第23話 魔導士の素質

「単刀直入に言うが、ニケ。お前、魔導士の素質がある。どうだ、この町に残って、俺の所で修業しないか?」


「おい、勝手に話を進めるな!」


 マグナが発した言葉に、ニケの方が追い付かない。シオンはあからさまに不快だという顔をしていた。起き抜けに聞く冗談にしては、だいぶ手が込んでいるとしか思えなかった。


「ニケ、聞かなくていい」


「黙れよ。俺は、ニケと話してんだ。お前がニケを連れて行きたくても、どうするか決めるのはニケだ」


 それに、シオンは押し黙った。物分かりがいいなという顔をして、マグナが続ける。


「ニケ、今日見させてもらったが、お前の持つ火の魔力は大陸を支配できるくらいの力がある。それこそ、望めば欲しいものが何でも手に入る。だから俺のところで修業して魔導士にならないか?」


 ニケは呆気に取られてマグナを見た。シオンは何も言わずに険しい顔をしてその場から動かず、マグナは纏った覇気がまるで目に見えるかのような勇ましさでニケを見ていた。


「金も、名誉も、国も手に入る。ニケ、お前の魔力は何物にも代えがたい価値がある。存分に使わなければ勿体ないぞ。薬師くすしで終わらせるには惜しい。力の使い道はもっと他にある」


 魔力を隠せというシオン。魔力を魅せつけろというマグナ。


 意見は真っ向から正反対で、そのどちらが正しいかなんて、ニケには分からなかった。


 突然のことだったが、突然だったからこそ、ニケの頭が鉄の棒で殴られたような衝撃とともに冴えわたった。


 今日の出来事は、思い出すだけで震えそうになった。


 逃げ惑う人々と悲鳴、そして、炎の海に倒れ込んだ茶髪の少年が、ニケの瞼の裏から離れない。魔力の恐ろしさを、魔導の可能性を思い知った。


 あの時、シオンが来てくれなかったら自分は一体どうなっていただろうか。マグナに魔導士の勉強を教われば、魔力を制御できるようになるのだろうか。それは、人と精霊の役に立つのだろうか。


 ――ニケ。精霊と通じ合える力は、きっと人と精霊の役に立つから、そのために使いなさい。


 師匠の言葉は、いつもニケの胸の底にある。


「ニケ、どうする?」


 そこにいた青年二人が、ニケを見つめた。




「――シオンと行く」


 ニケの鼻に、振り返ったウルムの鼻先が触れた。ニケが魔導士になることを疑わなかったマグナが、正気かとつぶやいた。


「私は、一人前の薬師になって、精霊と人の病気を治して役に立ちたいっていう夢があるの。お金も名声も、国も、今の私じゃ考えられない」


 馬鹿だな、とマグナが鼻で笑った。


「お誘いは本当にうれしい。でも、魔力があるのを知ったのはついこの間だし、正直、どうしていいか分かんない。でも、魔力があって嬉しかったなって思ったのは、ずっとなりたかった薬師になれるからで……」


 ニケはマグナを見つめた。ニケの力を認めて、惜しいとまで言ってくれた人物に、ニケは心の底から感謝をした。


「私の魔力を勿体ないって言ってくれたの、嬉しかった。でも魔導士じゃ、精霊の病気を治せない」


「何もお前が直接やらなくても、魔導士になって国を豊かにできれば、優秀な薬師を養える」


 優秀な魔導士になれば、確かにそれは可能だった。しかし、それは、その国の中だけの話であって、他の国や村や町にまでその力を及ぼすことは不可能だ。


 一人前の巡回薬師じゅんかいくすしになれば、自分の足が動く限り、この世界中のすべての精霊と人の病気を治せる。旅をしていれば、幻の竜にだって会える可能性だってあった。


 マグナの本気の物言いに、ニケは首を振った。


「私が、ちゃんと私の手で治したいの。竜だって見つけたいって思ってる。だからごめんなさい。私、魔導士には……」


 マグナは寄りかかっていた身体を起こすと、ニケに近寄ってきて彼女の腕を掴んだ。


「諦めないぞ、俺はしつこいからな」


 シオンが止めるのも聞かずに、ニケの袖をまくり上げると、そこに炎を放つ。


「世界のためにも、こんな逸材を、見逃すわけにはいかない」


 ニケが驚くより早く、ウルムがその炎に鼻を突っ込んで金色の息を吹き付けた。あっという間に鎮火したニケの皮膚に、不思議な文様が巻き付いていた。


「俺とウルムからの祝福だ。お前、今はまだ分かってないみたいだけどな、魔導士になったら薬師以上のことができる。今は分からなくても、後々お前がどれだけの存在か分かるときが来る。その時が来るまでは、逃げないようにこれで見張っててやる」


 そう言ってにやりと笑うと、ニケの腕から手を離した。絶対にニケを魔導士にすると確信している、自信に満ち溢れた表情だった。


「おい。ニケの魔力のこと知られたくないだろ。黙っていてやるから、イグニスに巡回しろ」


 マグナは椅子に座るシオンを見下ろした。マグナの暑苦しい視線を受け流すと、シオンは「わかった」と素直に承諾した。


「ニケが万が一にも魔導士になりたいと言い出したら、お前にニケを届けよう。万が一、だけどな」


 シオンも嫌みとともに涼しげににらみ返し、マグナが忌々しそうに舌打ちした。


「お前むかつくな。ニケの連れじゃなければ燃やしてやりたいところだ」


「お前に俺が燃やせるもんか」


 シオンはつまらなそうにつぶやいて、深く息を吐いた。ニケは冷や冷やしながら二人のやり取りを見ていた。


「あ、あの、マグナさん。私感謝してる。私の力褒めてくれたこと。だから……ありがとう」


「ニケ。魔導士には魔導士なりのやりがいがある。なりたくなったら迷わずここへ来い。薬師になれなくても、お前なら魔導士には絶対になれる。ただし、俺がいればだ」


 それにニケはうなずいた。


 マグナは小屋を出て行こうとして、入口の扉に手をかけると、振り返る。


「出て行くまではここは好きに使っていいぞ。だが、町に行くときは気をつけろ。白髪はくはつの少女が競技場を焼いた犯人だと、すでに騒ぎだからな」


 じゃあなと手をひらひらさせて去っていく。ニケは腕に刻まれた文様をじっと見た。触れても痛くもかゆくもない。


『ニケ。困ったときには、その祝福が助けるだろう。悪いものではない。マグナは敵を作りやすい性格だが、根は善い男だ』


 ウルムはニケの腕からするりと抜けると、玄関先の地面にもぐりこんで消えてしまった。その場に残された二人は、沈黙するしかなかった。


 ニケは、競技場を燃やした時よりも、そのやり取りの方がずっと疲れた。

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