第246話 女はコエー
鍋は大盛況でシメのうどんまで平らげてしまった。
……オレ、まだ食ってねぇんだけど……。
うちでは早いもの勝ち、なんて言うルールが存在しねーから、バーゲンセールのような争奪戦みたいな中に入る勇気がねーんだよな。
「あー旨かった」
そりゃなによりで。出した甲斐があるってもんだよ。
まっ、しゃーねーな。こんな満足そうな顔されたらなんも言えねーよ。ここは良かったと納得しておくか。
とは言え、一日三食な体になっているので、なんか食わねーと力が出ねー。つーことで、こんなときのためのジャムパンである。
コーヒーとジャムパン。オレには最強の黄金コンビだ。
うん。ブララジャムがウメー。コーヒーウメー。黄金コンビスゲー。
なんて黄金コンビを味わっていると、なにか視線を感じた。それも熱のこもった視線を……。
なんだと食うのを止めて周りに目を向けると、会長さんの娘──と、周りにいた女性陣がこちらを見ていた。
「な、なんだい?」
その女特有の迫力に押され、逃げ腰になってしまった。
……まさに獲物前にした女豹の眼まなこ。報酬にと髪飾り出したときのそれだな……。
この精神的にくる圧力は何度経験しても嫌なもんだな。これならオーガ百匹に囲まれている方が何百倍も心安らかだぜ……。
「……ベーくん、それ……」
と、オレを指差しながらゾンビのように近寄ってくる女性陣。逃げてイイですか?
なんてビビっている間に女性陣に囲まれてしまった。
助けてプリーズと女性陣の隙間から会長さんに助けを求めるが、光の速さで目を反らされてしまった。裏切り者ぉぉぉ!!
「え、えーと、なんでございましょう?」
こーゆーときの女に逆らってもイイことはねー。斬首台に昇る聖人になったように身も心も天に委ねましょう、だ。
「それ、ブララのジャム?」
「は、はい。そうでございます」
ここから救われるなら親でも子でもオレは売るぞ。
「あるの?」
そこで『なにが?』とボケたらオレに明日はない。察しなければ地獄いき。ここで男が試される。オレよ、命のコスモを燃やすのだ!
そんな刹那的時間のもと、オレは収納鞄に手を突っ込んで、ありったけのブララジャムを取り出した。
「ど、どうぞ」
オレの命、ブララジャム以下。なんてショックなんぞあるわけねー。女性陣がブララジャムに飛びつく瞬間の隙間から光速で逃げ出した。
「こんのぉ裏切りもんがぁっ!」
直ぐ様会長さんを締め上げた。
「わしだって命は大切なんだ!」
「なんの逆切れだよ! 娘のために死にやがれ!」
「うるさいわい! お前こそ女のために死ね!」
なんて低次元なことしてたら気力が萎え、近くにあった椅子へと座った。
「……ほんと、女はコエーな……」
まったく、あの本性を知らずに生きられたらどんなに幸せか。やっぱ、男はバカでいなくちゃやってらんねーんだな……。
「それはお前が悪いよ。料理がこれだけ遅れているのに、甘いものが発展してる訳ねーだろうが。しかもブララジャムは最高級品の甘菓子だ。女どもが願ってもやまないものを軽く出せばたくさんあると思うのが女心だ」
そんな女心なんて知らねーし、知りたくねーよ。とは言え、あんなの二度も経験したくねーしな、心に深く刻んでおこう。うん!
「……にしても、ブララが王都まで流れているとはな」
王都から帝国や近隣の国に向かう隊商に売れてたから王都には流れてないと思ってたんだが、隊商ナメてたか?
「その口振りからしてお前が出所だとわかってしまうのがなんか悲しいが、王都で流れているブララジャムは違うぞ」
ナヌ? 違うとな。
「たぶん、王都で流れているブララジャムは、お前が流しているものより質は下だ。女どもの顔がいい証拠だ」
さっきの修羅のような気配はどこへやら。まるでメルヘンが漂っているかのような激甘な表情であった。
「なにが違うんだ?」
「さーな。サプルに任せてるから知らん。が、砂糖をケチってんじゃねーの?」
見ている限り、そんな難しいことはしてなかったし、甘いのは砂糖だと思っていた。まあ、よくは知らん。
「……砂糖とか、どっから手に入れてんだよ、お前は……」
「南の大陸からだが? あれ、会長さんにラーシュのこと言ってなかったか?」
言ったような言わなかったような……どうだったっけ?
「いや、文通してるとは聞いたが、砂糖をもらってるとか聞いてねーよ!」
あ、言ってたか。なんか遠い昔のようで記憶になかったぜ。
「オレにはコレがあっからな、いろいろ物を交換し合ってんだよ。あっちにあってこっちにねーもの。こっちにあってあっちにねーものとかな」
南の大陸は食材は豊富なんだが、薬草が極端に少なく、薬学が遅れているのだ。
だから薬関係を多くしているから会長さんに集めてもらってんだよ。
「……貿易商より貿易してんなお前は……」
「うちで消費するくらいの量しかもらってねーよ」
まあ、保存庫に行くが、消費は消費だ。間違っちゃいねーぜ。
「そんで、ブララジャムはこっちに流せるだけあんのか?」
「砂糖は他にも使うし、隊商からも注文受けてっからな、そう大量には流せねーぞ。イイとこ、その土鍋で十杯かそこらだな」
「……多いわ! とか言えねぇか。ブララジャムは貴族にも人気だからな。庶民には回らんか」
「じゃあ、来年からは倍にしてもらうか。あっちじゃ砂糖は安いみてーだからな」
元はザリーと言う植物で、南の大陸ではどこにでもなるとか。子どもたちのイイオヤツらしいよ。
「……なあ、ベー。今日の夜、商人仲間に会ってくれねぇか?」
「商人仲間に? 村人のガキにか?」
「もうそれは今更だ。ダメか?」
「まあ、会うくらいなら構わねーよ。どうなるかは責任持てんがな」
あんまりイイ予感はしねーが、王都の商人を見ておくのも今後のためにイイかもしんねーしな。
「構わんさ。ベーの好きなようにしてくれ」
そー言うのが一番おっかねーぜ。
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