4. 食べ足りないと顔に書いてあるよ?
「誰だ?」
匂いをたどって近づくと――
視界に映ったのは、学園の制服を着た私と同い年ぐらいの少年の後ろ姿。
こちらに背を向けたまま振り返りもせず、一心に鍋をかき回しています。
ああ、美味しそう……
じゃなくて。
「エルネスティ・マリアンヌと申しますわ」
重要な課題である遠征の最中に、この人は何をしているのでしょうか?
「何だってこんなところに?」
「それはこちらのセリフです。
どこの誰だか存じませんが、こんな所で何をなさっているんですか?」
グツグツと鍋は沸き立つ鍋からは、良い匂いが漂ってきます。
ここ半日歩きとおした身には、なかなか魅力的な匂いではありますが……
「見て分からないかい? 鍋を作っているのさ」
「見れば分かります。
なんでこんな場所で鍋を作っているんですか!?」
わざとやってるんですかね?
「そんなところで火を起こしたら、モンスターを呼び寄せます!
それにその匂い、遠くまで漂ってました。
学園で学ぶまでもない常識ですよ、それこそ子供でも知ってる常識ですよ!」
思わず大声を出してしまった私に、
「マリアンヌ嬢……」
「何ですか?」
「あまり大声を上げると、モンスターをおびき寄せる。静かにしてもらえないだろうか……」
困ったようなのんびりとした声。
「誰・の・せ・い・で・す・か!」
どこまでもマイペース。
まったくペースが一向に掴めない人です。
いまだにこちらに視線を向けもせず、鍋をかき回し続ける集中力には驚かされます。
まったくもって見習いたくはないですが。
「まあまあ。そうだ、せっかくだし一緒に食べないかい?」
「……結構です。持ってきた保存食がありますので」
注意しておきながらご飯はもらうというのも、恥ずかしい気がしますね。
断ろうとした私ですが、体は正直です。
空腹を訴えるように、グゥっとお腹が音を発しました。
「我慢する必要はないよ?」
「分かりました、いただきましょう」
――変に意地を張っても仕方ないですね。
あっという間の手のひら返し。
……次期王妃としての責任から、今までは我慢に我慢を重ねる生活でした。
少しぐらい自らの欲望に正直に生きてもバチは当たらないでしょう。
私は、彼の正面に移動して
――どこかで見たような気がしますね
小首をかしげました。
鍋を美味しそうに食べる少年は、瞳をキラキラさせ無邪気な表情を浮かべています。
特徴的な白髪に、エメラルドグリーンの瞳。
どこかで見たような気がしますが、思い出せません。
そんなことよりも、今は目の前のお鍋です。
――本当に美味しそう。
「お待ちどうさん」
彼はどこからか器を取り出しました。
手際よく鍋をよそうと、こちらに渡してきました。
「ありがとうございます」
思っていたより、遥かにお腹が空いていたようです。
パーティーから追放され、危険地帯を1人で彷徨っていた今まではいわば緊急事態。
アドレナリンがドバドバと出ていた状態です。
こうして落ち着いてみると、一気に食欲が戻ってきました。
「こんなにあるからな。慌てる必要はないぞ?」
美味しい――!
匂いから予想していましたが、これほどまでだとは……!
わき目も振らず、ぺろりとと平らげてしまいました。
そんな私の様子を、目の前の彼はどこか呆れた様子で眺めていました。
……今までならこんな食べ方は決してしませんでした。
「……こほん。美味しかったです、ごちそうさまでした」
「おかわりもあるぞ」
非常に魅力的ですが、これ以上はNGです。
見ず知らずの人とはいえ、いきなり食いしん坊イメージを持たれるのは遠慮したいところです。
婚約破棄された公爵令嬢。
すでに名誉は地に落ちたと言っても過言ではないですが、それとこれとは話が別です。
「……お気遣いありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
「そう? 食べ足りないと顔に書いてあるよ?」
……先ほど、自らの欲望に少しだけ素直になろうと思ったばかりでしたね。
たまには素直に生きても良いかもしれません。
「……では、もう少し」
それにしても、この方は誰なのでしょうか?
今回の遠征にあたっての、パーティーメンバーもいないみたいですし。
「そういえばパーティーメンバーはいないのですか?」
「ああ……それはだね…………。
というかマリアンヌ嬢? 僕を見て、本当に誰か分からないのかい?」
そう言われても……
顔をじーっと眺めながら記憶を探りますが
「申し訳ありません。見覚えはある……ような気もするのですが。
どこかでお会いしましたかね?」
見覚えはあるのですが、さっぱり記憶に引っかかりません。
同じ学園に通う学友です。
どこかですれ違ったことはあるのでしょうが……。
言ってみればそれだけですし、名前と顔が一致していないことぐらい許して欲しいです。
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