ。きっと兄ちゃんはこういうよ…何も気にするな、オレの子として一緒に育てていくから心配するなよって。」
荏原「……。」
ヒロ「リオさんはどう思う?どう思えばいい?また私の為にたっちゃんの心を殺させてしまった…ずっと自分を殺しながら人の為、人の為と言って生きていく…それに耐えられなかったから…その姿を見てられなかったから…自由に生きて欲しかったから兄ちゃんの前から姿を消したんじゃないの?」
荏原「……。」
ヒロ「もう一度聞くよ…兄ちゃんはそのやり方で誰かを幸せにしたことがあるの?そのやり方で幸せにすることは出来るの?」
荏原「……。」
ヒロ「兄ちゃんはそれで幸せなの?」
ヒロの方を見る荏原
ヒロ「自分の為に何か出来ない人間が、人のために何か出来るの?自分を幸せに出来ない人間が、人を幸せに出来るの?」
荏原「……。」
ヒロ「オレは昔兄ちゃんを犠牲にしてぬくぬく育って今の地位がある、オレはそんな兄ちゃんが帰ってくるのをずっと家で待ってる。オレはそんな兄ちゃんの邪魔は絶対誰にもさせない…もっと自分を大切にしてほしい。自分を殺すんじゃなく、自分の幸せを考えてほしい。自分のやりたい事を貫いてほしい。」
荏原「………。」
ヒロ「ごめん、兄ちゃん。」
足早に立ち去るヒロ
シーン70
運転免許センター近くの道路 七北田
スマートフォンで話している荏原
荏原「悪いけど、生徒と講師としての立場で話を聞くことは出来るけど、君のプライベートに足を突っ込むことは出来ない。一人の人間として君の人生を一生支えていくことも出来ない。これからは生徒と講師として責任ある立場で話をさせてもらう。」
ここまでを一息に言う
荏原「君のアドレスも消去するし、個人的なプライベートな連絡も一切受け付ける事は出来ない…ではまた、レッスン場で。」
スマートフォンの電源を切り、運転免許センターへ入っていく荏原
シーン71
チヒロの自宅 自室
一方的に電話を切られたチヒロは激昴する
電話をかけるチヒロ
チヒロ「もしもし、そちらでレッスンを受けてるチヒロです…社長いますか?はい、荏原先生に酷いことをされて…。」
泣くフリをするチヒロ
シーン72
運転免許センター 夕方
免許センターから出てくる荏原
免許を手にしている
歩きながらガッツポーズする荏原
泉中央駅へと歩いていく
シーン73
プロダクション 社長室前
荏原は緊張した面持ちでドアをノックする
荏原「荏原です…失礼します。」
社長室へ入る荏原
閉まるドア
シーン74
レッスン場 入口付近
ホワイトボードがあり、張り紙がしてある
張り紙には
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