第66話、新しい家と引っ越す理由

「わぁー、雑草だらけ!」


「なーんにもない!」


 セルザとレルムが素直な感想を口にする。


「本当に何もないな……」


 思わず独り言を口走った。


 レルム達同様辺りを見回す。

 目の前には古めかしい豪邸が鎮座しており、新たな住人である俺達を待ってましたと言わんばかりにその存在を主張している。

 しかし周囲に建物はなく、雑草生え放題でかなり荒れていた。


 それも仕方ない。だってここは街から少し離れた広大な土地だ。

 街まで行き来するのに時間かかるし、こんな豪邸とあって結構なお値段だった。

 買い手がつかず、手入れする人がいなければこんな状態にもなる。


「アネスタ辺境伯の今は亡きお祖父様が人嫌いを拗らせてわざわざ建てたんだって。なんでも、長年一番信頼してた部下に暗殺されかけて人嫌いになったんだとか。それで衝動的に街の外に住むなんて無駄に行動力あるよね」


 豪邸を見上げながらレインが補足する。


「人嫌いの貴族……なんか化けて出そうだな」


「それはないよ。数年で人恋しくなって結局街に戻ったって話だし」


「………」


 なんともお騒がせな……



 人間でも大きいと感じる豪邸、その扉の前に集合する俺達。


 さっそく家の中に入ろうと鍵を取り出したはいいが早くも問題発生。


 この豪邸は人間用である。

 部屋の大きさや設備など全て人間用に造られているのだ。当然入り口の扉も。

 つまり何が言いたいかと言うと。


「届かない……」


 掌サイズの雛鳥である俺達に人間用の扉を開けるなど無理な話なのである。

 グレイルさん家では俺達が借りてた部屋とかは雛鳥用に扉を細工してくれたから一人でも開閉できたのだが……すっかり失念していた。


「ブルー、頼む」


 よしきた!と張り切ってみにょーんっと身体を伸ばし、鍵穴に鍵を差し込んでがちゃりと開けるブルーを見ながら、一番最初にやらねばならないのは扉の改装だな……と内心呟く。


 ブルーが続けて扉を押し開けようとするもびくともしない扉。

 どうやら想定してたのよりもうんと重い扉だったらしい。ブルーが重くて開けられず困惑している。


 レルム達と力を合わせてどうにか扉を開けることに成功。

 グレイルさん家のはドアノブを回すタイプだが、ここのは両開きのやつ。一般的には前者が普及されており、後者は主に王族や貴族の屋敷で用いられる。

 高貴な身分でもないのにこんな豪邸に住むことになるとはな……グレイルさんの屋敷で多少は慣れたけど、故郷のボロ家が恋しくなってくるな。


 その後、各々部屋を見て回ろうとしたがやはり扉が開けられず、ブルーが大活躍。ただ、各部屋の鍵がひとつの束になってたのでちょっと大変だったが。

 くっ……早急に扉を改装せねば……!



 中を見て回った結果特に問題はなく、長らく放置されて埃っぽいが掃除すればすぐにでも住めるだろう。全部屋掃除するのはキツイので、自分達が普段使う場所のみでいいか。


 しかし部屋割りでちょっとしたトラブルが。

 部屋は沢山あるし好きなとこを使えと言ったら、皆して俺の隣の部屋がいい!と言い出し、互いに睨み合い、そして始まる大乱闘。結局その話はうやむやになり、止めるのが大変だった……


 兄弟ゲンカの末に半壊した家を魔法で修復しつつ遠い目をしていると、レルムが俺の手をくいっと引っ張った。


「にいに、お腹空いた!」


「もうそんな時間か」


 レルムのみならず、くきゅーっとお腹を鳴らしている弟妹が。自分にも空腹感があるのに今気付いた。


「ん、これで良しっと。じゃあ昼飯にするぞー」


「やったー!ご飯ー!」


 元からあった人間用のテーブルと椅子を一旦収納魔法にしまい、そこからノンバード族用のテーブルセットを取り出す。

 魔道具職人に引っ越すことを伝えたら引っ越し祝いに家具職人を紹介してくれて、せっかくだからと家具をいくつか作ってもらったのだ。

 人間用のだと色々不便だろうからってノンバード族用にアレンジしてくれたり、魔道具職人の紹介だからと安くしてくれたり、とても親切な人だった。今後来る家族の総人数を考えるとまだまだ家具は必要だろう。これからもお世話になります。


「セルザ、この肉軽く火を通してくれ。味付けは任せる。ノヴァは葉野菜を水洗いして千切って盛り付け。レインは収納からパンを多めに出してくれ」


「にいに、僕はー?」


「レルムは……ブルーと遊んでやってくれ」


「わかったー!」


 弟妹に指示を出し、昼飯の用意をする。


 ド田舎育ちの逞しさをナメてはいけない。子供でも普通に調理はできるのだ。

 しかしレルムにだけは調理をさせてはならない……爆発に巻き込まれるのは御免だ。


 台所も人間用で使えなかったが、俺達には魔法があるのでどうとでもなった。


「おいしーっ」


「セルザ、また腕を上げたね」


「お姉ちゃん鼻が高いなぁ!」


「えへへ……」


 和やかに会話しながら大量に並べた食事がどんどん弟妹の胃袋に収まっていく。食べ盛りと言っても限度があるだろ腹を壊す気かと突っ込みたくなるほどの量であるにも関わらず、だ。

 自分も食べながら追加のパンを出し、やっぱり引っ越して正解だったなと息を吐いた。


 こんな中途半端な時期に引っ越した理由、それは弟妹の胃袋事情による食費が原因だ。


 グレイルさん家にいた頃は食費その他諸々全てグレイルさんが負担していた。弟妹共々連日泊めさせてもらってるのに申し訳ないとせめて食費くらいは出そうとしたのに、グレイルさんはにこやかに、やんわりと、しかし断固として拒否。

 「子供が気を使わなくていいんだよ」と銅貨1枚すら受け取ってくれなかった。

 ならばと自力で狩ってきた動物を渡しても結果は同じ。あちらが出してくれる食肉の方が質も味もいいから物申せない……

 それでもどうにか受け取ってもらおうと半ば強行手段を取ったりもしたが、何故かすぐに手元に戻ってくる不思議。


 グレイルさんと俺の奇妙な攻防戦は続いた。しかし凄腕商人のグレイルさんの方が何枚も上手うわてで、悲しいかな1度も成功した試しがない。


 グレイルさんは何も言わなかったがかなりの負担になっていたはずだ。

 何せ、1匹あたり約10人前の量をぺろりと平らげるからな、この子達……そのちっこい身体のどこにこれだけの量が吸い込まれていくのやら。


 日々嵩む食費に密かに悲鳴を上げる俺にグレイルさんは尚も「気にしなさんな」と朗らかに笑って流していた。

 現状が続いたら間違いなくグレイルさんに迷惑をかける。というかもう既にかけている。


 グレイルさんの負担を減らすにはどうするか。

 ならばもうここを出ていくしかない。


 ……と、そんな訳で引っ越しを決意したのだった。


「にいに、おかわりー!」


「肉ばっかり食べないで野菜も食え」


「えー野菜はいらなーい」


「レルム兄さん、肉達磨になりたいの?出荷されないよう気を付けてね」


「野菜も食べる!ちゃんと食べる!出荷は嫌!!」


「ねぇセルザ、追加のお肉焼いてくれない?久しぶりに身体動かしたからかいつもよりお腹空いちゃって」


「もーお姉ちゃんったら、普段引きこもりすぎだよ。……よし、今度は鶏肉使おう」


 わいわいと騒いでいたらどこからかぼそっと何事か呟かれる。

 聞こえるか聞こえないかの声量だったが俺の耳にはしっかり届いた。


 ルファウス、共食いって言うな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る