祖父の刀

昔、じいちゃんがお気に入りの刀を床の間に飾ってたときの話です。



100年以上前?とかの、すごい由緒ある刀だそうで。

じいちゃんが死んだらお前にやる、とか。

何かでかい事やる時はじいちゃんに言え、刀を質に入れてやるとか言ってて。

そういう、なんか価値あるものだったみたいです。

俺も当時この刀がカッコいいなぁとか思って、じいちゃんの目を盗んでたまに抜いてみたり振ったりしてました。


中学の時なんですけど。

じいちゃんが刀に油を塗っているのを眺めてたら

「この刀は便利だぞ」

って言いだしたんで、何が?って聞いたんです。

するとじいちゃんが「もう少ししたら分かる」って、にこっとしたんで。

何だろうって思ってたら昼飯終わったくらいに、じいちゃんの知り合い?がウチに来たんです。

じいちゃんも「ひさしぶりじゃないか」なんて出迎えて、俺はお茶出したりしてたんです。

で、あのときは、10分経ってなかったんじゃないですかね。

床の間で話してた知り合いのおじさん、ワタワタと携帯取り出して話し出して、急用ができたとかですぐ帰っちゃったんです。

お茶もお茶菓子も、ほとんど手をつけてなかったんじゃないですかね。

帰っちゃったね、なんて話したらじいちゃんが、「な?」って。

何が?って聞いたら、刀見てみろって言うんですよ。

何だろって思って見たら、あれ?って。


逆に置いてあるんです。


鹿の角みたいなのに脇差と打刀を横置きしてるんですけど。

柄を向かって右にして置いてて反りが上で、つまり刃の部分が下を向いてるんです。

普通は、柄が向かって左側で、刃を上に向けてるんですよ。

で、じいちゃんにいつもと逆だねって答えたら、よく気付いたな、って褒められたんですけど、これが何?って感じじゃないですか。


「これがこの刀の便利なところだ」って、笑って言うんです。


これはその時じいちゃんが教えてくれたんですけど。

柄が左で刃が上の、普通の刀の置き方って、敵意がないですよということを相手に示す、マナーみたいなもんなんだそうです。

柄が右で刃が下向きって、刀を抜きやすい置き方なので。

お客さんに対して失礼にあたるらしくて。


「でもなぁ、とっととお客さんを切り上げたい時にこうしておくとな、不思議と早くにお帰りいただけるんだなぁ」


なんて笑ってるんですよ。

そうなんだぁ、なんてその時は聞いてたんですけど、それ本当かなって。

だって、じいちゃんが刀を大事にしてるのって、皆知ってるんですよ。

手入れしてもらうのに金かけてることも知ってるし。

そういうのってじいちゃん、黙ってられないトコあるんですよ。

他の人にいろいろと刀のうんちく喋ったりしてるのも聞いたことあるんで。

俺もそうやってじいちゃんに教えられてきたから、刀の向きが違うことに気付けた訳でしょ。


ってことは、ですよ。

じいちゃんの周りの知り合いも、刀に対しては素人じゃないんですよ。


もしかしてこれって、皆じいちゃんに忖度してんじゃね?って。

ウチのじいちゃん訪ねて来た友達とか知り合いは、柄の向きを見て長居するかどうか決めてるんじゃないかって。

だとするとメッチャ恥ずかしいじゃないですか。

裏でじいちゃん、刀の向きで機嫌良いかとか話し込んでも大丈夫かとかを、チェックされてるってことになるし。

なんとかできないかなぁって、ちょっと思ってたんですよね。


しばらくして、じいちゃんの刀仲間みたいな人が来たんですよ。

この人はいつもじいちゃんに、その刀を譲ってくれぇって頼みにくる人で。

じいちゃん譲るつもりないし、なんなら早く帰ってほしい人の代表みたいなんですけど、この人はなかなか帰らないんですよ。

刀の力がこの人には通じないってじいちゃん言ってて、おじさんが来るとため息ついてるんです。

カタナのチカラってなんやねんって感じですけど。

人付き合い大変だぁ、って気の毒には思ってました。 

その人がしばらくなんやかんやと世間話しながら交渉してて、どれ潮時だ、なんて言って帰っていったんです。

それじゃまた来ますから、諦めませんよってニコニコしながら帰るのがその人のいつものパターンで、じいちゃんは影でもう来てほしくないなんて言ってて。


でもなんか、俺はこのおじさんが好きだったんですよ。


で、その日は刀仲間のおじさんを見送ろうって思ったんです。

ついでに、じいちゃんが影で悪口言われてないかを聞こうと思ったりもして。

いつも近くの空き地に車を停めてるんで、少し歩くんですよ。

なんで、ついていって話してみようって気になったんです。


そしたらなんか、歩きながら厳しい顔して携帯で電話しているんですよ。


だめだ、とかなんとか、そういう感じのことを話してたっぽいんですけど。

どうしたんだろって思いながら、電話終わりに話しかけてみたんです。

そしたらおじさん、手で俺を制して


「止まって」って、ちょっと凄みがある感じで言ってきたんです。


え?ってちょっとびっくりして。

なんですか?って聞いたら

ちょっと待っててって言いながら、数珠をポケットから取り出して右手にはめて、胸の前でNARUTOみたいに印を結んだんです。

フーッと深く息吐きながら俺の肩をさすって、何か小声でぼそぼそぼそって言って。

で、よしっ!って、俺の背中をパンッて叩いたんです。

何?って思っていると、そのおじさんが


「これをあげるよ」


って、俺にお守りをくれたんです。


何すか?って聞いたら


「いつも持ってなさい。おじさん、2、3日中には来るから。それまではずっと持ち歩いていること。それと、床の間には近づかないこと。約束な」


そう言ってニコッと笑うと、俺の頭をわしわし撫でて


「またな」


っておじさん、車に乗って行っちゃったんですけど。

へんなの?って思いながら、でも、おじさんが言ってたこともすごい気になるじゃないですか。


で、さっそく床の間に行っちゃったんですよ。


ほんと俺は馬鹿で。

やるなって言われるとやりたくなっちゃって。

マジ後悔しましたね。


床の間の空気が、めっちゃ怖いんです。


なんていうか、すごい張り詰めてて。

じいちゃんと親父が喧嘩した時の空気を思い出したんです。

なんかそういうピーンとした空気を、何倍にも濃くしたような感じで。



とにかくもう、その場に居たくないんですよ。



何これ?

って思ってたら刀の前に、ぼんやりとですけど、誰かがいる気がしたんです。

え?って思ったら、まばたきのうちに消えちゃって




俺の横にいたんです。




刀を俺の首に当てて。




妙なもんもってくんじゃねぇ

だまっていうこときいてろガキが




って、はっきりと聞こえました。




金縛りとかじゃないです。

怖くて動けなかった、って言ったほうが正しいですね。

あっという間に、首を斬られることがもう完璧に分かったんですよ。

どうしよう、って思ってたら


「おう、帰ってたのか」


って、じいちゃんが床の間に入ってきたんです。


いつの間にか男は消えてるんですよ。

でも、空気は殺気立ったままなんです。

なのにじいちゃんは、なんかニコニコして刀のところに行くんです。

お、今日は雰囲気違うなぁとか言って。

俺はまだ全然怖くて、動くに動けなくて。

じいちゃんに、危ないよって。

その刀はヤバいよって言いたかったのに、なんかあわあわしちゃってて。


そしたらじいちゃん、刀を、なんか乱暴に抜いたんです。


こう、左手で鞘もって右手で真横にスラァ!とかいわせながら。

普段そんな抜き方しないんですよ、絶対。

鯉口を壊しちゃったり刃が傷ついたりするからって、刃を上向きにしてゆっくり丁寧に抜くんです。

じいちゃん?って思ってたら、鞘をポォンって投げて俺の方に向き直って




「斬らせろ」




って、うす笑い浮かべて言うんですよ。




俺、腰が抜けちゃって。

その場に座り込んじゃったんです。

刀をかつぐように肩にのせてゆらっと立っているんですけど。

じいちゃんだけど、もうじいちゃんじゃないんです。

なんか、隙がないんです。

いつでも斬れるみたいな、そういう感じの立ち方で。

殺されるって思って、ヘナヘナってなっちゃって。




「たいして痛くもねぇ。おとなしくしてろ」




って、目ぇバッキバキにさせて言うんですよ。

こたつ台を足でどかせながら。

刀を顔の横あたりで立てて両手で構えて。

スーウッって、深く息を吸ったんです。

もうだめだ、って思って。

膝がガクガクして涙がだーってこぼれて。

一気に、じいちゃんが近づいてきて。

俺、目つぶちゃったんです。




瞬間、ドン!みたいな音がして。




視界が薄暗くなって、誰かが俺の近くに立ったような気がしたんです。

ビクッとして目を開けたら




刀を振り下ろそうとしてるじいちゃんを、さっき帰ったはずのおじさんが止めてたんです。




じいちゃんの横から、刀を持ってる両腕を右腕一本で受ける感じで。




そこからおじさんが一歩踏み込んで右腕を廻したらじいちゃん後ろに飛ばされて、背中からこたつ台にダァン!って倒れて。

そのまま袈裟固めみたいに取り押さえ始めたんですけど、じいちゃん大暴れで。

はなせぇ!ひょうくたれぇ!(?)とか、医者じゃだめなんじゃあ!みたいなことをガーッ叫んでて凄かったんですよ。

で、おじさんが耳元でなにかお経みたいなのを唱えたら、だんだんとおとなしくなって、気を失ったようにだらんとしちゃったんです。

俺、なんかもう呆然としちゃって。

ため息みたいに一息ついたおじさんが、「大丈夫か?」って俺に声かけてくれて、脇を抱えて立たせてくれたんですけど、脚ガックガクでした。

なんとか立つことができて、俺も深呼吸したら少し落ち着いてきて。


「近づくなって言わなかったか?…けど、まあ、私も悪いか。ちゃんと説明しなかったからな」


と言ってこたつ台からじいちゃんを下ろすと、座布団を枕にして寝かせました。

鞘を拾って刀を納めて、脇差と一緒に持って帰ろうとしてたんで。

え?って思って、じいちゃんのだよって言おうとしたら


「おじいさんは大丈夫だから、もう少しすれば目を覚ますよ。あとはおじいさんと私とで話をするから何も心配しなくていい。君は水を飲んで、お守り握って少し外の風に当たってきなさい」


そう言って、また頭をわしわしして出ていっちゃいました。

こたつ台の横で目を瞑っているじいちゃんを少し見守った後、おじさんに言われた通り水を飲んで、お守りを持って散歩に行って。

30分くらい歩いてたらなんか気分も良くなってきて、じいちゃん家に戻りました。

そしたら、じいちゃん床の間であぐらかいてたんですけど。

刀がないのをボーッとして眺めてて、なんかちょっとかわいそうになっちゃって。

話しかけようとしたら、じいちゃんが「ごめんな」って。

色々話してくれたんですけど。


要するにじいちゃんは、全部分かっていたそうです。


あの刀が、江戸時代の頃からずいぶんと人を斬った刀で、買ってからは夢枕にちょいちょい男が立ったりだとか。

逆に刀置くとその男が現れるようになって、お客さんに刀を突きつける姿が見えるようになったこととか。




その男が人を斬りたがっていたこととか。




超危険な刀だけど価値のあるものなのは間違いなくて、刀剣マニアのじいちゃんとしては手放したくなかったんですね。

で、孫の俺に財産残したいって気持ちもあったし、騙し騙し、なんとか自分の手元に置いておきたかったってことで。

それにじいちゃんとしては、その刀っていうか男と、うまくやっているって思ってたらしいんですよね。

でも、それは大間違いだったって。

ごめんな、って何度も頭下げてて、もう見てられなくて。

何も言えなかったんですけど、大丈夫だからってだけ言って、じいちゃんと一緒に晩飯の支度を始めたんですよ、腹減ったぁとか言って。

なんか、じいちゃんを少しでも元気づけたくて、めっちゃ話しました。

何話したかは全然覚えてないんですけど。

箸持ったままでほとんど飯食ってないじいちゃんの顔が、忘れられないですね。

うんうん言って、笑って聞いてくれてたんですけど。


で、これは後から聞いたんですけど。

じいちゃんは俺を斬ろうとしたことを覚えてたんだそうです。

ただ、その時は


「孫を斬ってはいけないけど、しょうがないことだ」


くらいに思っちゃったらしくて。

それよりも、とにかく斬らないといけないんだって思いの方が強かったって言ってました。


それでさすがにやべぇって思って、おじさんに刀を譲ったらしいんですけど。


おじさんのことは詳しく聞けなかったんですけど、タダモンじゃないですよね。

たぶんその男がとり憑いたからだと思うんですけど、じいちゃんの雰囲気、完全にヤバかったですから。

俺みたいな素人でも、じいちゃんが刀を遣い慣れてる風になっちゃってることが、ビンビン伝わってきましたからね。

そんな、殺意の波動まみれのじいちゃんを、合気道みたいにバーンってやっちゃったわけで。

どっかであの刀の噂を耳にして、俺やじいちゃんみたいな人が犠牲にならないよう来てくれたっていうか。




まあ、俺もじいちゃんも運が良かったってことかなぁって、なんかそういう気がしますけど。





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