第164話 ゲットだぜ

 孤児院の正面玄関にくると、一人の幼女(サプルよりちょっと下くらいかな)が地面に座り込んでなにかをしているのが見えた。


 孤児院に客など滅多にこないし、今の時間は働けない年代がいるだけなので、正面玄関前は結構一人になれる場所なのだ。


 なにしてんだ? と、興味を引かれて幼女の背後から地面を覗き込んだ。


「……九九か……」


 以前きたときに渡した九九を焼き付けた板版を渡してある。あと文字の板版もな。


 孤児の就職率は低いと聞いたので、なら計算と文字を教えろと勧めたのだ。


 オレの声に幼女が気がつき、振り返って絶句した。


 ……酷いっ……!


 なにか刃物で深く斬られたようで、額から左目を通り、口の脇まで一直線に傷があった。


 よくこれで生きてるのか不思議な傷である。


「よっ。勉強とは感心だな。九九はどこまで覚えたんだ?」


 絶句したものの、驚きの顔は見せず、微笑を浮かべながら幼女に聞いた。


 自分の顔の傷に触れなかったのが不思議だったようで、傷を隠しながらも戸惑いの顔を見せていた。


「ん? 九の段か。全部覚えたのか?」


 地面をよく見れば一の段から九の段まで書かれていた。


「へー。その年でスゲーな。しかも、数字まで書けるとは。なかなか賢いじゃねーか。将来は大商人か大臣だな」


 幼女の頭をグリグリと撫でてやる。


 サプルもこれだけ熱心なら直ぐに文字も計算も覚えると思うんだが、あのスーパー幼女は興味があることしか才能を開花させないのだ。ほんと、女の子らしいものに興味を持ってもらいたいよ。まあ、サプルのやりたいように生きればイイから口にはしねーけどよ。


 そんなことしてたら玄関が開き、孤児院の責任者たるハリワ副院長が出てきた。


「べーさま、ようこそお出でくださいました」


「おう。副院長さん。元気だったかい?」


 年齢は聞いたことねーんで何歳かは知らねーが、三十代には突入してんじゃねーかって見た目だ。


「はい。元気にやっております。これもべーさまのお陰です」


「まあ、元気ならなんでもイイさ。ほれ、今年の寄付だ」


 ポケットから銀貨が二百枚詰まった皮袋を出して副院長さんに渡した。


 あくまでも寄付は孤児院に対してしているものなので、孤児院側に渡しているのだ。もっとも使い道は言及してねーからなにに使うかは院長次第だがな。


「ありがとうございます。子どもたちにお腹一杯食べさせてあげられます」


 大精霊の信仰が根付いているとは言え、孤児院に寄付する余裕のある信者なんてなかなかいねーし、領主からのお情けなんて銅貨五十枚だ。消費するだけの孤児院がやっていけるわけがねー。それでも投げ出さずに孤児院をやってんだから立派だよ。これで将来の展望なり計画性があれば言うことねーんだがな。


「腹が満ちてれば悪さもしねーし、余裕も生まれる。将来に向けて準備ができるってもんさ」


 ここを知ったのも腹を空かせた孤児院のガキどもに囲まれたのが切っ掛けだしな。


「はい。近頃はようやくべーさまの言葉の意味がわかってきたようで、皆、一生懸命勉強しております」


「それはなにより。将来が明るいな」


「はい。あ、すみません。こんなところに立たせてしまいまして。どうぞ中に」


 と言うので中へと入り、食堂に通された。


 もう昼を過ぎてるのでガキどもは外で遊んでいるようで、元気な声が響き渡っていた。


「健やかでなによりだ」


「はい。べーさまが教えてくださったサッカーがおもしろいようで男の子らは毎日遊んでおりますよ」


 ボール(魚の浮き袋と海竜の皮で作ったものを結界で丈夫にしたもの)一つあれば遊べるもんだしな。孤児院にはちょうどイイだろうと思って教えたんだよ。


「女の子たちはお手玉とあやとりに夢中で、広場を争っての男女間のケンカも少なくなりました」


 それはなにより。幼い頃は無駄に男女間抗争があるからな。


「べーさま、お待たせしました」


 と、孤児院卒で見習い僧のねーちゃん(十三、四歳)が盆に昼食を載せて持ってきてくれた。


「ありがとな。遠慮なくいただくよ」


 ちょっと固めのパンに野菜と肉(オレ提供)が入った味噌……じゃなくてゴジル煮とイモを蒸かしたものを頂いた。


 サプルの料理を食ってるものからしたら味気ねーもんだが、孤児院では信じられねーくらいの豪華さである。あ、今度は文字や計算だけではなく料理も覚えさせよう。贅沢になったオレの舌にはキツいわ。


「ゴジルって、この街まできてたんだな」


 つーか、よく買えたな。高かったんじゃねーの?


「今年初めから大量に入ってきまして、値段も安かったので頻繁に使っております」


「街で売ってんのか?」


「はい。雑貨屋や油屋で売っております」


 ナヌ。油屋にだと? 全然気がつかなかったわ。よし。帰りに買って帰らんと。


「おっと、そうだ。今日きたのは寄付だけじゃなく、奉公の誘いにきたんだった。商人に奉公したいヤツ、二人くらい紹介してくんねーかな。あ、ただ、普通の商人じゃねーし、普通の奉公より厳しいから根性があって文字と計算ができるヤツで頼むな。賢いならもっとイイ。年齢性別は問わんし、見た目も問わん。あと、料理に関心あるヤツはいねーかな? 船の中でやるから何週間も丘には上がれない過酷な職場だけどよ」


 まあ、この時代の奉公なんてキツいが当たり前。朝から晩まで働き、休みなんてもんはねー。しかも、一日働いても銅貨二枚にもなんねー。ブラック企業真っ青の労働環境なのだ。


 ……マジ、村人に生まれたことに大感謝だぜい……。


「……種族も、でしょうか?」


「ああ、種族も問わねーよ。って、人族以外いたっけ、ここ?」


 まったく気がつかなかったぞ。


「はい。妖孤族の少年で年齢は十二歳。読み書きもできますし、商人になることを望んでいます」


「妖孤族ね。まあ、なりたいって言うんならイイんじゃねーの。ただ、覚えること、学ぶことは普通の商人になるより大変なところだってことは伝えてくれよ」


「はい。もちろんです」


「んで、そいつだけかい?」


「先程、玄関前にいたタユラではどうでしょうか? あの子は賢いですし、計算も得意です。ただ、あの顔の傷が……」


「傷が気になんなら隠せばイイし、奉公に行くところは顔の傷なんてどうでもよくなる場所だ。客と面と向かって話せんならどうでもイイわ」


「べーさまがそうおっしゃるのでしたら大丈夫なのでしょう。では、妖孤族の少年、バリーとタユラを推します」


 まずはあんちゃんの弟子兼従業員ゲットだぜ。

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