第98話、他国の動向
「ふにゃぁ~!寒いのにゃ~……」
改良版ドラゴン温卓の中、セレーナがふるりと身体を震わせて丸まった。
「そうだなセレーナ嬢。春が待ち遠しいな」
両足を奥まで入れて限界まで寛ぐ国王が焼き菓子を上品に食べている。
なんでアンタがここにいるんだよ国王陛下、と突っ込みたい気持ちはとっくに彼方へぶん投げた。
それというのも、2日に一回はこうして俺らのもとに居座るのが日常となっているからだ。
国王が元気よく扉をぶち破って可愛い息子に突撃するのも、破壊された扉を物悲しい目で見詰めながら慣れた手付きで直す侍従も、今や見慣れた光景である。
「うー……こうなったら身体動かすにゃ!そしたらぽかぽかになるにゃ!レルム、遊ぼうにゃ~!」
「受けて立つ!今度こそ僕が勝つからね、セレーナお姉ちゃん!」
「ここでは暴れるなよ。鍛練場に行け」
改良版ドラゴン温卓から飛び出して今にも暴れそうなセレーナに釘を刺す。わかってるにゃ~とご機嫌に返事してレルムと一緒に部屋を出ていった。
鍛練場とは、騎士団と魔導師団が使う方ではなく、侍従用の鍛練場のことだ。
王宮に滞在してから早1ヶ月。あちこちで日向ぼっこしたり通りすがりの騎士に喧嘩売ったりと実に自由に過ごしていた黒猫だが、困ったことに先日とうとう王宮の備品を壊してしまったのだ。
脳筋2号のレルムでさえ王宮内では気を使っていたのに、まさかの年長者がやらかすという事態に顔を青ざめたのは記憶に新しい。幸いにも懐が広い国王が笑って許してくれたけど、あれは笑って許せるような安物じゃないと思うんだ。
今後同じことが起きないように話し合った結果、王宮の敷地内の隅っこにある侍従用の鍛練場の使用許可が降りた。王宮から大分離れてて被害も最小限に抑えられるから、そこでなら暴れても問題ないってことで。
不本意ながらあの馬鹿猫の飼い主だからな。躾はきっちりしておかねば。
「ははは、子供は元気でいいねぇ」
セレーナ達を見送ったのをいいことに行儀悪くごろんっと横になる国王。
今ここにいるのは国王を除いて俺とルファウスとレストのみ。だから気兼ねなく寛げるのだろう。
「父上。ドラゴン温卓で寝たら体調崩しますよ」
同じく改良版ドラゴン温卓で寛いでいたルファウスが難しそうな本から目線を外し、呆れたように言う。
最近知ったが、ルファウスは読書が趣味だ。
「る、ルファウスが心配してくれてる……!パパ感激……っ」
「ここで寝落ちしたらレナート兄様と叔父上に迷惑をかけるでしょう。とっとと政務にお戻り下さい」
常に塩対応な息子が体調を崩さないか心配してくれて感激した国王が抱き着こうとする。自然な動作でするりとかわしたルファウスが一刀両断した。
レナート様とは第1王子、即ち王太子殿下で、ルファウスの叔父とは王弟オレスト様のことだ。2人とも前に一度会ったことがある。というか挨拶に来てくれた。
レナート様は白馬が似合いそうな柔和な男性で、ルファウスより長いウサ耳が特徴。逆にオレスト様は耳が短く、レナート様同様柔和な雰囲気ではあるがどこか疲労感が滲み出ていたのでよく覚えている。
今のように国王が抜けた場合その穴を2人がかりで埋めていると知って、身内に振り回されるのは王族も同じかと同情したものだ。
「うぅ……そうは言っても、夜なかなか寝付けないせいで政務に集中できないんだよ」
ルファウスに注意されて渋々身体を起こした国王がため息混じりに悩みを打ち明けた。
やはり国のトップともなると忙殺されて睡眠もろくにとれないんだろうなと同情したが、どうやら事情があったらしい。
なんでも、ファラダス王国との問題を解決した頃とほぼ同じタイミングでリンドネル帝国とレノン神聖国の動きがキナ臭くなり始めたとのこと。今のところ動きはないが、エルヴィン王国を疎む国はいっぱい存在するから警戒するに越したことはない。
情報を掴もうにも妙にガードが固くて、突破するのは至難の技だとか。
「単純な戦力だけならば世界トップクラスなんだぞ?そこは断言できるのだが、諜報に関してはなぁ……」
苦い顔で国王が唸る。
諜報員の質は他国の方が一枚上手なんだろう。
「泳がせておけば良いでしょう。不得意分野で他国を出し抜こうと無謀な挑戦をするよりは、あちらがボロを出すまで爪を研いで待っていれば良いのです」
澄ました顔で案外怖いことを言うルファウス。
「う、うむ。ルファウスの言うことも一理あるな。念のため、更に警備を強化しておこう」
「我が国の地形の弱点を突いてくる可能性もありますので、その辺も考慮して下さいね」
「ルファウス、何も戦争が決まった訳じゃないんだから……いやまぁ考慮するけどさ……」
親子でのんびりと会話する2人。しかし内容は深刻そのものである。
他国の動向にも気を配っておいた方が良さげだが、それは国の仕事。一介のヒヨコの出る幕ではない。という訳で放置。お偉いさん、頑張って。
その後、額に青筋を浮かべたケイオス宰相が国王を見つけるなり魔法で拘束して執務室に連行するまで、他愛ない話で盛り上がった。
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