泡沫メリーゴーランド Ⅰ
かこ
『メリーゴーラウンド』『缶詰』『ストロー』
『研修でそっちに行くんだけど、会える?』
久しぶりに連絡が来たと思ったらコレである。この挨拶も日時もないメッセージに心踊ったのも事実で、消えたと思った恋心が顔をのぞかせた。
答えは決まっているはずなのに携帯画面を睨みつけながらしぶる。お風呂に入って頭をリセット。あたしは投げ出していた携帯を取り、アプリを呼びおこした。
あたしは手をつなぐ恋人たちを横目に一週間前のやり取りは幻だったのかと思い始めた。
暇つぶしに買ったジュースは溶けた氷もふくめてなくなっている。子供のように噛んでつぶしたストローがみじめだ。
携帯が着信を知らせる。一瞬、切ってやろうかとも思ったが研修が長引いたのかもしれない。あたしは投げやりにタップした。
『あ、ヒロ、ごめん。迷った』
「――やっぱり、会場まで迎えに行けば良かったじゃない」
全ての言葉を飲みこんで冷静に返したあたし、えらい。
現実逃避をするあたしを他所に
『こんなに出口があると思わなくって。駅のどの出口から出ればいいんだろ?』
「いいよ、迎えに行く。改札口にきてくれる? 新幹線じゃなくて在来線ね」
『おねがいします』
しょぼくれた声を聞いて、なんだかおかしかった。久しぶりに聞いた変わらない声にほっとしたのかもしれない。
あたしは人波をさけながら駅に向かう。通りがけにゴミ箱を見つけて、空のカップを捨てた。駅のエスカレーターがあがる時間も惜しくて、乗る人を追いこして行く。改札口に立つ目的の人を見つけてさらに歩調をはやめた。
あちらもあたしを見つけたようで、手を振っている。
「久しぶり、ヒロ」
「うん、久しぶり」
湊斗の笑顔にちゃんと返せただろうか。
スーツ姿の湊斗に胸が高鳴る。社会人となった今ではスーツなんて見慣れているのに、湊斗のスーツ姿がこんなにまぶしいなんて思わなかった。
湊斗は忘れないうちに、と言いながらスーツの上着をかけた鞄から何かを取り出す。少しためらったあと、紙袋をつき出してきた。
「はい、お土産」
「え、わざわざ? 別に良かったのに」
「ヒロにわたそうと思っていた缶詰だから」
「缶詰って……」
「好きでしょ、とりかわ味噌煮」
好きは好きだが、それはオヤジのつまみである。あたしは女に見られてないのか……。好きなものを覚えていてくれたことはうれしいが、うん、なんとも言えない。
小さな紙袋を受け取ったあたしは中をのごきこむ。昭和を感じる赤い缶詰が二つ入っていた。同じ地方ではあるが、地元のモノではないはずだ。ずれてるんだよなぁと心の中で独りごちるあたしにさらなる情報が入る。
「それ、賞味期限が来月だから気を付けてね」
「何でそんなものよこすのよ」
ついつい可愛くない口がすべった。
湊斗は、笑ってごまかす。
「気づいたら、そんな日付になっちゃってた」
あたしはいろいろ諦めて歩きだした。
湊斗はあわててあたしの横に並ぶ。
「イルカショー、間に合うかな」
あいかわらずの様子にあたしは笑った。
「湊斗はほんっとイルカが好きだよね。さすがトレーナーになっただけある」
「まだまだ新米だけどね」
くすぐったそうに笑う湊斗を見たあたしも心があたたかくなる。
気をきかせて、せっかく来るなら行きたい所に付き合うよ、と送ったら『水族館』とだけ返された。イルカショーに力を入れている水族館の名前を打ち込めば、返ってきたイルカスタンプは三連続。
ゾッコン過ぎて軽く引いたが、湊斗らしかった。
彼が好きなものを夢として叶えたのは本当にすごいと思う。
都会への憧れと利便性で地元を離れたあたしとは大違いだ。
「今さらだけど、ヒロも就職おめでとう」
あたしが見上げれば、湊斗はえくぼのある笑顔で続ける。
「デザインの仕事、つけたんでしょう?」
「デザイン会社であって、まだ事務仕事ばっかりだよ?」
「じゃあ、大事な一歩だね」
ずるい。湊斗はあたしの小さな努力まで大切にしてくれる。慣れない仕事も、泣きたくなった残業もムダではなかった気がしてきた。
あつくなる目頭をごまかしていたあたしに、あそこが水族館なの、と驚きの声が届く。
湊斗の人差し指をたどれば、確かに水族館の入口を示していた。
「ビルの中にあるの?」
「いかにも都会っぽいでしょ」
当たり前な疑問に得意げに答えたりしたが、あたしも最初に来た時はびっくりしたものだ。
「何年か前に送ったでしょ、光の中のイルカショー。あれ、ここだよ」
あたしの言葉に湊斗は目を丸くしている。信じられないようだ。
距離が離れても、イルカショーの写真を送り続けてよかったな、と思う。この数年の共通の話題なんて、水族館ぐらいしかなかった。
チケット売り場まで行けば湊斗がお金を払おうとする。あたしは素直によろこべる質ではない。彼とは対等でいたかった。
付き合ってもらってるから、と妙に強引な湊斗をにらむ。結局、眉を下げて落ち込む湊斗に根負けして、水族館のお土産を買ってもらうことで手をうった。
「あれ、メリーゴーラウンド?」
湊斗が子供のような歓声をあげた。
ネオンできらきらと光るメリーゴーラウンドに近よる湊斗を追いかける。
木馬の代わりにイルカやアザラシ、タツノオトシゴが泳ぐように回っていた。
中央の鏡にはしゃぐ湊斗とあたしがうつる。全く、いい雰囲気じゃない。夢の
手をつなぐ恋人たち、チケット売り場でありがとうと彼氏に笑う彼女。
自分の行動を変えるつもりはなかったが、なんだか負けたような気分になった。勝負じゃないけど。
ぼんやりしていたからだと思う。
「乗ってみる?」
湊斗に子供あつかいするな、と言いたくなったあたしはたぶん余裕がない。
首をふるあたしに、湊斗は目を細めた。昔、俺が落ちたらあぶないからっていつも馬車に乗せられたっけ。そんな余計な思い出を持ち出す。
あたしは最初から間違えてた気がした。それなら、もういいや。
「子供の時みたいに手をつないでみる?」
言い訳をすれば、投げやりだった。答えなんて考えてなかった。
メリーゴーラウンドが止まる。きゃらきゃらと笑う子供たちが通りすぎていった。
「つ、つなごうか」
子供たちを見送っていたあたしは、湊斗の返事がすんなりと入ってこなかった。
彼を見て、やっと気がつく。
幼馴染みで止まっていた時間が回りはじめたことを。
(終)
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