【13章】先生として

【2-5a】覇道の剣

 壁一面の窓ガラスから青い月光が差し込むとある一室。


 レンガの床に敷き詰められるように置かれた鉢の一つをシャウトゥは見ていた。


 先程まで激しい緑の光を放っていたギネヴィアの鉢の光が消え失せ、咲いた花は土に枯れ落ちている。


「……。二度と同じ過ちを繰り返すつもりはないのに……」


 シャウトゥは冷めた顔でギネヴィアの鉢目掛けて蹴りを放った。ギネヴィアの鉢は砕け、土が散乱し、他の学徒の鉢も巻き添えで壊れる。


「どうしてあなたが憎たらしいのかしら、迅」


 すると突然扉が軋む音を上げて開かれた。


「アーサー」


 アーサーは散乱した鉢を見てやれやれと首を横に振る。


「聖女とあろう者が見苦しいんじゃないか?」


「……。生徒に粗相を見られるなんて、私としたことがお嫁に行けないわね。ふふっ」


 シャウトゥは顔を見られないようにアーサーに背中を向けて笑ってみせる。


 アーサーは大きなあくびをして、


「で? こんな時間に呼び出すなんて人使いが荒い学院長だな。用があるんだろ?」


 現在0時を回っていた。アーサーはブローチによって思念草の飼育部屋に呼び出されたのだった。


「ここに呼んで申し訳ありませんが、用はここではありません。行きましょう、抜剣の間へ……」


 シャウトゥはそう言うと、アーサーより先に部屋を出る。アーサーはそのままの鉢植えに目をやったが何もせずシャウトゥについて行った。













 青い火のキャンドルで照らされた石畳の部屋。奥に多種多様な剣が刺さっており、部屋の中央には緑色に光る剣カリバーンが刺さっている。


「懐かしいな。コールブランドに選ばれたときの周りのどよめき、また見てみたいもんだ」


 懐かしい思い出に笑うアーサー。一方シャウトゥはそんなアーサーの言葉に振り向きもせず、カリバーンのもとへ歩いていった。


 シャウトゥがカリバーンに人差し指一本で触れると、一瞬どこからか強い風が吹いた。


「なんだ、今の?」


「……。相変わらず、私は他の霊晶剣に嫌われているみたいですね」


「? どういうことだ? 霊晶剣に触れられないのは魔族なんじゃ……」


「魔族……。魔族とはなんでしょうか? 人間とどんな違いがあって剣に触れられないのでしょうか? 知恵? 見た目のおどろおとろしさ? 関係ありません。魔族も霊晶剣の持ち主たり得ますよ」


「伝承は違うってことか。それをアンタは知っていたんだな」


「どうしますか? 私を学院から追放しますか?」


「いや、真実に興味ないな。俺はアンタを利用できればそれでいい」


「結構。ギネヴィアさえ魔族側に堕ちた今、頼みの綱はあなただけ。今からあなたにさらなる力を授けましょう」


 シャウトゥは「こちらへ」とカリバーンの側へ誘いかけ、アーサーは応じた。カリバーンの真正面に立つ。


「さぁ、抜いてください」


「なんだって?」


「このカリバーンをあなたに授けましょう。今のあなたであればこの剣も応えるでしょう」


 霊晶剣は一人に一つ、という制約があったはずだが、疑問を傍に置いてシャウトゥの言うとおりカリバーンの柄を握りしめる。


 引き抜こうとするが、剣が抵抗しているように簡単には引き抜けない。


「ぐ、ぐぅぅう……!!」


 カリバーンとアーサーに電気のような光が走る。その様子をシャウトゥは静かに見守る。


「俺は……、俺を受け入れてくれたこの世界を守る……! 守らなきゃいけないんだ……! それが俺の宿命なんだ!!」


 電気のような光は激しさを増して抵抗をする。しかし、アーサーの力に負けて、ついにカリバーンは台から抜けた。


「カリバーンが……!」


 抜けたカリバーンは光となりアーサーの左腕に吸収された。


 アーサーはすぐさま袖をめくり、剣印を確認すると、赤いコールブランドの剣印とは違った白い剣印となっていた。


「これは……」


「おめでとう。これでコールブランドは新しい剣として生まれ変わりました。新しい剣の名前は、分かりますね?」


「あぁ……。ああ……! この力があれば俺は全てを取り戻せる……! 『覇道の剣 エクスカリバー』!! はは、ハハハハハハ!!」


 アーサーは取り出した新しい剣を見つめて、純粋な笑いを上げた。その様子を見ていたシャウトゥも笑みを浮かべ、アーサーの傍に寄る。


「おめでとう。あなたは今まさに、この世界の闇に抗う勇者となったのよ。そして今こそ始めましょう。この世界に一切の闇は必要ありません……!!」


 シャウトは両手を広げ、体が白い光に包まれる。そして、シャウトゥの足下からヤドリギが生い茂り、部屋を侵食し始めた。














 強風の術によって損害を受けた集落。だいたいのハウスは破壊され、集落の住民や魔族側に下った学徒、そして魔族が協力して集落の修復に走っていた。


 唯一破壊を免れた漁業班のハウスを借りて彼らは話し合っていた。


「つまり、あなたたちはガヴェインの死に関わっていないのですね?」


 パーシヴァルの問いに迅たちはただ頷いた。


「じゃあ、ガヴェインは誰に……」


 弱々しくなったナーディアはうつむいて疑問を呟く。


「……。僕は、アーサーが怪しいと思う」


「アーサーが!?」


 ここにいる誰もが驚愕した。


「パーシヴァル、アーサーが殺したなんて本気で思ってるんですか!?」


 アナスタシアがパーシヴァルに突っかかるが、パーシヴァルはそのまま続けた。


「まだ勘の域を抜けないけど、ガヴェインの訃報からあの返り血だからね。そう考えても筋が通ってしまう。きわめつきは……」


 ギネヴィアを見る。直立こそしているが、両手が力なくぶら下がっているようだった。


「学院長が僕たちに教えた剣憑依。禁じられた術とは聞いていたけど、こんな代償があったとはね」


「……」


 流石のアナスタシアでも言葉を失ってしまった。証拠と確認してもナーディアの手は冷たく、ピクリとも動かなかった。


 アナスタシアが恐る恐る頭を下げ、


「みなさん、学院が……、ワタクシ達がご迷惑をおかけしました……。ワタクシ達が信じてきたものがこんなに恐ろしかったなんて……」


 エヴァンが語った歴史の真実、そして王国が多数所有している霊晶剣の正体。全てを聞いてアナスタシアは気迫がなくなっていた。


「顔を上げなさい、アナスタシアくん」


「オルフェ……教官……?」


「確かに我々が信じてきたものは過ちだったかもしれない。しかし、我々は何も終わってない。これで終わりにするか、これから始めるか、それは君たちで選べるんだよ」


「選べる……。ワタクシ達が……」


 オルフェが教え子たちに諭す。


「アーサーが人を殺めたなんて信じられません。かつてBクラスの落ちこぼれだったワタクシに剣や術の使い方を教えてくれてSクラスに導いてくれました。だから、自分の目で真実を確かめます」


「アナスタシア、お前も変われるじゃねぇか」


「あなたもね、テッカンさん」


 鉄幹とアナスタシアがお互いを認めあった。

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