第1話 廃神殿
月の綺麗な夜、木々をかわしながら二人の男女が走っていた。
二人は共にボロボロのローブを身に纏い、少女の容姿はおおよそ10代前半程の幼い印象をあたえ、男性は180以上の背丈で、オールバックに眼鏡をかけ整った顔立ちからは真面目な印象をうける様相であった。そんな二人は背後より追いかけてくる狼のような魔獣から逃げていた。
時折男性は背後の魔獣に向けて火の魔法を放ち、牽制をかけていた。
「姫様、もうじき目当ての廃神殿にたどり着きます!神殿に着いたら私が奴等を留めますので、姫様は召還の儀を始めてください!」
男性の言葉に姫様と呼ばれた少女は言葉無く頷くと、二人の目の前に目当ての廃神殿が見えてきた。神殿の天井は落ち、無数の柱がそびえ立つその姿は、かつて神殿がこの地に立っていたことの証明をしているかのごとく、この場所の神聖さを感じさせていた。
「クライン!!」
姫様と言われた少女が後ろを振り向き、見開いた目で男性に叫んだ。クラインと呼ばれた男性の背後に魔獣が飛びかかってきたのだ。
「うおおっ!!?」(ボン!)
急な襲撃に驚いて、男性は火の魔法を暴発させてしまい彼を中心とした火の柱が少女の背後であがった。
その間に廃神殿の前の開けた空き地に姫様と呼ばれた少女が森からでてきた。その少女は神殿前で立ち止まり、荒く肩で息をしながら後ろを振り向き、クラインの安否を気にするように呟いた。
「はあ、はあ、はあ、クライン。」
その瞬間少女が荒れ地に出てきた木々のあたりから爆発がおき、一人の人影が此方に向かって全力でダッシュしているのが見えた。
「ひーめーさーまぁぁぁぁぁ!!!!」
女性を呼び止めるが如く、眼鏡をかけ真顔で叫んでる男性がどんどん近付いていたが、雲から月明かりが男性を照らし出した時、少女の視界には全裸で此方に向かって来ている男性がいた。
その様子を見てひきつった表情をみせる少女の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
「キャーーー!!!?」 (ズドン!!)「ぐっふぉ!??」
少女は目前まで近付いた男性のボディーに風の魔法をまとわせた右腕で、まるで突風が吹き荒れたような速度で正拳突きをいれたのであった。
「クライン!?ご、ごめんなさい!つい反射的に打っちゃった!でもあの火柱の中から生きのびれたようで良かったわ!!」
クラインと呼ばれた男性はトドメの一撃をくらい、体を丸め、ピクピクと痙攣させながら少女にこたえた。
「ひ、火の魔法使いには完全ではないですが、火から身を守る加護が付与されますので、衣服が全焼する業火であっても死ぬ事は、そ、そうそうにありません。」
ボロボロのローブを着た少女の眼前で、全裸の男性がうずくまっているこの状態を一言で言うならば、「カオス」の一言で事足りているといえるだろう。
「ひ、姫様、まだ手負いの魔獣を含め、こちらの魔法に一度怯んだ魔獣が引き返してこないとも限りません。今のうちに神殿の中央にて召喚の儀を行って下さい。」
「分かりました。直ぐに戻りますので、儀式の間よろしくお願いいたします!」
そう言葉にして、少女は柱だけが残る廃神殿の中央へ急いだ。神殿中央までたどり着くと、そこは広間になり、先ほどまで森の木々の如く立っていた柱が取り囲むように円形に開けていた。
「神殿の中央に置き、東の方角を向く。」
少女は広間の中央に魔法陣の描かれた紙を置き、紙をはさんで東の方角を向くように移動した。そして彼女は両手をひじの高さまであげ手のひらを上に向けて祈りを捧げるように静かに歌いだした。
繊細で美しく響くその歌声は、どこか悲しげに聴こえ、この場にその歌をききいれる者が居れば、固唾をのむ事すら避けてしまうほどに尊ばれるほどであった。
「♪」
歌が成されると同時に紙の魔法陣が輝き始め、次第に紙に描かれた陣が全て光った瞬間、神殿の広間が眩い光に埋め尽くされた。
歌が終わるその時光が少女の対面に集まり形を成していった。それは人の様な形となり光がおさまるにつれて、1人の青年が姿を現した。
少女はゆっくりと瞼を開け、対面する青年も同じ速度で瞼をあけた。双方共に目が合い、暫くして戸惑いつつ青年が問いかけた。
「、、、あの~?バイト募集を見て来たんですが?、、、ここは何処でしょうか?」
「、、、え?あっと~?ここは(メリア)という国の廃神殿の中です。私はエルフ族の王族の一人、(ロゼッタ)と言います。あなたを伝導者の言葉を頼りに召還させていただきました。」
青年の言うアルバイト募集の意味が分からず困惑しつつ、ロゼッタと名乗った少女は自己紹介と、説明をおこなった。
「貴方のお名前は?」
少女の言葉に今一つピンとこない青年は、とりあえず自らも名乗ることにした。
「えっと、俺は(一ノ瀬)と言います。高校2年の16才です。」
(一ノ瀬)と名乗った青年は、高校の学生服であろう紺色のブレザーを着ており、髪は目元まであり、長くも短くもない一般的な感じで、どこか気の抜けた印象をあたえるが、男女問わず友好的な外観であった。
月明かりが一ノ瀬の顔を照らしだし、その顔をきちんと確認できた時、穏やかな風が少女の顔を隠していたローブからまるで作り物のような可愛らしい顔立ちと、短くも風にただよい月明かりで輝いてみえた黒髪が姿を現した。
二人は改めて相手を確認し、その見た目の美しさに一ノ瀬はロゼッタに見とれてしまい、ロゼッタもまた今まで見たことない人種に興味本位から一ノ瀬を眺めていた。その時間は一瞬ではあったが、二人は月が雲に隠れる一時を運命のように感じた。
(ズドーーン!)二人が見つめ合うなか、神殿の入り口から爆発のような音が響き渡った。
「!?クライン!!」
ロゼッタは、入り口で魔獣の足止めをしているであろうクラインの事と、その魔獣の主の存在を思い出し、一ノ瀬に問いかけた。
「お願い!私と一緒にこの世界を救う手助けをして!色々な思いはあるでしょうけど、今直ぐ返答をしなくていいから、今は一緒に来て!」「え!?ちょっと!」
先程の爆発音に驚いていた一ノ瀬は、ロゼッタの問いかけで我にかえった。この世界の事も自分にに降りかかった事も何も分かりきっていない状態の青年がロゼッタ以外に今頼る相手がいないため、青年は少女から差し出された手を握る以外に選択肢はなかった。
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