第46話 百合子からの手紙



「まあ、とても可愛らしい女の子ですね。私は斎藤雫、お屋敷で家事全般を賄っております」


羽田空港に着くと、雫姉が迎えに来ていた。

メイの姿は見えないので屋敷で珠美といるようだ。


「月隈莉音です。よろしくお願いします」


そう小声で挨拶をする莉音は、恥ずかしそうにうつむいた。

初めて飛行機に乗って興奮していたさっきまでの莉音とはまるで別人だ。


「それにしても北キュウシュウに仕事に行って女の子を連れて帰ってくるなんてカズキ様の趣味は、拉致する程小さな女の子がお好きなのですね」


「それ、違うから!」


俺は自分の名誉の為にもそれだけは言いたい。


「では、お屋敷に帰りましょう」

「雫ちゃん、あっちの方は?」

「ええ、滞りなく。聡美お嬢様が可愛い女の子とウハウハしてる間にすませてあります」

「ウハウハしてないから!」


聡美姉も雫姉には敵わないらしい。

俺も無理だ。


雫姉のベントレーに乗り込み、車はお屋敷へ向かう。

お屋敷の門を見た莉音は「ばりデカッ!」と驚いていた。

そして、屋敷を見てさらに「ばりデカッ!」と呟いていた。


屋敷に着いたのは夜の11時過ぎ。

珠美は寝てるので、みんなへの紹介は明日の朝という話になった。


みんながお茶を飲んで休んでいた時、メイが目をショボショボして入ってくる。


「みんな、お帰りなのネ」

「ああ、メイ、その目。お前ゲームしてたんじゃないだろうな?」

「そ、そんなことしてないネ。本当ネ。敵をぎったんばっこんに斬り捨ててないあるヨ」


ゲームしてたようだ。


「メイ、後でお仕置きだ!」

「ひえ〜〜、グーグは酷いネ」


騒いでるメイをみて莉音が呆気にとられてみている。


「あ、そうだ。メイ、莉音だ。これから一緒に住むから頼むな」

「メイファンっていう名前ネ。みんなメイって呼ぶネ」

「月隈莉音です。よろしくお願いします」


莉音はきちんと挨拶した。


「メイ、お風呂まだだろう?莉音をお風呂に入れてくれ」


「わかったネ、行こう。そして、私のパーティーメンバーに入れるネ。今なら紹介特典もらえるヨ」


「はあ……?」


莉音は意味がわかってないようだ。


2人は、お風呂に向かった。

莉音の「ばりデカッ!」という声がここまで響いた。





翌朝、莉音のことを珠美に紹介した。

これで、この屋敷で莉音を知らない者はいない。

莉音は、雫姉とお揃いのメイド服を着ている。

莉音が何か手伝いたいと言ったからだ。


学校の転入手続きが済むまで1週間から2週間かかるらしい。

それまで、家の手伝いをしながら勉強をメイと一緒にするらしい。


俺は学校に行く準備をして家を出る。

駅の着くと改札前広場で沙希が待っていた。

俺を見つけて近寄ってくる。


「先輩、おはよう」

「ああ、おはよう」


たった2〜3日会ってないだけで、物凄く久しぶりな感じがする。

沙希は、以前のように話しかけてこなくなった。

時々俺を見ては、顔をうつむく。


傷が怖いのなら無理しなくても良いのに……


俺はそう思いながら、電車に乗ってると、沙希が思わぬ事を言い出した。


「先輩、土曜日空いてますか?」

「予定は今のところないが、仕事が入るかもしれない」

「じゃあ、今は空いてるんですね。良かったら家に来ませんか?その日は誰もいないので……」


まさかの家へのお誘いだ。

沙希は実の妹だ。

あの家には5歳まで俺も住んでいた。

懐かしいというより、今の神宮司家の家に行きたいと正直思ってしまう。

だが、俺は……


「すまない、それは無理だ」

「え〜〜っ!どうしてですか?」

「どうしてもだ」


沙希を怒らせたかもしれない。

でも、俺が神宮司家に行ったら、懐かしくて後戻りできなくなる。


「先輩、私……」


沙希は何かを言おうとして黙りこむ。

そして、沙希はさっきとは変わって戯けるように話し出す。


「先輩って紳士なんですね」

「なんだ、それは?」

「だって、女の子が家に誘うと男の子は期待して喜んで来るって雑誌に書いてありましたよ」


俺は試されたのか?


「まあ、先輩ですし、そんな勇気はないと思ってましたけど」

「なあ、後輩。そういう事は好きな人ができたらそう言え。誤解を与えるような言動は感心しない」


「はい、はい。わかりました。でも、こんな事、話すのは先輩だけですよ……」


小悪魔のような笑みを浮かべる沙希。

どうも悪戯っ子に育ってしまったようだ。


「それと、先輩、なんで制服の上着をいつまでも着てるんですか?」

「学校行くのに制服着るのは当たり前だろう?」

「いやいや、先輩。もう6月過ぎて随分経ちますよ。衣替えしないんですか?」

「衣替えってなんだ?」


「えーーっ、先輩、知ってて制服着てたんじゃないんですか?」


「ああ、衣替えなんて言葉、初めて聞いた」


「ああ、そうでしたよね。先輩って帰国子女で衣替えなんて今まで無かったんですね。日本の学校は、6月から9月いっぱいまで夏服に変わるんです。だって、暑いでしょう」


そういうものなのか?

そう言えば、クラスのみんなも制服の上着を着ていなかった。

てっきり、暑くて脱いでるだけだと思っていた。


「そうか、教えてくれてありがとう」


「はあ〜〜、先輩の将来が心配です」


「大丈夫だ。教えてもらった事は忘れない」


俺は、上着を脱いでワイシャツ姿になる。


「これでいいんだろう?」


「はい、はい、あれ、先輩の上着の内ポケットの白いものが見えますよ」


「あっ、忘れてた」


俺は聡美姉から手紙を預かっていたんだ。

そして、その差出人は……


「それってラブレターですか?どうなんですか!」


「ち、違う。そういうものではない」


「ふ〜〜ん、怪しいですね。先輩なんか冬服に包まってミノムシみたいに木から吊る下がっていればいいんです!」


その後、沙希は本格的に怒って口を聞いてくれなかった。





俺は学校に着いて教室に向かわず、穂乃果といつも弁当を食べていた木陰のところにやってきた。


そして、制服にしまってあった手紙を開ける。

少ししわになってしまっていたが、それを伸ばしながら書かれている内容に目を通す。


〜〜〜〜〜

お手紙謹んで拝読致しました。


雨の映える紫陽花の花が美しく咲く季節となりましたが、和輝さまにおかれましては、いかがお過ごしなのでしょうか。


私、百合子は、あの時のことを1日たりとも忘れたことがありません。


決して長い時間ではありませんでしたが、かーくんと過ごした日々の記憶は色あせること無く、今でも鮮明に思いだされます。


祖父から、このお手紙を頂いて読ませてもらい、私は、言葉にならないほど嬉しかったです。

また、兄の件につきましては、残念としか言いあらわせません。


ですが、私にはかーくんがいる。それだけで、その悲しみも暗雲を吹き散らす風が吹いた後のように晴れやかな気持ちになります。


かーくんにお会いしたい。

これは、私の我がままでしょうか。

 

祖父からは、時期ではないと言われてしまいました。

それでも、私の心はかーくんにお会いしたいと思っております。


今は、ご無理のようなら近いうちにお会いできる日を楽しみにしております。

また、恐れ入りますが、お手紙のご返事を頂きたく思います。


かーくんへ        百合子より


〜〜〜〜〜


「百合子、覚えててくれたんだ……」


俺は、手紙を読んで目頭が熱くなった。

こんなところで涙を流すわけにはいかない。


俺は空を見上げて、こぼれ落ちそうな滴を落ちないようにする。


曇り空からは、小粒の雨が降ってきた。


丁度いい。

このまま濡れてしまおう。


雨は、人の思いを優しく隠す天からの恵みなのだから……


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