第29話 決着 憤怒のノバス戦

 「絶招の……解禁を」


 そうノアが唱えた瞬間に決定的な変化が起きる。


 ノバスは総毛立つ。 


 (何が起きたのかわからない。けど――――恐怖。まるで凶悪な呪怨と対峙したように……)


 目前には深くダメージが刻まれ、脅威度が著しく低下しているはずのノア。


 だが、彼女の身に起きた変化。その凄まじい危険度にノバスは体の震えを抑えきれない。


 如実な変化は、その右腕。 まるで呪術に使用される媒体だ。


 殺意や敵意。そして悪意に闘気。 


 本来、エルフは物質文明ではなく、精神文明……神秘に従って生活を行う種族だ。 


 科学などには否定的……と言うよりも対極的な文明であり、精霊など、目に見えぬ……いや、存在すら不明であろうとも敬る精神を有している。


 だから、わかる。


 エルフは、そういう未知の現象に敏感なのだ。


 (突然、ノアの腕に現れた不可視の感情と言える存在は、伝説とも言われる悪霊のソレと同等……)


 およそ、1人の人間が持ち得る感情量ではあり得ない。


 それが右腕に収集されていく。


 戦慄。それを感じた直後、ノアが目前に出現していた。


 (―――ッ!? まるで幽霊のように! 一体、どうやって間合いを縮めたのだ!?) 


 ノバスが感じた通り、幽霊の如き緩やかな速度。 


 そうあるべきと言わんばかりに自然さ。 気がつけば、ノアのがノバスの胸を押す。


 決して強く押されたわけでもないにも関わらず、その圧力に抗えずにノバスは後ろに後退する。


 その直後、大地が揺れて地震が起きる。


 それはノアの踏み込み。 文字通りの――――


 震脚


 そして、完全なる震脚によって放たれる完全なる一撃。


 『猛虎硬爬山』



 ノバスはガラスが割れたような音を聞いた。


 それは自分の体内から――――存在しないはずのガラスが叩き割られた。


 (私の何が破壊されたのか……わからぬ。だが、この技は――――この世界に存在してはならない!)


 吐血。黒く濁った血液を吐き出し、ノバスは停止した。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


 果たして、無知な観客どもは目前の光景をどこまで理解できただろうか?


 だが、彼らも理解できないという事は理解している。


 そして、理解できない光景を理解できないまま――――狂乱した。


 勝者と敗者を称える声援。


 彼らの声は、バチバチと背中を叩くような――――風? 少なくとも質量を有して、ノアを揺さぶった。


 ノアは意識を失ってはいなかったが、それでも意識レベルは酷く低下している状態。


 頭の中が霧に覆われたようになっていたが――――それでも勝者が誰かはわかっている。


 ゆっくりと腕を上げる。


 勝ち名乗りだ。それで観客たちの声も大きく跳ね上がった。


 声援に答えながら、控室へ戻っていくノア。 対称的にまだ立てず、闘技場関係者の手によって運び出されていくノバス。


 その両者は見ている者がいる。 無論、ただの観客などではない。


 大きく広い個室。 闘技者たちを見下ろすように作られた特別席にいる男。


 「面白いね、彼……僕のトーナメントに出場してくれないかな?」


 そう独り言を漏らす男。 だが――――


 「わかりました。早速、接触いたします」


 その返事。誰もいないはずの空間から返ってきた。


 目に見えぬ技を持つ何者かが1人隠れていた。


 それを――――「じゃ、頼んだよ」と軽く言う部屋の主。


 彼の名前はウィリアム・マーシャル。 


 トーナメントと言うのは古くは騎士の時代、騎乗で戦う競技そのものを指す言葉であった。


 このウィリアム・マーシャルは馬上槍試合トーナメントにおいて500勝無敗。


 伝説の騎士であった。 


 そんな彼が主催するトーナメント(こちらは馬上試合ではない)にノア・バッドリッチが出場の打診をする。 それは今日がデビュー戦の新人に対しては、破格とも言える扱いである。


 ウィリアムは笑う。


 自身が主催するトーナメント。 参加の優先権が得られるのは、自分――――ウイリアム・マーシャルが面白いと思った闘技者のみ。


 だから、こそ……彼は笑っているのだ。


 心底、ノア・バッドリッチを面白いと判断したのだから……


 

 

 

  

 

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