第6話 ノアと八極拳?

 八極拳。


 さて、八極拳の特徴は『震脚』から繰り出される強烈な拳、掌、肘。


 その威力は一撃必殺とも言える。


 『震脚』とは地面を強く踏み込む動作。 


 踏み込みの強さ=パンチの強さ。この考えに結びつくのは八極拳だけではなく、多くの格闘技の共通認識とも言える。


 では、どうして地面を強く踏みつけるとパンチが強くなるのか?


 野球の投手ピッチャーを思い浮かべてほしい。


 片足を上げ、地面に足をつける。その勢いで上半身は大きく前のめりになり、加速した上半身から腕へ――――


 この動きと同じ事を格闘家はパンチを放つ時に行っている。


 無論、対人競技という性質上、相手に悟られぬように極小の動きで……だ。

 

 強く地面を踏み込み、上半身を加速させ、強烈なパンチを放つ。


 ……と言うのがノアの考えである。 


 (さて、閑話休題……現実逃避は終わらせて正気に戻ろうか)


 長時間、站樁を行っていたノアは正気を取り戻した。


 目前で指導しているエルフは自分を李書文と名乗った。


 李書文は八極拳を代表する職業武術家だ。


 さて、それはどういう事か?


 (もしかしたら、聞き間違いだろうか? 本当は、リーショファとか? ならエルフぽい名前だし……でも、八極拳って言ってるからなぁ……)


 数分経過


 (はっ! もしかして襲名制か! 何らかの事情で八極拳が異世界に伝わって、その伝承者が李書文を名乗るとか!)


 さらに数分経過。


 (そもそも、李書文って日本語読みだろ? 中国の人が読んだら、全然別の呼び方になるんじゃない……いや、そもそも異世界の言語を理解しているから……)


 さらに――――


 「もういいぞ」と李書文は言った。


 「え?」


 「……可愛げのない子供だな。平気なのか?」


 そう言うとノアの足元に指を刺した李書文。 つられて視線を下げてみると――――


 「うわっ! 足元にちっちゃい水たまりがっ!」


 長時間におよぶ、站樁。大量の汗が零れ落ち、太ももは痙攣を始めている。


 「呆れた奴だな。気がつかなかったのか? 暫くは、站樁のみだ覚悟しておけ」


 そう言うと屋敷の中に戻っていった李書文。残されたノアはと言うと、


 「うひゃ! 生まれたての小鹿みたいに下半身が言う事を聞かない!」

 

 プルプルと震える下半身。 四つん這いになって、何とか歩き始めた。


 今日の鍛錬が終わり、李書文は帰宅するのかと言えば、そうではない。


 客人としてバッドリッチ家に滞在するのだ。


 何も珍しい事ではない。


 才能に溢れる音楽家は貴族が屋敷への滞在を願う。


 食事や来客の時に演奏をしてもらうためだけに大金を払うのだ。


 それと同じで、李書文もグッドリッチ家の娘に武術を教える。そのために大金を受け取り、屋敷内に滞在している。

 

 音楽家と違うのは、李書文は客人として扱われるため食事も家の者と同じテーブルにつき、同じ物を食べる。


 そんなこんなで食事。 貴族らしく豪華とも言える食事が並べられる。


 ノアは李書文の目前に運ばれた料理を見た。


 すると目が合い「なんだ?」と短く聞かれた。


「えっと、先生はエルフなので食事は別の物になるのかと思いまして……」


 李書文の食事はノアと同じメニュー。


 エルフの多くは菜食主義者だ。 肉を好まない者が多い……と言うよりも殆どが肉を食さないはずなのだが……


「うむ……実を言えば、ワシは転生者じゃ」


「え?」


「詳しくは、言わぬ。だが、食事はエルフ本来の物よりもお主らと同じ物が好ましい」


 詳しくは言わない。そう言われると突っ込んだ質問をする事ができなくなった。


 そのまま、食べる姿ですら武骨な感じを受け、ノアの両親からの会話は淡々と答える李書文。


 しかし、彼が転生者であり、本物の李書文なのだとノアは確信したのだった。


 そんな事があり、数日が経過。 今日も今日とて、站樁が行われる。 


 しかし、今日は「うむ?」と李書文はノアの様子に変化を感じていた。

   

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