第16話 薄明の約束

一夜明け、集落の皆と共に壊された家々を一ノ瀬達は改修していた。突如現れたレドナの魔法により大樹はかなりの損傷を負っていたが、建造物には其ほどダメージはなく、集落の皆は大樹が守ってくれたと口々にしていた。








「、なあベル?」


「何だ一ノ瀬?口より手を動かせ!でなければ今日中に改修作業が終わらないぞ!」








そう口にしたベルトレはいつの間にか元の茄子の様な愛くるしい見た目に戻っており、その頭には捻りハチマキを着け、胴回りに着けた腰袋には釘とノコギリを入れ、レイヤの家の屋根で一ノ瀬と共にかなづちを振るう姿は、大工の棟梁の様だった。








「せっかく元の姿に戻れていたのに、何でまたその姿になってるんだ?」


一ノ瀬は手を休ませずに、作業を続けながらベルトレに聞いた。


「うむ、分からん!起きたらこうだった!」








何故か自信満々に答えるベルトレに少しイラッとした一ノ瀬だったが、それを知ってか知らずか、ベルトレは話しを続けた。


「昨日マルクスに胸を一突きされた後、レイヤとロゼッタに介抱されながら、体に魔力が満たされていく感覚を覚えた。だが、その魔力は、貴様とマルクスの魔力の気配に似ており、そのお陰で一時的に元の姿に戻れ、奴らを追い払う事ができた。」








一ノ瀬は少し前にクラインが使い魔の契約に関する説明を行った事を思い出していた。しかし、あの時言った内容では、一ノ瀬の魔力を使い魔であるベルトレに与えられるという事だけで、何故マルクスの魔力までベルトレに流れ込んだのかは分からなかった。








暫くして、お昼を作ってきたレイヤとロゼッタが一ノ瀬達を呼ぶ声が聞こえた。レイヤの家の修繕作業をしてくれていた他の種族の者達とも一緒に、二人の作ってきてくれたお昼ご飯をを食べながら、ふとクラインが居ないことに気付いた一ノ瀬が、ロゼッタに問いかけた。








「そういえば、クラインは何処に行ったんだ?」


その問いかけに答えたのはレイヤだった。


「クラインさんであれば、この上の一番損失が激しい大樹の裂け目に、これ以上裂け目が広がらないよう他の者と補強を入れてくれてますよ。お昼は一段落して取ると言われていました。」








一ノ瀬は確かに、家々を直しても大樹自体が倒れたらもともこもないなと考えた。




お昼休みの後、一ノ瀬達は夕方までに全ての家の改修を終えた。その頃にはクラインの方でも、大樹の裂け目に幾重にも木材や鉄で補強が架けられていた。








明日この場所を出て行くベルトレや一ノ瀬達を惜しみ、改修作業を終えた集落の者達は、昨晩に続いて、また大樹の根元で宴会をひらいた。そこには昨晩同様、まだ飲めない酒を獣人族に進められながら、鳥人族の娘達に迫られている一ノ瀬がいた。それを見たロゼッタは大層面白く無いような表情で頬を膨らましていた。








翌朝、皆がまだ寝静まり、日が上る少し前に、一人ベルトレは昨日直したばかりのレイヤ達と数年を過ごした家の中に居た。ベルトレは名残惜しむように家の家具や調度品に触れていき、暖炉の上に飾られた三本の短剣に目をやった。その時、後ろからレイヤが声をかけてきた。








「また、この場所から離れてしまうのですね。」


ベルトレは暖炉を向いたまま、背後のレイヤに語りかけた。








「以前は、この場所に我の居場所が無いと思っていた。それは我の勝手な罪の意識ではあったが、ここを離れた後、我輩はこの世界を憎み、魔導禁書の中でも最も秘匿されるべき禁術が記されたものを探していた。それはエルフ族が持つとされ、現在ロゼッタが所持している【崩壊の魔導禁書】だ。」


その言葉にレイヤは一瞬動揺したが、そのままベルトレは話しを続けた。








「だが、あの者達と出会い、アダムとイヴが愛し過ごしたこの世界を護る事がこんな我でもできるのでは?と思うようになってしまった。レイヤ、我はこの魔導禁書を持ち、あの者達と全ての魔導禁書を集め、葬り去るつもりだ。だからこの本を、我に譲ってくれぬか?」


レイヤは静かにベルトレに近づき、両膝を床に下ろして、ベルトレに答えた。








「いつかベルが旅を終え、この場所に迷わず戻って来れるように、私はあなたが戻るその時まで、この私達の家で明かりを灯しつづけます。だから約束してください。必ず帰ってくると。」






「ああ、必ず戻ってくる。その時まで、この家で待っていてくれるか?」






「はい。いつまでも。」






朝日が家具を照らしだす中、レイヤは暖炉を向いたままのベルトレの背に向かい、返事をした。




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