第660話 エリナのところへ

「プリ。ベーいたよ!」


 荷車を点検していると、アリザの声がした。


 なんだいと振り返ると、べちっ! となにかが顔に張りついた。なんだいいったい?


 剥がしてみると、なにやら涙目のプリッつあんだった。だからなに、いったい?


「なんでベーはわたしを置いていくのよぉ~!」


「置いていくって、頭の上にいたんじゃなかったのか? オレ的にはいつも頭の上にいるって認識だったんだがな」


 まあ、いなくてもいると思ってるのは秘密ダ、ヨッ。


「つーか、カイナから転移バッチもらってんだから置いていかれたとしても頭の上に飛んで来ればイイだろうがよ。人の頭の上に住んでんだからイメージもしやすいだろうが」


 よくは知らんが、感じからして転移バッチは、かなり高度な魔道具だ。目的地をイメージしたら転移バッチが補正だか補助して飛ぶはず。でなきゃ部屋の中とか転移できんわ。そこに人か物があったら大惨事になんだからよ。


「……できるの、そんなこと……?」


「やってみたらイイだろう。論より証拠だ」


 わかったと手の中のプリッつあんが消失。三秒後に頭の上に現れた。


「本当だ、できたぁっ!!」


 え、マジで!? とか思ったのは内緒。よかったよかったと頷いて荷車の点検を再開した。


「…………」


「なんだいアリザ?」


 しゃがんでオレをじっと見詰めるアリザさん。バレたか!?


「本物のベー?」


 ――ほっ。どうやら分身の術のことを不思議がってるだけか。驚かすなよ。


「本物だよ。ところでアリザはこのあと暇か?」


「たぶん暇だと思う」


 んー。どうも中身はモコモコガールのままみてーだな。このままじゃアホな子一直線だぜ。


「アリザは勉強とかしたいか? 字を書いたり計算したりするの?」


「それ美味しいの?」


 アリザの中では美味しいか美味しくないかのどちらからしい。もうすでにアホの子でした。


「ドレミ。バリラがどこにいるかわかるか?」


 困ったときのドレミ網。君ならできる!


「地下の図書館にいます」


 ほんとにできたドレミに敬礼!


「今度からアリザも勉強に混ぜるからと伝えてくれや」


「畏まりました。……バリラ様が了解とのことです」


 オレの周りが万能過ぎますてちょっと怖いです。


「アリザ。明日から勉強だ。しっかり学んでしっかり遊べよ」


 バリラ、君に任せた! 思うがままにやってください。あと、ゴメン!


「ベー! 悪い、調子に乗った!」


 と、リュケルトがやっと帰って来た。もううちで働けよ、そんなに馬が気に入ったらよ……。


 なんて言ったところで聞くわけもねー。アホたれと吐き捨て、隣んちの牧草地で草を食むリファエルを連れて来るように命じた。


 さすが馬を扱うのが上手いだけあって、難なくリファエルを連れて来た。最近出番がねーから更にアホになってんだよな、こいつは。


「どこにいくんだ?」


「他種族多民族国家の王さまんとこだよ」


 あ、いや、エリナ女だから女王になんのか? つーかそれ以前に、あれを王として見てイイのか?


「王って!? いや、王がいて当然なんだが……今さらながらにしてお前ってスゲーのな。王と村人なんて天と地ぐらい離れてるじゃねーかよ」


 天と地ほど離れてたらオレの人生、超ハッピーだったんだがな。我が出会い運が憎いよ……。


「そんな大したもんじゃねーよ。あれはただの引きこもりだ」


 できれば一生閉じ籠って欲しいが、あれはいるだけで腐毒を撒き散らすから参るよ……。


「あ、あの、もしかして、我らもいくのですか?」


「当たり前だろう。あんたらに提供する土地はあの腐王の領域なんだからよ。顔合わせしておかなくちゃ狩られるぞ、あんたら」


 サラヤ村で見たイケメンなゴブリンとその部下たちの装備の前に勝てるヤツはなかなかいねー。虐殺なんてされたら今後の計画に支障を来すわ。


「よし。壊れてるところはねーな」


 結界で補強してんじゃねーの? とか言われそうだが、なんでもかんでも結界補強してると腕と勘が鈍る。たまにこうやって慣らさねーと村人してやってけねーんだよ。


「リュケルト。リファエルを繋いでくれ。ドレミ。厨房にいって焼き芋をもらって来てくれ」


「赤がすぐに持って参ります」


 ドレミ増殖中って感じだな。まあ、他にもいろいろ増殖してっけどよ、我が家は……。


 しばらくして赤髪のドレミがやって来た。大きな籠を抱えて。ってか、サツマイモ、そんなにもらったっけ?


 なんて疑問に思ったが、きっと女子諸君がなんかしたんだろう。立ち入らないのが吉だ。


「ほれ、皆乗れや」


 籠を荷台に積み、御者台に登った。


「おれもいかなくちゃならんのか?」


「助けたのなら最後まで面倒見ろ。この二人にはリュケルトが唯一の支えなんだからよ」


 右も左もわかんねーどころか、オレのこともわかってねー。まだ猜疑心があるだろう。そんな状態でオレを信じろってのが無茶。オレを信頼するリュケルトがいなくちゃ二人は安心しねーよ。


「はぁ~。わかったよ。同じエルフだもんな。見過ごせねーか」


 そんな男だからこそ、オレはリュケルトと友達になれたことを誇りに思うよ。


 リュケルトや二人が荷台に乗り込むのを確認し、リファエルの尻にムチを入れた。

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