1-63 鋼魔法の真髄

拳から吹き出る鮮血、ダリルは状況を整理すべく後ろへと距離をとり血が滴る拳を確認する。



(骨までには達していない···· だが、)


「どうしたんだ? そんなちょっと血が出ただけで驚いた顔をして」


(やはり硬い·····!)


ダリルは本気でドレファスを一撃で沈めるつもりで正拳突きを放ったが、意に反しその時まるで巨大な巖を打つような感覚に襲われる。


(なんという練度の身体強化魔法だ、金剛拳と自負するだけはあるか······· だが問題ないッッ! まだ『壊せる』範疇の硬さだッッ!!)


ダリルは深くゆっくりと深呼吸することで理合の強度を高める。


身体強化魔法と理合、共に貧弱な人間の肉体を強靭な魔物や魔族と渡り合えるレベルまで強化する似通っている術であるが、両方に精通するダリルはこれらを完全に別物であると定義していた。


この両者の最大の違いは、外側を強化するか内側を強化するかの点である。


ダリルの解釈だと身体強化魔法とはマナによって『鎧』、もしくは『外骨格』を構築する事、つまり身体の外側に体内で練ったマナを直接纏わせることで恐るべき攻撃と防御を実現させているのである。


それ故に元来の肉体の強靭さはあまり加味されず、女性で細身であるロベリアやストレリチアでも大男を圧倒出来るほどの怪力を発揮することが出来るのであると。



それに対し理合とはマナを『燃料』として稼働させる『内燃機関』、つまり体内で練ったマナを骨や筋肉に作用させることでこれらのポテンシャルを引き上げるものであると解釈していた。


そのため理合では逆に肉体の強靭さは大いにプラスに働き、その特性上身体強化魔法に比較して爆発的な攻撃力とより高い動作の精密性を可能足らしめているのである。


だが、反面防御力に関してはマナの関与は強化された骨と筋肉による間接的なものに留まり、脆弱なのだ。



そのためダリルの戦いの大原則は『攻撃は最大の防御』、誰が相手であろうと攻めて攻めて攻めあげることが必勝法であることを理解していた。



ドレファスは理合という存在どころか言葉自体知らない。だが男はダリルの中で練られているマナが強大かつ異質なものであることを本能で察知していた。


(やはりこいつは身体強化魔法とは別物だ、じゃなきゃ俺の鋼魔法が不意討ち云えど破られるはずがねぇ·····)




この男には鋼魔法の真髄、『全刃形態』がある。この魔法はその名の通り五体全てを目では見えないマナの鋭い刃で覆うのであり、それ即ち受ければ相手の四肢は針の筵に刺されたかのように破壊され、打てば身体をズタズタに引き裂き、噴水のようの血飛沫を発生させる一撃必殺の恐るべき技なのであるッッ!!


それに加え、硬質化により飛躍的に防御力も底上げしているドレファスはまさに要塞の如き堅牢さを持ってダリルを追い詰めている····· はずだったッッ!!


(くそっ! 完全に予測出来たのに反撃するどころか、思いの外良い一発を貰っちまった····!)


これ程の恐るべき能力を持ってしても、ダリル相手には未だ力不足であった!!


鳩尾への一撃はそう思うほどにドレファスは効いており、思わず激痛で顔を歪める。


そしてドレファスは認め難い事実を再認識する。目の前の男は呼吸を繰り返すだけで、傍目からみれば攻め立てるチャンスであるのにも関わらず、接近するのを躊躇うほど全く隙を見せない人物だということを。そしてこの男、ダリルは自分よりもはるかに格上であるとを──


だが、それでもドレファスは勝利を諦めていないッッ!


(あいつの拳は確かに俺の『全刃形態』で負傷した。ならば俺の攻撃も通用するはずッッ!! )


当たればガナードであろうとストレリチアであろうと必殺! ドレファスは意を決し、未だ深い呼吸を繰り返すダリルに対して特攻を開始するッッ!!


それに対しダリルは呼吸を止め、重心を低くして迎撃の構えをとるッッ!!


(惑わされるな! 例えどこを狙われようと俺の硬質化なら耐えられるはずッッ!)


現に先程の鳩尾への一撃は痛みこそあったものの、継戦能力には全く影響はなかった。


(一発だ···· 一発入ればそれで彼奴に勝てる····!)


ドレファスは敢えて最初の一撃を甘受しようとしていた。そしてそれを耐えきり反撃する事で勝利を掴もうと、喪いかけている強者のプライドを取り戻そうとしていたのである。


ドレファスが男の間合いへと侵入したとき、ダリルの左足が音を置き去りするほどの速度をもって繰り上げるッッ!!


(!? 狙いは頭かッッ!!)


頭で分かっていても本能までは欺けない·····


昨日の試合と先程の鳩尾への驚異的な一撃はそれほどまでにドレファスの真相心理に深い警戒感を恐怖を捻り込ませ、またしても集中力の乱れを誘発する。


そして、ダリルはその揺らぎを見逃す程甘い男ではない。


ダリルの左足による側頭部へのハイキックはフェイク、本当の狙いは───


「痛ッッッッッッ!!」


ドレファスの右太股へのローキックであるッッッッ!!!!



太股を弾く乾いた音ともにドレファスの悲痛な声が鳴り響く──


無論ダリルの左足も『全刃形態』の能力で無事であるはずがなく深い切り傷を負うが、皮肉なことにローキックを受けたドレファスはまるで切れ味の悪い斧で右太股が切り叩き落とされたかのような感覚と激痛に襲われるッッ!!


しかし、その痛みにのたうち回る時間すらドレファスには与えられない。何故なら既にダリルの追撃がすぐ側まで迫っていた───

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