第4話 山茶花 困難に打ち勝つ
中学二年生の時に私がされていたことはいじめだったと思うのだけれど、その時は全く気にしていなかったのでイジメられている実感がなかった。先生方もその事実は知っていたのだけれど、私が何の反応も示していなかったので対応に困っていたらしい。その事で私は強い女だと思われていたみたいだけれど、他人のしている事に興味が無かっただけで本当にどうでもいい事にしか思えていなかった。
目の前で悪口を言われたりもしたし、物を隠されたり壊されたりしたこともあった。興味のない男子とのうわさを流されたこともあったけれど、私はその男子の名前と顔が一致していなかったので何とも思わなかった。顔と名前が一致したとしても、興味自体無かったと思うけれど。
そうなった原因は小学五年生の時の百合ちゃんとの一件だと思うのだけれど、百合ちゃんはイジメに加担する事も無く傍観者の様な立ち位置だったと思う。後からその事について謝られたりもしたけれど、私はその時に特別嫌な感情になったりもしていなかったので「きにしなくていいいよ」と言っていたのだけれど、その事で百合ちゃんが思いつめてしまう事になってしまったりもした。
断っておくけれど、私は本当にいじめられている実感はなかったし、百合ちゃんに対して特別悪い印象を持ったりもしていなかった。どちらかと言えば、家でも幼稚園でも独りぼっちだった私を助けてくれた百合ちゃんに感謝はすれども、恨むことなんて絶対になかったのだ。
一年近く続いたイジメも終わる時は急に無くなっていたみたいで、私は担任に呼び出されてその事を聞かされるまで気付いていなかった。イジメられている事にも気付かず、そのイジメが終了していた事にも気付いていなかった。
イジメが終了したきっかけは単純なもので、生徒指導の先生がイジメの主犯格の生徒に対して数々の証拠を突き付けてイジメの事実を認めさせて、私に謝罪させる事にした事が大きかった。主犯格の三人は見覚えはあるけれどどんな人かは知らなかったし、百合ちゃんもその三人と特別仲が良かったわけでもないみたいだった。
私がイジメられていたきっかけは何度聞いても理解できなかったのだけれど、小学校の時の宿泊研修で百合ちゃんに告白した男子の事が好きな女子が私に逆恨みをしたみたいな話だった。百合ちゃんではなく私に矛先が向いたのは、百合ちゃんだと味方が多いけれど、私は誰も友達がいなそうだったかららしい。確かに、友達はいないけれどそれでも私は毎日楽しく過ごしていたように思える。
私に友達が多くいたらどうなっていたのだろうかと考えてみたけれど、私は他人に興味を持てない以上結果は変わっていないだろう。自分でもそう思えた。
一年近く続いていたらしいイジメが終わったと言われて、イジメの主犯格三人から謝罪を受けた私はどんな感情で過ごせばいいのかわからなかったので、とりあえず笑って許したのだけれど、その事が同じ学年の他の生徒にも悪い印象を与えてしまったと百合ちゃんから聞いた。イジメられているのに気付かなかったのに笑って許したのが悪い印象になってしまったようだ。
中学三年生になった私達は秋も終わりに近づくころには本格的に冬の準備を始めるのだけれど、今年は高校受験があるのでそこまで勉強以外に時間を割くことが出来なくなりそうだ。それでも花壇の手入れは欠かしたことが無かったので、愛華との日常会話もいい気分転換になっていた。愛華から聞いた花の話を百合ちゃんにすると百合ちゃんは喜んでくれていて、私は持っていなかったスマホでその花の写真を見せてもらったりもしていた。
私の志望校は少し勉強すれば苦も無く入れそうな位置にあったのだけれど、担任からはもう少しレベルの高い高校を選ぶようにと暗に勧められていた。私は高校なんてどうでもよかったのだけれど、出来る事なら冬場でも歩いて通えるような場所にあるといいなと考えていた。
私は家で勉強することが多かったのだけれど、いつからか百合ちゃんが私の家にきて一緒に勉強をする流れになっていた。二人ともそれなりに勉強は出来るし、授業もちゃんと聞いているので勉強で躓くことは無く、一緒に勉強している意味がどこにあるのだろうと疑問に思う事もあったりした。それでも、一緒に勉強はしているけど個別で解決してしまうので支え合うという事は出来ないみたいだ。
百合ちゃんが持ってきてくれるお菓子はどれも絶品で、毎週月曜日は百合ちゃんの作ってくれたお菓子をいただくのが楽しみになっていた。
私の父はこんな時でも恥ずかしがって出て来ないのだけれど、一緒にお菓子を持っていくととても嬉しそうにしていた。私がご飯を作った時とリアクションが似ていたので、返事のパターンは一つしかないのかもしれない。リアリティがありすぎると現実と虚構の世界が混ざり合ってしまっていた。私はきっと虚構の世界の十人なんだろうと思っていたけれど、学芸員の方が言うにはどちらも曖昧な線引きになっているのでどちらが本物か探すのではなく、どちらが心に響いたかで判定をしてもらいたいそうだ。
高校受験当日になって気付いたのだけれど、私と百合ちゃんは同じ高校を受けるらしい。私も百合ちゃんももっと上の学校を目指せるらしいのだけれど、私は家からの距離で決めたし、百合ちゃんの志望動機は私が選んだ学校だかららしい。それが本当かはわからないけれど、百合ちゃんは少しだけ私と噂になったレズという事に引っ張られているように思えた。潜在的にそうだったのかもしれないけれど、私はその気持ちに答えることはしなかった。今もしていないので、百合ちゃんの気持ちがどうなっているのかが気になる。
「それで、百合ちゃんの気持ちには応えないのかな?」
「応えてもいいんだけど、このまま曖昧な関係で楽しく過ごせたらいいと思うよ」
「それはカスミっぽいけど、私もその百合ちゃんに会いたいな」
「何度か来たことあると思うけど、その時は花が咲いていなかったのかもしれないね。そう言えば、昔は裏庭に遊びに来たことがあったと思うし、この間も一緒に勉強していたんだよ」
「それは気付かなかったけど、カスミは百合ちゃん以外に仲の良い人いないのかな?」
「どうなんだろう、百合ちゃん以外の人と学校以外で話をした記憶がないかも」
私が話をするような人は父や祖父母を除くと百合ちゃんしかいないように思えた。どうして私に良くしてくれていたのかはわからないけれど、イジメられていた時も百合ちゃんは私に優しくしてくれていたような気がしていた。いつもと変わらない百合ちゃんだと思っていたから間違いないだろう。
「百合ちゃんはカスミの事を山茶花みたいって言っていたみたいだけど、山茶花の花言葉って『困難に打ち勝つ』って意味もあるけど、色々と聞いていると『ひたむきな愛』とか『理想の恋』なのかもね」
「それってどういう意味なのかな?」
「百合ちゃんはカスミの事を好きなんだと思うよ」
色々と考えてみると、それは当てはまっているようにも思えた。小学五年生の時のあの一件がある前からそのように感じることはあったし、もしかしたらという思いはあった。でも、それを百合ちゃんに確認する勇気はその時の私にはなかった。
その時の私は、どちらかが受験に失敗していたらいいなと思っていた。結果的には二人とも合格したのだけれど、これから先もずっと一緒に過ごしていくような予感がしていたのは、誰にも言っていないけれど理由のない確信があったのだ。
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