第30話 化石
身体をねじ込んだ細い道は真っ暗だったので、手に持った
進めば進むほどに少しずつ広さを増していく道の突き当りには、またもや大きな空洞があり、そこにあったそれに、ニケは思わず声を失った。
「え……」
今まで生きてきた中で、おそらく一番驚いた。心臓が止まりかけて、呼吸ができなくなる。体中を、熱せられた血液が巡るようだった。
「……うそ。竜の、化石だ!」
ニケは全身が震えるのを感じながら、恐る恐るその岩壁に近づいた。
半透明に透き通った乳白色の壁。
「こんなところにいたなんて」
岩に閉じ込められた竜は、息をしていない。
頑強な灰茶色の鱗に全身を覆いつくし、翼を閉じてそこで丸まって、眠るかのようにその竜は洞窟と同化して化石となっていた。
「還ったんだ、この竜」
壁に手をつき、ニケはその竜をじっと見つめた。
精霊も、竜も、人のようには死なない。生命の根源に近い存在の彼らは、死ぬという概念はなく、〈還る〉と表現する。
それは、魂が元の状態に戻ることだったり、元々いた魂の集合体の所に肉体を捨てて戻ることだと言われたのだが、ニケにはあまりよく分からなかった。
ただ、特に魔力の強い精霊においては、〈還る〉前に、その魔力を他の精霊や大地、自然の養分にするために力を温存したままの状態で眠ることがある。
その精霊が体内に残した魔力が染み出した土地は豊かになり、また新たな精霊の糧となる。
化石化した精霊の肉体は、貴重な薬の成分ともなりえるため、人間においても重要だった。
ニケはその竜の化石と
「そうか……だから、この辺り一帯に、
この竜が魔力を肉体に温存したまま〈還る〉ことで、身体から染み出した魔力がこの周辺一帯の土地を潤し、そして珍しい
巡り巡る生命の神秘に、〈還る〉ことをした竜への感謝の気持ちが溢れ出してきて、ニケは胸が熱くなった。
「シオンに知らせてみよう」
しっかりとした体躯のシオンが、この小さな隙間から入ってこられるかどうかは分からないが、ニケは知らせなくてはと思った。
「化石だったとしても、その姿が見られてよかった。ありがとう」
鱗の色からして地の竜であろう、魂の本来あるべき場所へと〈還る〉ことにした精霊の王に向かって、ひざまずいて礼をすると、立ち上がって元来た隙間の道に、またもや身体をねじ込んだ。
隙間から身体を引っ張り出すと、ニケは辺りを見回した。
空洞はどこもかしこも
「入ってきたときは、左の端に青い水たまりが見えたから」
呟きながらその場所まで戻ろうと歩く。
しかし、あまり踏みつけるのもどうかなと思いつつ、よたよたとでこぼこの足場に気をつけながら歩いていると、人がこちらに来るような気配がした。
「シオン起きちゃったのかな?」
ニケは慌てて駆け出したのだが、人が来る気配のする方向は、自分が抜けてきたところよりも、左側だった。
話し声まで聞こえてきて、その声がシオンではないので誰だろうとニケが思っていると、見たことのない二人組と鉢合わせした。
「何だお前、どうやってここに入った!?」
ニケを見るなり、男たちが速足にニケに詰め寄ってくる。乱暴に歩いたので、彼らの足元の
二人ともがっしりとした体つきで、一人は壮年、もう一人はそれよりもやや若い三十後半と言った顔立ちをしていた。
「ちょっと、二人とも乱暴に踏んじゃだめだってば!
男たちはそう剣幕をたてるニケにだいぶ近寄って、その言葉にぴたりと立ち止まった。よかった、わかってくれたんだとニケがほっとする。
二人は顔を見合わせてから、若い男がニケに「お前は、これが見えるのか?」と尋ねてきた。
(――あ、しまった)
精霊が見える人物が今までずっと近くにいたために、ついつい見えているのを秘密にしておかないといけないということを、ニケはすっかり忘れてしまっていた。
「あ、と、えーと、見えますけど……別に採ろうとか思ってはいなくて」
「じゃあそれは何だ?」
指をさされてニケは、先ほど暗い隙間を抜けるときに一つまみした
「これはちょっと暗いところを歩こうとして。ごめんなさい、採っちゃいけなかった? ここは、あなたたちが管理している場所だったの?」
「どうします?」
若い男が、壮年の男に顔を向けた。壮年の男は大きくうなずくと、ニケに一歩近寄る。
「お嬢さん。ここに生えているものが、全て見えているのか? あの泉も?」
そう指さした方向が、泉とは別の方向だったため、ニケが「こっちです」と指をさすと、若い男がしっかりとうなずいた。
「さっきこれを拾ってしまった。どういうものか分かるか?」
若い男が、ごそごそと腰に巻き付けてある鞄から何かを取り出してニケの目の前で手を開く。
近寄って見て、ニケは思わず小さく悲鳴を上げた。そこには、傷だらけになった精霊が握られていた。
「これ、精霊ですよ! 瀕死の状態です、早く手当てしないと!」
慌てるニケの手を男たちが掴んだ。
「魔導士……いや、薬師か?」
そうですけどとニケが言い終わらないうちに、若い男が口を開いた。
「私たちはフォッサ小国の者だ。ぜひフォッサの国に来てほしい。俺たちは今、精霊が見える人手を探している」
フォッサといわれて、ニケは精霊と衝突した国だとすぐに気付いて青ざめた。
「他に、たくさんいます。私じゃなくとも」
「この死にかけの精霊が見える人間は、それほど多くない。そして、これが見える人物を俺たちは探しているんだ。精霊狩りをするために」
若い男が発したその言葉の冷たい響きに、ニケが硬直した。
「精霊狩り?」
ニケの反応に、壮年の男が冷静な視線を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます