第473話 キャッチボール

 次の日の朝、ちょっと遅めの起床となった。


 昨日は、遅くまで騒いでいたのでしょうがねーか。


 まあ、オレは少食で酒を飲まねーので並べられた料理をタッパ(的な陶器の入れ物)に入れることに終始したがな。


「んううぅう……」


 その喘ぎに横を見ると、完全に酔い潰れたフェリエが寝ていた。


 オレと違って酒に強いフェリエだが、昨日はさすがに飲み過ぎたようで、いつもの時間に起きる気配はなかった。


「ご苦労さん」


 オレの代わりに飲んでくれたフェリエに労りの言葉をかけてやり、収納鞄から水差しを出し、魔術で氷を創り出した。あと、いつ起きるかわからんので結界で溶けないように包んだ。


「さて。顔でも洗いにいくか」


 備え付けの洗面台がないので、外の水場へと向かった。


 今は朝の六時過ぎくらいだが、宿はとっくに起きており、食堂には朝食を取っている客がちらほらといた。


「あ、おはようございます」


 カウンターの前を通ると、女将さんに挨拶された。


「おう、おはようさん。水場を借りるよ」


「はい。どうぞ。手拭きはお持ちで?」


「ああ。持ってるよ。んじゃ」


 言って中庭と出て水場へと向かう。


 水場と言っても井戸があり、その横にタライや桶があるくらい。もうちょっと高級な宿なら部屋に水瓶やタライが備え付けられてるらしいが、我が家と比べたらどちらもどっこいどっこい。なんの差もありゃしねーわ。


 一日くらい風呂に入らんとも平気だが、こーゆー旅のもとでは風呂に入りてーもんだな。


「温泉とかでゆっくりしたいもんだ」


 薪湯もイイが、やっぱ温泉に入ってよく冷えたコーヒーとか飲みてーもんだぜ。


 そんなことを考えながら顔を洗い、歯を磨く。


 すっきりさっぱりとはいかねーが、まあ、体は完全に目覚めた。


 よっ、ほっ、ん、と軽く柔軟体操をしてズボンのポケットから魔剣バットを出して素振りを始めた。


 親父殿に仕事を譲ってからのオレの新しい日課である。


 とは言っても旅に出てから始めたもんで、まだしっくりはこねーが、継続は力なり。いやまあ、ちょっと違うが、やり続けての日課だ。


「よっ、ほっ、ふん、とー」


 右打ち左打ちと計百回の素振りをした。


「ふぅ~。やっぱ運動不足だな」


 去年までは百回やっても息切れしなかったんだが、八十回辺りで厳しくなった。やっぱ続けてこそなんだな。


 収納鞄から鉄球を一つ取り出し、お手玉や曲芸をしてバットの扱いを訓練した。


「なにやってるの?」


 と、声がして振り返ると、革のズボンにヨレヨレの肌着を着たデカい……ねーちゃんがいた。


 身長は二メートル。その厳つい体に男かと思ったが、その巨大な二つの膨らみに女であることを理解した。


 二メートルもある身長だけでも驚きなのに、そのねーちゃんの髪は金髪。それもアフロときやがった。


 なかなかインパクトのある金髪アフロのねーちゃんだが、その目は愛嬌があり、雰囲気がどことなく親父殿に似ていた。


「訓練さ」


 さも当然のように答えた。


「曲芸師かい?」


「いや、ただの村人だよ。これはオレの得物さ」


 バットの上に鉄球を乗せてバランスを訓練からお手玉に代え、金髪アフロのねーちゃんにノックした。


 軽く人を吹き飛ばせる威力だが、金髪アフロのねーちゃんは余裕でキャッチした。


 ほぉ~。なかなかの腕前のようだ。


「鉄かい。なるほど、得物だね」


 と、軽く人が殺せるくらいの速度でこちらに投球してきた。


 なかなかイイ腕してんじゃん。世が世なら大投手になってるぜ。


 バシ! と、心地よい音をさせてキャッチする。


「オークなら一殺だな」


「まるでオークを倒したセリフだね」


 その返しに苦笑する。口での返しもイイこって。


「オークは旨いからな」


 これもさも当然に返した。


「村人じゃなかったのかい?」


「冒険者は魔物を狩ってなければ冒険者じゃないのかい?」


 冒険者だっていろいろやるし、専門分野がある。剣士もいれば魔術師もいる。それらを総称して冒険者と言う。なら、村で生活している者を総称して村人と言うのはおかしなことじゃねーだろう?


「ふふ。確かにそーだ」


「ねーちゃんはA級かい?」


「あたしを知ってるのかい?」


 探るような目を向けてきた。


「いや、初対面であり名も知らねーな」


 名前は直ぐ忘れるオレだが、一度見た顔は……ときどき忘れます。が、これだけインパクトのある金髪アフロは一度見たら一生忘れねーよ。


「じゃあ、どうしてあたしをA級だと思うんだい?」


「なんとなく、雰囲気がうちの親父殿と似てたから、かな?」


 雰囲気や立ち振舞い、魔力の具合からしてそう思ったのだ。


「親父殿?」


「赤き迅雷のザンバリーと言えば、帝国方面でもちと名前が知られていると思うんだがな?」


 結構、ワールドワイドに動いてた冒険者パーティーだからな。


「ザンバリーだって!?」


 お、やっぱり知ってたかい。


「いや、だが、ザンバリー様は、独身じゃなかったかい?」


「つい最近子持ちの女と結婚したんだよ。その義理の息子がオレ。ヴィベルファクフィニー……なんだっけ? フーじゃなくてハーでもなくて……ま、まあ、そんな感じだ」


 オレはオレ。なんでもイイわ。


「……なんか適当な坊やだね……」


「よく言われる。それよりねーちゃん。暇ならちょっと付き合えや。オレの投げる球を受け止めるヤツがなかなかいなくてよ、ちょっと寂しかったんだわ」


「そりゃ、あんなの受け止められんの滅多にいないよ。いるほうがびっくりだわ」


「だろうな。オレもびっくりするわ」


 いや、勇者ちゃんとかカイナとかなら可能だが、どちらも付き合ってくれそうにない。キャッチボールは二人いねーとできねーもんなんだよ。


「ふふ。まあ、あたしも付き合ってくれる相手がいないからね、いいよ。付き合ってやるよ」


 体や口だけではなく性格もイイよーだ。


「ありがとよ。んじゃ、いくぜ!」


「遠慮なくきな」


 今生初のキャッチボールを開始した。

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