最強賢者、ヒヨコに転生する。～最弱種族に転生してもやっぱり最強～

第69話、セレーナVSクイーンアント

「うわぁ、すっごいおっきなアリ！」

「それに白い！」

「女王蟻だね」

「お兄ちゃん、あの素材欲しい！防具に使えそう！」

　なんの躊躇もなく、それどころか嬉々として女王蟻を素材扱いするノヴァ。

　だいぶ俺色に染まっちゃったな……気持ちは分かるけど……

「それは無理だな。クイーンアントの甲殻は頑丈で硬く、攻撃が通りにくい。しかも厄介なことに、その甲殻は……」

「先手必勝ー！」

　俺の説明を遮ってレルムが我先にと火魔法をぶちこむ。

　炎のカーテンの如くクイーンアントを包み込み、近くにいたアントを巻き添えにしつつ女王を焼き殺さんとする。

　しかしクイーンアントは全くダメージを負わず、煩わしいとばかりに前脚で薙ぎ払い、炎のカーテンを掻き消した。

　辺りに転がる手下の死骸を一瞥し、その状況をつくりだしたレルムを睨む。

　不思議そうに首を傾げるレルムの頭をバシッと強めに叩いた。

「この馬鹿！話は最後まで聞け！クイーンアントは魔法が効かないんだよ！」

「え、魔法が効かない魔物なんているの！？」

「そこら辺もきっちり教えたはずなんだが……ああ、やっぱりこうなったか」

　手下と自身に攻撃してきたレルムにクイーンアントの視線は固定され、前脚で威嚇し、そして突進してきた。

　咄嗟に身体強化を自分に施してレルムをひょいっと抱えてクイーンアントの突進を避ける。

　初撃は免れたが、すぐに方向転換して再びレルムをロックオン。

　くそ、リーチが短い分こっちが圧倒的に不利だ……！

　結界で凌ぐか？いや、クイーンアントの甲殻は魔法が効かないというより魔法を無効化する。結界を張っても無効化されて終わりだ。

　土壁を作っても同じ結果だろう。風魔法で軌道を逸らすのも無理だ。

　だったら幻影魔法で錯乱させる？いやそれも現実的じゃない。距離が近すぎて見破られるのがオチだ。なら強烈な閃光で目眩ましは……これも駄目だ、距離的に俺達の目もやられる。仮に目眩まし作戦が通用しなかったら目を瞑った瞬間にアウトだ。

　剣は使えないし、それ以外には……あっ！

　収納魔法から爆薬を掴んで放り投げる。爆発音のあと、ほとんど無傷なクイーンアントが白煙の中から姿を見せた。

　駄目だ、防御特化の魔物には通じない！多少の時間稼ぎにはなるが、すぐ追い付かれる！

　周りのアントも女王がロックオンした俺達に狙いを定めたし……こうなったらもう、俺が囮になるしか……

　レルムを抱えて逃げ回りながら覚悟を決めようとしたまさにその時、俺達とクイーンアントの間に黒猫少女が滑り込み、振りかぶった前脚をひっ掴んだ。

「白アリはアタシが相手するにゃ！フィード達は残りの黒アリをよろしくにゃ！」

　クイーンアントの前脚をぐりんっと捻り、根元から引きちぎるセレーナ。前脚を失って血を吹き出し、怒りの雄叫びを上げながら標的をセレーナに変えるクイーンアント。

「すまん、助かる！」

　素早く距離を取り、レルムを地面に降ろした。

「にいに、ごめんなさい……」

「大丈夫だ、もう怒ってないから。女王はあいつに任せて、俺達はアントの残党狩りな」

　俺に怒られてしょんぼりしているレルムを優しく諭して、残りのアントを狩り始める。

　名残惜しそうにクイーンアントをチラ見するレルムだが、唯一の攻撃手段が効かないのを理解しているので諦めてアントの残党狩りに加わる。

　クイーンの標的から外れて余裕を取り戻した俺は少し反省した。

　魔法が通用しない魔物も中にはいると分かっていたのに、魔法に頼って武器を扱う鍛練を怠った結果がこれだ。情けない。

　ヒヨコだから武器が使えない、そんな固定観念に囚われて大事なものを失うところだった。

　これからは魔法だけに頼らず、実践で武器も扱えるようにしていこう。

　火魔法でアントをガンガン倒していき、残り数十匹まで減らしたところで空から無数の光の雨を降らせた。

　セレーナに当たらないよう注意して放ったそれは的確にアントの胴体を貫いていき、あっという間にアントは全滅した。

　アントを貫いた光線はそのまま地面に直撃し、あまりの高温で一部ガラス化している。

「光の熱線を撃ち込んだのか。太陽光を利用したか？いや、太陽光を集束した感じではなかった。自前であの威力か……さすがは賢者」

　指輪を懐に仕舞いながらセレーナとクイーンアントの戦いを見守るルファウスにつられて俺もそちらに視線を寄越す。

手下を全滅させたからか隙あらばこちらにも攻撃しようとするクイーンアントだが、その度にセレーナがヘイトを集めて強制的に意識を自身に向けさせている。

　クイーンアントの引きちぎられていないもう片方の前脚がセレーナを引き裂こうとするも、セレーナはバックステップで回避。そのときこちらを一瞥して表情を明るくした。

　アントが生き残っていたらクイーンを守ろうとし、クイーンは手下がやられると怒り狂う。理想的な上下関係だが、相手にするといかに面倒か分かるってもんだ。

　セレーナが積極的に攻撃しないのもアントが全滅するのを待っていたからだろう。おまけにヘイト管理までして俺達が戦いやすいようにしてくれていた。

　ちょっと見直した。ただの戦闘狂じゃなかったんだな。

「ひゃっほーい！これで思う存分暴れられるにゃ～！」

　訂正。やっぱりただの戦闘狂だった。

　いつまでも躱し続けるセレーナに痺れを切らしたクイーンアントが酸を吐き出す。それさえもひらりと躱したセレーナは反撃開始とばかりに大きく一歩踏み出した。

「今度はこっちからいくにゃ！」

　小手調べで突き出した拳がクイーンアントの胴体に衝撃を与える。しかし傷を負わせるほどではなく、女王は少女の非力さを嘲笑うように一声鳴いた。そして身を捩り、噛み付こうとする。

　紙一重で女王の牙から逃れたセレーナは足で地面を抉り、砂煙を巻き起こす。クイーンアントが怯んだその一瞬で背後に回り込み、強烈な一撃を叩き込んだ。

　先程とは比べ物にならない威力のそれによりクイーンアントの胴体が凹む。今の今まで防戦一方だったのが嘘みたいだ。

　自慢の甲殻が傷付けられて怒りのボルテージが振り切れたクイーンアントが容赦なく牙を剥く。

　セレーナは攻撃を躱しながら急接近し、もう片方の前脚を引っこ抜く。２本も脚を失い、さすがにクイーンの動きが鈍ってきた。

　どこから攻めようか考えあぐねていたセレーナは方針を決めたようで、奴の脚に狙いを定めた。

　先に相手の機動力を削ぐ作戦だな。胴体から攻めると脚の攻撃が降り注ぐから。

　目にも留まらぬ速度で不規則に移動するセレーナ。錯乱し始めたクイーンの真上に突如飛び上がり、手を手刀の構えに。

「これなら……どうにゃ！？」

　空中で勢いよく振り抜かれた手刀。真下にいるクイーンアントの脚、その根元に真空波が放たれた。風の刃に酷似したそれは寸分違わずクイーンアントに襲いかかり、右側の真ん中と後ろの２本まとめて切り取ったが、残念ながら硬すぎる胴体には傷が付かなかった。

　おお……！前世の師匠と同じことを……！

　我流だからまだまだ荒削りだけど、彼女なら今の俺では扱えない武術を徹底的に教え込んだら化けるのではないか？

　いや、この身体では指導できないか……

　とうとう身動きが取れなくなったクイーン。だがしかし最後の悪足掻きとばかりに残りの脚をじたばたさせたり、セレーナに向かって酸を飛ばしたりして暴れる。

「往生際が悪いにゃ～。でも、もう終わりだにゃ」

　飛んでくる酸をするりと躱し、クイーンの眼前に躍り出て、そして繰り出される踵落とし。

　頭部が凹むどころか粉砕され、それだけに留まらず大地に多大なる影響を及ぼした。

　巨大なクレーターが出来上がったのだ。そう、まるで空から隕石でも落ちてきたような……

「………」

「………」

　一同、沈黙。

「ふにゃ～！楽しかったにゃ～」

　クレーターの中心、頭部が粉砕されたクイーンアントの死骸の横、呑気に伸びをして尻尾を揺らす小柄で華奢な黒猫少女。

　魔法を使わず、物理攻撃のみでこの惨状を作り出した張本人。

「街中ではあそこまで酷くなかったのに……ちゃんと手加減してたのか……」

「あれで猫獣人……この世の神秘だな」

「むー、あれじゃあ勝てっこないよー！」

「猫、だよね……？色々おかしくない？」

「猫さんって怪力なんだ……知らなかった」

「素材分けてもらえるかな……」

　各々、思わずといった感じに独り言を溢す。

　街中で散々セレーナと遊んだけど、ここまでの惨事にはなっていなかった。なるほど、破壊神……言い得て妙だな。

「いっぱい動いたらお腹空いてきたにゃ～。ん？どうしたのにゃ？」

　辺りに広がる死屍累々なんぞまるで視界に入らない様子で可愛らしくこてんと首を傾げる黒猫に、俺達は「なんでもない」とブンブン頭を振ったのだった。

「お前、何気に規格外だな……」

「フィード。それブーメランにゃ」