これが君とぼくの日常

霧間ななき

第一章 『初めての事件』

第1話 『とある出逢い』

一.


 燃えるような草原、夕焼け、見上げる丘の上の方を指差す見たこともない少女。


意味のわからないちぐはぐな風景。


次の瞬間には空の色が変わっていった。


 あぁ、これは夢だ、そんな風に気付かされる。


しかし、だからと言って別に自分の思うままに動けるわけでもなく薄ぼんやりとした意識で顔もよくわからない目の前の少女が指差す丘の上を見続けた。




 いつものこと。


いろんな夢があるのだが大体なんだかちぐはぐでぼんやりとしている。


夢だと気付いたからといって別に夢の中で自由に動けるような明晰夢というやつでもない。


 そうしてわけもわからないままに目覚めるのだ。






――ばふっ


「んぐ、わかった、起きるよ……」




 枕を上から落とされてしまった。


どうやらおなかがすいたらしい。


時計を見てみると午前六時少し前。


起きて朝ごはんを作り始めた方がいい時間になっていた。




「おはよ」


 伸びをしながら言うとぱたぱたと手だけを振って返事をしてくる。


自分は起きないくせにいいご身分だよなぁ。


まぁアレに料理が出来るわけがないので文句は言うまい。


 現在まともに料理が出来るのがこの家にはぼくしかいないのだ。


両親が現在出張中のため家事全般はぼくが請け負っている。


おまけに妹のアズは風邪を引いてしまっているので寝込んでいる状態だ。


今日は大事を取って休ませることにしている。


 さて、塩がゆばかりでも味気ないだろうから腕を振るってもう少し味を加えた、おいしいと笑みを見せてくれるくらいのものを作って持って行ってやろうじゃないか。


そんな風に意気込んで朝の時間は過ぎていくのだった。






 朝ごはんを食べさせて寝かしつけてから家を出る。


 風邪の時はやはり心細いのか少し手間取ってしまったが最後にはちゃんと眠ってくれたので一安心できた。薬を飲んでしっかりと身体を休めるのが一番だ。


 ぼくも休んでそばにいてあげたいのは山々だがさすがにそういうわけにも行かない。


アズには寂しい思いをさせてしまうかもしれないがその分夜には存分に甘やかせてあげよう。






 電車を使って通学するのは最初の頃はなんだか慣れなくておっかなびっくりだったが今ではもう時間や空いてるスペースの取り方とかもわかってきていた。


田舎だからラッシュと言えるほどの人数は乗っていないと思う。


それでもやはり電車に立って乗らなければならないというのは最初の頃なかなか辛かったものだ。


今では本を読む余裕すら出てきている。


 一度乗り換えたあとは快速なのだが行き先の駅が結構大きいので人が増えてさすがに本も読めない状態だった。


腕を上げたら降ろせない、と言うほどではないにしろ人は多い。




 そんな中ふと目に映った光景に違和感を感じる。


 女子高生らしき少女にサラリーマン風の男がべったりとくっついていた。


確かに人は多い。


しかし、アレほどまでに近付く必要があるのか?


 違和感は膨れ上がり、人を分けながら近付いていく。


少女の顔に嫌悪感が浮かんだ気がしたのだ。


気のせいであれば別に構わない。


だがもし予感が的中していたのなら。




「おい、おっさん。気弱で逆らえない女の子にそんなことして何が楽しいんだよ」




 少女のお尻に触れかけていた手をつかんで上に持ち上げる。


男はうろたえながら振り返った。




「な、なんだ君は!?」


「うっせぇなぁ。いい加減その子から離れろよ。ツレなんだよ」


「私は何もしていない!」


「あ?なんか言ったか?」


「い、いえ」


「次手ェだしたらぶっ飛ばすぞ」


「ひ、ひぃ!?」




 男はそそくさと離れていく。


周囲の視線は明らかにこちらへ向かってきていた。


 気付いていた人もいたはずだが誰一人として助けようとしなかったくせに。


なんにせよ追い払えたのなら構わない。


周りにどう思われようと、助けられたのならそれだけでいい。




「怖かったろ。大丈夫か?」


 泣きそうな顔でうなずいてこちらを見上げる少女は見たこともない制服を着ていた。


なんと言うか、古い。


ずいぶん昔のデザインに思える制服だった。


ワンピースのセーラー服。


この辺の学校ではないのかもしれない。


少し震えているように見える。


無理もないだろう。




 彼女は男性受けしそうなかわいらしい容姿をしていた。


美少女と言って差し支えないだろう。


真っ黒で腰まで伸ばした髪も綺麗で身体つきだってぼくから見ても魅力的に見える程度には。


 しかし、だからと言って痴漢していい理由になんかならない。


知らない男に無理やり触れられたら誰だって嫌だし怖いに決まってる。


 恐れからか声も出ないようで泣きそうな顔のままぺこぺこと頭を下げてきた。




「いや、気にするな。無事だったのならよかった。いや、無事では、ないよな」


 自分のことしか考えてないようなどうしようもないやつに触れられた、それだけで十分大したことだ。


男性に恐怖を感じるようになったっておかしくない。


 それでも彼女は首を振って気丈に笑ってみせる。


大丈夫だよ、なんて言い出しそうな笑みで。




「いや、大丈夫じゃないだろ。無理すんなよ。あぁいう時は誰かに助けを求めたっていいんだからな。ぼくがいたらすぐ助けてやるし」


 ぱぁっと輝くような笑顔になった彼女はうなずいて、もう一度ぺこりと大きく頭を下げた。


「まぁ、少し元気が出たみたいでよかったよ。あ、ぼくはここだから、じゃあな」


 ちょうど駅に着いたので片手を上げて駅に降り立つ。


そして振り返ると彼女は嬉しそうに笑いながらぱたぱたと手を振ってくれた。






 少しだけホームで今の出来事を反すうして呆けてしまっていた。


彼女の笑顔に見とれてしまっていたのかも。


しかし、また会えるとは限らない。


朝はやはり人が多いし乗れる車両なんてまちまちだから。


それに会わない方が彼女は今日の出来事を忘れられるかもしれない。


 一度だけ大きく息を吸って頭を切り替えて駅舎から出ることにした。














 駅から自転車で二〇分ほどでたどり着く普通の住宅街の中に建っている我らが私立葦原学園。


 特徴としては様々な特殊な部活動があり、学園からの活動支援が豊富であること。


勉学の方はそう対して高くもなく低くもなく、といった感じだけど本当に様々な部活動があり、いろいろな方面で有名な学園だった。


とりわけ有名なのは美術部や文芸部等。


文化部が特に発展していて絵画展や街中で個人新聞を配っていたりするなどこの地域ではかなり名が通っている。


 ぼくは街で配っていた新聞に掲載されていた連載小説が面白く、気に入ってしまったため愛読者になり、自分も関わりたいと思ってこの学園に入学したのだった。


そうしてかれこれ一年と少し過ごして二年生の五月を迎えている。




「おはよー、ハル」


「あ、はよー、コウ」


 教室に入りながら先客がいたので挨拶を交し合った。


いつも早めに登校している友人のハルこと木下春樹。


ハルもぼくと同じく新聞の愛読者でここへ入学したため話が合い、仲良くなって一緒に文芸部へ入部した仲だ。


お互い小説好きで好きな小説をお互い紹介しあっていたりする。


 ちらりと後ろの席のもう一人に目をやるが完全に寝ているようなのでスルー。


せっかく早く来ても寝てたらなんのために早く来ているのかよくわからない気がするのだが。




「昨日一時まで本読んでたから眠いわー」


「一時って、自重と言う言葉を知らないのか、お前さん」


「きりがつくまで止まんなくてさー、結局最後まで。しかし無理したかいあって面白かったー」


「無理はすんなよ?」


 気持ちはわからないでもない、というかよくわかる。


やっぱり引きの強い作品ってどうしても最後まで気になって読んでしまうんだよな。


本好きの宿命ってやつかも。




「やっぱあの作者さん?」


「そそ。やっぱあの人はうまいね。あぁいう話を書いてみたいもんだよ」


「憧れだよなー。一人称小説ではあの人が個人的には最高峰だし」


「うんうんー。あの人のを読んで一人称見直したし」


「新しい可能性を発見したな」


 あの作者というのはぼくら二人が元々共通で好きだった小説家さん。


この学園の文芸部出身らしい。


その作家さんの作品を読むまでは一人称をほとんど読んだことがなく、一人称は軽い作品と言うイメージだった。


 しかしそのイメージを完全に打ち砕かれた。


一人称とはこんな可能性を秘めていたのか、と。


主人公の視点で描かれる、ということは主人公が見えるところしか見えない。


見ていないところで起きた出来事は気付かないのだ。


 しかし、その起きたことの余波は確実に主人公は目にしている。


ただ単に気付いていないだけで。


そういううまい伏線を張っているその作者さんに影響されてぼくは一人称小説を書き始めたのだった。


ハルもそうだということで。


いろんな趣味が合うのでハルとは本当に仲の良い友人だ。




 他愛もない話をしているうちにだんだん教室に人が集まってきていた。


五月ともなればクラス替えからすでに一ヶ月、もうほとんどグループが出来上がっている。


ぼくとハルの入っているグループもメンツがそろっていた。




「おーっす、二人ともー」


「「おっす」」


 ぼくの横の席にどっかと座り込んだナツこと原田 夏希。


グループのムードメーカー的な存在の天気屋さん。


彼女とさっきからぼくの後ろで眠ってる一人を合わせた四人がぼくらのグループ。




「課題やってきたー?」


「いや、その質問はおかしくね?」


「写させて!」


「レポートだから無理だろ」


「自分でやんないとねー」


 ぼくとハルは顔を見合わせて肩をすくめる。


手を合わせて頭を下げられてもレポートは同じような内容の二人いたら二人ともアウトだ。


やってきたのにそんなペナルティ受けたくないし。




「けちー」


「ケチとか意味がわかんねぇよ。お前がやってこないのが悪いんだろうが


「いや、コーヤが悪い!」


「なんでだよ!?」


「コーヤだから!」


「存在否定!?それひどくね!?」


「ふ、コーヤだから問題ない」


「ないわけねぇだろうが!?てか課題くらい自分でやれよ!」


「しょうがないからがんばってやろう。感謝せよー」


「感謝するいわれがねぇよ」


 お前がやってなかっただけじゃないか。


ぼくらはやってきたっての。


てかレポートなんてそう時間がかかるわけでもないだろうに。




「相変わらず二人のコントは面白いねぇ」


「だっしょー?」


「コントなんてやってねぇよ!?」


「硬いこと言わずにコーヤももっと人生楽しまなきゃネッ」


「ナツはいつも楽しそうだなぁ」


「コーヤの頭が硬すぎるんだよ。ねー、ハルちゃーん?」


「ねー、なっちゃーん」


「ハルまでノってんじゃねぇよ」


 二人で結託してぼくの方に詰め寄ってくる。


何がしたいんだかわからないからちょっと恐い。




「こーはやさしーにー」


 と、後ろからの声に三人してびくりと飛び上がる。


「起きてたのかよ、アヤ」


「寝てたんじゃなかったの?」


「んんー?今起きたにー」


 いつも眠たがりのアヤこと冬木 あやめ。


変な語尾のアルビノ少女だ。生まれつき真っ白。


 にーにー口調ややわらかい白色であることもあいまってものすごくふわふわした感じの子で、最初見たときは本当に生きているのか不安になったものだ。


そしてぼくの名前が秋月 紅夜でぼくらみんな合わせて春夏秋冬なのでシーズンズとか呼ばれたりする。




「「おはよ」」


「おぁにー、みんなー」


「おっはよんよん。アヤメちんは今日も白いねー」


「いきなり白くなったら怖いだろ」


「まっしろしろすけにー」


「それどこに住んでんだよ」


「んー?まっくろくろすけが屋根裏だからー、縁の下かに―?」


「いやそっちも暗いぞ」


「おぉ~、ホントだにー」


「相変わらずおとぼけさんだにゃー。寝ぼけてる?」


「元々こんなんだろ」


 年から年中頭の中が春みたいなやつだ。


わざとじゃなく天然ボケ。天然の中の天然である。




「ま、そろそろセンセ来るし席つこー」


「ぼくとハルとアヤは席についてるがな」


「いけずぅ~」


「ぼくらのせいじゃねぇし」


 ナツが恨みがましい視線を送りながらぼくらから少し離れた席に戻っていく。


席替えはくじ引きで決まったので不可抗力である。


むしろ三人が近かったのが奇跡みたいな感じがするくらいだ。


恨まれる覚えはないし。


自分のくじ運のなさを恨むしかないだろう。


ぼくらだってわざと集まったわけじゃない。


席替えしたばっかだし当分はこの席ということになる。






 授業が始まって窓の外を見る。


抜けるような晴天の空が広がっていた。


何かが始まりそうな気がしてきてしまうほどに鮮やかな蒼。


期待と胸の高鳴りを抑えながらぼくらは日常を過ごしていく。


それはきっとなんでもない始まり。


期待も予感も全部外れてどうせいつもの日々が待ってる。




 それでもぼくらは精一杯楽しむのだ。


だって、現在高校二年生。


青春真っ只中なのだから。

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